#2 松原美穂による捜査
僕が松原を追って二階に上がると、部屋の前に彼女が立っていた。
「殺されてる。たぶん絞殺。現場は荒らさないようにね。」
そう言って再び松原は部屋に入る。僕もそれに続いた。
部屋の中央に大きな男が大の字になって倒れている。首にはロープで絞めたような跡。松原の言う通り、他殺であり、絞殺だろう。目は彼女がそうしたのだろうか、既に閉じられている。
そうしていると他のメンバーも二階へ登って来た。松原が同じ説明をした後、彼女が扉を開け、部屋に入れる。
死体を目にして、真っ先に駆け寄ったのは横田さんである。
「博さん……」
そう言いながら泣く横田さんを僕たちは一歩離れて見つめる。それを見た松原が何かに気付いたようで、僕に小声で伝えてくる。
「ごめん、私、さくらさんのことすっかり忘れてた、今から呼びに行ってくるから、皆んなの反応をよく観察しておいて。」
そう言って松原は風呂へと向かって行った。困惑する他の人たちに今の行動の説明をする。
観察しておけ、と言われたものの、変な行動をとる人や変な表情を見せる人はいなかった。皆、殺人事件が起こったことへの困惑や恐怖、人が亡くなった悲しみといったところだろう。
松原と鈴村さんが戻ってくるまでのおよそ3分間、僕は何も出来なかった。僕も他の皆と同じで、様々な感情が渦巻いていて、思考が纏まらない。
鈴村さんが松原に手を引っ張られながら部屋に入る。彼女は松原から手を離し、今野さんに歩み寄り、死を確認すると、静かに目を瞑り、手を合わせた。その行動を目にし、皆はふと我に返ったように、同じように死者に祈りを捧げた。もちろん僕も。
一段落して、松原が皆に語る。
「この現場は警察が来るまでそのままにしましょう。一旦ダイニングに戻りましょうか。来れないとは思いますが、里見さんは一応警察に通報をお願いします。その後、皆さんにお願いしたいことがあります。」
今は8人となった部屋の中で、松原が言う。
「今回の件は間違いなく殺人事件でしょう。殺された状況を考えると、侵入者がいた可能性があります。そこで侵入の痕跡を探すために、皆さんの寝室を見せて頂けますか?一部屋30秒あれば終わります。プライベートは詮索しませんから、お願いします。」
彼女の捜査は本当にすぐ終わった。部屋に入り、窓の近くを触るだけ。5分ほどでそれを終えて、結果を報告する。
「私の見た限り、侵入者は居ませんでしたし、侵入の痕跡もありませんでした。」
どうしてそう言い切れるんだ、と武藤さんから声が出る。
「水です。この天候ですから、外から入れば室内は必ず濡れている部分があるはずです。私の調べたところ、玄関にも、どの部屋の窓の周囲にもそれはありませんでした。」
そして一呼吸おいて、
「つまり、この犯行はこの中の誰かが行った可能性が高いです、残念ながら。」
今までの話からわかっていたことではあったが、どよめきが皆に広がる。
「今野さんが亡くなったのは間違いなく8時以降です。そこで、皆さんのその前後の動きについて、一度整理しましょう。」
多くの人が一室にいたおかげで、この作業はスムーズに進んだ。まとめると、
・金町さん、被害者が部屋を出る10分前に退出、被害者退出後5分で部屋に戻る
・横田さん、被害者と同時に退出、5分後金町さんと共に部屋に戻る
・鈴村さん、被害者退出5分後に退出
・亮子さん、被害者退出13分後に退出、今野さんを発見し1分後に部屋に戻る
「この他に部屋を出た人はいない、ということで間違いないですね?」
松原が改めて問う。異論はない。
「つまり、この4人のみに犯行が可能だったと言えます。」
そこで鈴村さんが口を挟む。
「ちょっと待ってください!今野さんは二階に倒れていたんですよね。足の悪い今野さんなら、一階で殺して、二階に運ぶ必要がありますよね。失礼ですけど今野さんは太っていましたし、女性で死体を上に上げるのは無理だと思いませんか?」
「そう、だから今のところ、この中に犯行が可能だった人はいない事になる。」
松原は続ける。
「犯人は何らかのトリックを使って死体を上に運んだと考えています。その調査をしたいので、私が自由に動く許可をください。暴走しないよう、助手に白神をつけますから。」
ここまでの動きを見て松原に反対する人はいない。突然助手にされたが、まあ僕が反対しても仕方がないので諦める。
「ありがとうございます。必ず今夜のうちに犯人を見つけます。」
そう宣言し、松原は早速部屋を出ていく。僕もそれを追いかける。
まずは階段の周りを調べる。しかし松原は困ったような声で言う。
「うーん、ここに絶対何かの跡が残ってると思ったんだけど……」
「じゃあやっぱり、ここではトリックは使われなかったってことか?」
「うん、多分ね。私は滑車とかを使ったと踏んでたけど、もっと、痕跡が残らないようなものだったのかも…」
「そうか。そもそも女性が死体を上げるのは不可能ってのは本当なのか?」
「じゃあ一応確認しようか。もう一回あの部屋に入って。何か新しい発見があるかもしれないし。」
そうして僕らは死体のある部屋へ向かう。僕が扉を開けようとすると、
「あ、待って白神。そこは指紋をつけないように、私が開けるわ。」
「でもお前、手袋とかあるのか?」
「無いけど…、実は最初に部屋に入ったとき素手でドアノブ触っちゃってね、あとで私が警察に正直に言うから問題なし、と言う事で。」
そういえば、死体発見以降のドアの開け閉めは全て松原が管理していた。亮子さんは「倒れている」と言っただけで、事件とは考えなかったのだろう、最初にドアノブに触れたのは仕方がない。その後の行動は誰よりも冷静だった。松原に感心しながら再び死体を見る。太い腕に太い脚、当然お腹は大きく出ている。男子なら可能かもしれないが、女子にこれを運ぶのは無理だろう。
「もしかすると金町さんが出来そうだけど、やっぱり無理ね。みんなにでかいこと言った割にはすぐに詰まっちゃった。今度はもう一回あの4人の証言をとろうか。」
僕たちは部屋から出た4人を1人ずつ呼び出し、証言を聞いた。
・金町夏さん
「あなたは部屋を出て15分、何をしていましたか?」
「お風呂です。証人はいませんが……」
「部屋に戻るとき横田さんと一緒に入ってきましたね。それについて詳しく説明お願いします。」
「ばったり風呂の前で会いました。左側から来ていたと思います。」
・横田明子さん
「部屋を出て5分、何をしていましたか?」
「博さんのお世話です。明日の準備とベッドに寝かせることを考えると、5分かかると思います。」
「今野さんの足の状態について、詳しく教えてください。」
「半年ほど前に交通事故にあって、打ちどころが悪かったみたいで、骨折とかじゃないんですけど、下半身が動かなくなったんです。」
金町さんについての証言は矛盾なく一致した。
・鈴村さくらさん
「部屋を出ておよそ10分、何をしていましたか?」
「お風呂に入ってました。証拠は…ないけど…」
「そのとき床は濡れていた?」
「はい」
「死体発見時、どうして出てこなかったの?」
「外が騒がしいのはわかったけれど、なにが起こったかはわからなくて、そのままお風呂にいました。」
・里見亮子さん
「部屋の外に出てからの行動を教えてください。」
「荷物を取ろうと二階にいって、倒れている今野さんを見つけて、慌てて戻ってきました。」
「なぜ『倒れた』と言ったのですか?」
「あのときは首のロープの跡には気付かず、気を失っているかと思ったんです。」
質問の内容と返答はだいたいこんなものであった。次に証言の検証にあたる。
金町さんと横田さんが出会った場所や方向の証言については、今野さんの部屋の位置からしてもおかしな点は見当たらなかった。また、今野さんの部屋に車椅子があることを侵入者の検討の際に続き再び確認した。
亮子さんの証言は、実際に歩いて確認すると、2階との往復にかかる時間は約1分で、戻ってきた時間との差はほとんどなかった。
鈴村さんの死体発見時の様子について、松原はこう語った。
「最初は何が起きてるかわからず困惑してるようだったの。私が説明するとひどく怖がっちゃって、とりあえず弔いだけでもして欲しかったから着替えるのを待って、手を引っ張って無理矢理二階へ連れてきちゃった。」
出来る限りのことはやったつもりだが、さっぱり手掛かりが見えない。そう思っていると松原が突然、
「私疲れたからお風呂入ってくる!あなたは絞殺に何分かかるか、大体でいいから考えといて!」
と僕に言い残し風呂場へ消えていった。
20分ほど待ち、風呂から上がった松原へ自分の考えを述べ、尋ねる。
「絞殺には2分は必要だろうな、多分。ところでリフレッシュしていいアイデアは浮かんだか?」
「ええ、私の推測が正しければ、犯人がわかったわ。」




