#1 孤立したK荘にて
事件の本筋とあんまり関係ないので、読み飛ばしても構いません。
訳あって、今は孤立している。
といっても人間関係的な話ではなく、物理的に孤立しているのだ。このK荘は集落へ続く唯一の道路を土砂崩れで塞がれ、今日は帰れない、という知らせを受けたのが午後6時。けれどもここに居る人はみな今日K荘に泊まる予定だったし、幸いにも電気や水道などのライフラインの断絶はない。今も強く降る雨で星空と自然が拝めないのは残念だが。
さて、今はK荘のダイニングに皆が集まり心配そうにテレビを見ている。ニュースキャスターが伝えるところによると、日付が変わる頃には雨は止むそうだ。ここのオーナーの里見淳二さんが受話器を置き、僕たちに伝えてくる。
「復旧作業は明日の夜明けから始めるそうだ。遅くても夕暮れまでには通れるようになるらしい。」
どうやら消防署からの連絡だったようだ。皆に安堵の表情が広がる。
「良かった。そろそろ私、夕飯作り始めますね。皆さん、ダメな食材とかありませんか?」
妻の亮子さんが聞く。全員特になかったようなので、亮子さんはそのままキッチンへ向かった。
「はぁ〜、よかった。なんとか予定通り帰れそうね。でも、結局ぜんぜん観光出来なさそうだけど。」
と僕の横で語るのは幼馴染の松原美穂だ。いろいろあって今回は僕たち2人で旅行へ来ている。
「それならもう一日こっちに留まるか?」
「白神がお金を出してくれるならね。」
僕(=白神)はその要望をやんわりと断る。
ここで今日運命を共にする残りのメンバーを紹介しよう。
まずは今野博さんと横田明子さんだ。今野さんは足が悪いらしく、車椅子に乗っていて、横田さんがそれをサポートしている。2人は親戚らしく、今回は療養のための旅行だったそうだ。ここからは僕のひねくれた意見だか、今野さんは太っていてあまり清潔感もない、陽気ではあるがちょっとイヤなおじさんだ。加えて幾らか乱暴で、少し行動が遅い、とかで横田さんを怒鳴りつけていたのをもう既に何度か見た。横田さんには同情する。歳をとると、(といっても今野さんは還暦は迎えていないように見えるが)他人に対して偉そうにしてしまうのだろうか?
次は鈴村さくらさんとその彼氏、武藤秀太さんである。僕たちは若い(といっても僕や松原と同じ大学生だが)2人のイチャつきを見せられている……わけではなく、鈴村さんは松原と意気投合し、女子のトークに花を咲かせている。そんなわけで武藤さんはかれこれ1時間は彼女に無視されている。今夜は彼といい酒が飲めるかも?
最後は金町夏さんだ。女性ながら体格ががっちりしていて、本人曰く、「大学時代はレスリングをやってたんですよー、社会人になっても筋トレは続けてますね。」とのことだった。正直僕や武藤さんより頼りになりそうだ。
この時K荘にはこれまでに挙げた9人が居る。非常事態ではあるのだが、その非日常を楽しむかのように、それぞれとの会話が盛り上がっている。
午後7時ごろ:
「皆さん、お待たせしました。」
亮子さんが夕飯を机の上に並び終えて言う。メニューはカレーだ。おかわりも十分にありますからね、と付け加えたのち、全員で手を合わせる。
「いただきます!」
味の感想を言わせていただくと、とても美味しかった。もしカメラが回っていたら「宝石箱や〜」と言いたいくらいに。それは他の人も同じだったらしく、男性陣は皆おかわりしていたし、金町さんは食後に作り方を聞きに行っていた。
明るい室内とは対照的に、外の雨風が再び少し強くなってきたようだ。松原は水滴の他に何も見えない窓の外を、頬杖つきながらじっと見ていた。
午後7時30分:
K荘に一瞬の静寂が訪れた。
きっかけは今野さんが鈴村さんに、「おーい、お嬢ちゃん、そこにある新聞紙取ってくれ。」とお願いしたことだ。
彼女は武藤さんと話していたこともあり、正確に聞き取れなかったようで、今野さんに聞き返した。それが今野さんの沢山ある逆鱗に偶然にも触れたのだった。
「新聞紙を取れと言っているんだ!そんなことも分からんのか、早くしろ!!」
理不尽な怒りに、慌てて横田さんが止めに入る。その後、微妙な空気のみが流れた。
打ちつける雨音のみが聞こえる。
雰囲気に耐えかねた淳二さんが切り出す。
「まあ、仲良くしましょう。ところで、お風呂のことなんですが、いつもは近くに露天の温泉があるので皆さんそこに行かれるんです。でも今日はこの天気なのでうちにある小さな風呂で我慢してください。お湯が汚れますから、女性の方から入りましょう。今から20分くらいでお湯が張れますから、その間に順番を決めておいてください。あ、私たちはそれぞれの最後でいいですよ。」
男女に分かれて話が始まったことで、場の雰囲気は和み、雨音は意識の外へ出ていった。
午後7時50分:
お風呂が沸いたことを知らせるグロッケンの音が鳴る。
話し合い(じゃんけん)の結果、金町さんが最初に風呂に入ることになったので、「お先に、」とだけ言って金町さんは皆がいるこの部屋を出て行った。
午後8時00分:
壁についている時計が8時ちょうどを告げる。それを聞いた今野さんが、
「おお、もうこんな時間か。おい、お前、ワシはもう寝るから部屋まで連れて行け。」
と横田さんに命じる。横田さんは急いで今野さんのもとへ向かい、彼の車椅子を押して部屋から出ていった。
扉が閉まったのち、僕は隣の松原に聞く。
「なぁ、今野さんって50代くらいだろ?寝るの早くないか?今時の老人でも9時くらいまでは起きてるだろ。」
「それはあんたのおじいちゃんがそうなんでしょ。今日はいろいろあったんだし、疲れて寝たいことだってあるんじゃない?」
午後8時05分:
金町さんと横田さんが一緒に部屋に戻ってくる。
「次は私ですね。」
そう言って鈴村さんが部屋を出て行く。
「金町さん、湯加減のほうは大丈夫でしたか?」
淳二さんが尋ねる。「バッチリでしたよ。」と金町さん。
午後8時13分:
亮子さんが2階に物を取りに行く、と言って部屋を出ていった。
午後8時14分:
「キャーッ!!」
外から叫び声がする。これは亮子さんの声だ。僕たちが戸惑っているうちに、扉が開き、亮子さんが僕たちに告げる。
「今野さんが…今野さんが、二階で倒れてます……」
それを聞くと、松原が誰よりも速く、亮子さんの隣を抜けて二階へ駆けて行った。




