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異世界なんかに絶対行かない!  作者: あまてら
4/5

物怪なんかに絶対負けない!



あの後、速攻で母なる海に帰してやったはずのコイツは

何事もないかのように、平然とした風で家に戻った俺を出迎えやがった。

俺は頭を抱え、1匹見たら30匹という有名な格言を思い出した。

止めてくれ、そんなことあるわけないだろ。恐ろしい考えを必死に頭から振り払う。

とりあえず、明日も早いんだ。もう寝よう。

そのためにはドヤ顔で何か喋り続けている正体不明をなんとかしないといけないな。


適当に相槌をつきながら、纏わりつくコイツを引っぺがして

荷造りの紐で縛り上げて、カーテンレールに吊り下げる。

ロープワークは船乗りの必須技術と言えるが、実際のところ俺はそこまで得意じゃない。

ただ、普段の業務で使う基本的な技術だけでも十分役立つもんだ。

自分自身の成長をこんなところで実感できるとは思わなかった。グラッツェ、運用教官。


本当はベランダに出そうとも思ったんだが近所迷惑になるかもしれない。

それに、うちのアパートはペット禁止だし、変な噂が立つと職場に連絡がいく。

なんとも肩身の狭い立場だ。



「OK、今日のところは休戦としよう

俺は明日も勤務があるし、今は深夜だ

お前の話は明日ゆっくり聞こうじゃないか」


「ほどいてヨ」



お互いの合意が得られたようで何よりだ。

さっさと寝直そう。贅沢言うなら明日の朝には消えて無くなっていてくれると助かる。

しばらく奴が蠢く音だけが聞こえていたが、しばらくするとよくわからん声をあげ始めた。

・・・歌っているのか

子守唄のつもりなんだろうか。ただ、俺には呪いの呪詛にしか聞こえない。

だがその程度で俺が眠れなくなると思わないことだ。

狭い居住区に3段ベットや2段ベッドが標準の艦艇乗り舐めんなよ。

艦の奴らのいびきや波の音に比べれば全然気にならないね。

ちなみに、1番いびきがうるさいのは俺だそうだ。他のやつは気にしているかもしれない。

そしてとっておきの駄目押しというやつを使わせてもらおう。耳栓だ。

艦の機械室や発電機室の騒音はかなりのものだから、俺にとっては必須アイテム。

仕事でなくても、このように便利に使えると言うわけだ。

では、good night!



海上自衛官である俺の朝は早い。

空が白む前の、薄暗い時間から準備をしないと出勤時間に間に合わない。

いつものように、インスタントコーヒーを飲みながらパンをかじり

パソコンでニュースサイトを確認する。そうそう、ついでに調べ物もしておかないとな。



「ええと、コイツを消す方法は」


「真人、オハヨ」



ダメだった。消えてない。まだ居やがる。

自分の認識が甘かったと言わざるを得ないだろう。

今、俺は素面だし、二日酔いでもない。寝ぼけているわけでもないし、当直明けでもない。

コイツは現実に存在するのだ。現に今も横で釣り体操をやってやがる。

俺は手早く、戸締りの確認を行いカーテンを閉めて、戸棚から空き箱を取り出す。



「今日は僕とお話しするんでしょ?ほどいてヨ」


「わかったわかった。・・・これでよし!じゃあ行ってきます!」


正体不明の一夜干しを引っ掴むと、速攻箱に叩き込み、ガムテープでぐーるぐる。

手早く梱包した小包を布団で包めば、簡易な防音対策としてはこれで完璧だろう。

今日はいつもより早めに家を出よう。

コイツの対処は家に帰って来てから考えるんだ。


家を出る前に、ふと思い浮かんだのは

果たして空気穴を必要とするのだろうかということだった。

俺としては、そのまま動かなくなってくれれば願ったりだが

目覚めも悪いし、色々と垂れ流されても困る。

手早くバイク整備用のドライバーを取り出し、中心を避けて

穴を数カ所開けておく、途中に「オォウ!」だのと聞こえた気もするが

多分気のせいだから大丈夫だろう。


よし!行ってきます!





今日ほど家に帰りたくない日はないだろう。


俺はいつでも、誰よりも、先に上陸することで知られていた。

いつもなら上陸許可のマイクが入る前から私服に着替え、舷門の横で仁王立ち位はする。

いつも同時刻に上陸する先任伍長や舷門当直員がなんとも言えない顔をしたりすることがあるが

任せてください。俺の上陸服装は完璧です。身だしなみは護衛艦乗りの基本ですからね。


そんな俺が舷門に現れないのだ。

先任伍長は訝しみ、舷門当直はマイクが入っていなかったのではと艦内に確認し

ある者は当直日を間違えているんじゃないかと思い、ある者は何かしでかしたか

と思ったりしていたが実際のところは居住区で顔をしかめて悩んでいた。

俺としたことがあの程度のことで非常に情けない限りだ。



「あれ、武内海曹、帰んないんすか?」


「ちょっと考え事しててな」


「武内海曹って考えることあるんすね」



酷い言われ様だが、いつものことなので怒る気にもならない。

この軽い感じの後輩は海士長の「泉 圭介」

あまり人付き合いの良くない俺が艦内で話す数少ない同僚だ。

ユルい見た目だが、何でも大体上手くやる上に、動きも機敏で頭が切れる。

元々は有名学校でスポーツ選手のようなこともしてたらしいエリートだが

進路選択をあみだくじでも使って決めたのか、今じゃ艦艇で機械整備している。



「・・・実は、家に変なのがいるんだよ」


「どんなのですか?」


「ん〜、ずっと声かけられてたんだけど、昨日いきなり来たんだよ

で、どっか一緒に行こうとか言って絡んでくる」


「ほうほう!いいッスね!

俺が相談乗りますよ!俺、そういうの大得意ッスよ」


「・・・お前が乗り気になってくれるとは意外だ」



やけに乗り気の泉の態度に違和感を覚えるが、正直いい考えが浮かばないのが事実だ。

コイツは地頭もいいし、何かいいアドバイスでもくれるかもしれない。



「で!どうなんすか?可愛いんすか?もう触るくらいはしたんすか?」


「まぁ、見方によれば愛嬌はあるな、触るというか絡んできてたな」


「good!完全にイケますね!もうイクしかないでしょ!

あれ、でもその話でいうなら早く帰んないといけないんじゃ?」


「いや、どう対応したものか正直困ってる

だっていきなり現れたようなやつだぞ。正直まともに会話すらしてない」



泉はヤレヤレといった風に頭を振ると、近場の椅子に乗せていた俺の荷物を

ごく当然に脇へと放り投げて俺を見つめてきた。

仕事中に見たことのない真剣でかつ、優しい眼差しが俺の精神を苛立たせる。



「武内さん、まずは会話で雰囲気を盛り上げませんと

こういうのって意外と大切で〜

お互いを理解し合う意識がないと虚しい行為になっちゃうんすよ?」



お前は何を言ってるんだと言い返そうとすると

泉はわかっていますと言わんばかりに続けていく



「俺も経験あるんすけど、気が乗らないとか話が合わない部分があっても

致す前にはちゃんとお互いの理解を深めておかないと後で拗れるんすよ

変にストーカーみたいなの作りたいなら別ですが」


「あんなのと末長く付き合ってられるか

上手いあしらい方とかお前得意そうだろ、なんかいい方法ないか?」


「なんかえらい言われようだけど

それこそ会話して相手にちょっと違うなって感じ取ってもらうんすよ

相手が自分で思うようにしないと、何言っても聞かない子は聞きませんからね

でも、せっかくなのにもったいなさすぎじゃないすか」



俺はありがたいご高説をBGMに考える。

確かにアイツと会話はほとんどしていないと言っていいだろう。

そもそもアイツはなんなんだということもわからない状態だ。

いきなりで驚いたというのもあるが小さくて、黒くて、走り回る奴と似た部分が多くて

手段に対話というものを最初から想定していなかったのはミスだったかもしれない。

ファーストコンタクトからとにかく消し去ろうとしていた嫌いがある。


そうだな、あいつは会話はできるようだった

とりあえず奴と会話してアイツが何者か確かめるべきなんだ

妖怪か何かの類かもしれんが、ああ言ったのは理由がないと出てこないだろう。

そして勘違いか何かということを確認してもらってさっさと消えてもらおう。

よし、帰ってやることはコミュニケーションだ。

待ってやがれよ、お前を完全に理解してから

対応する宗教の坊さん呼んで文明人として適切に処理してやるぜ。



「・・・って聞いてんすか?」


「あぁ、お前のアドバイスはかなり参考になった

確かにお前のいうとおり相手への理解が重要だな」


「お!わかってきたみたいっすね!後日談聞かせてくださいよ!

ところで、その子とどこで待ち合わせてるんすか?」


「いや、近所迷惑にならんように俺の部屋に縛って、防音して、閉じ込めてあるぞ

よし、そうと決まればさっさと帰って会話してやらないとな

今日ばかりはお前という協力者がいてよかったよ」



普段アドバイスをあまり聞かない俺の物分かりが良すぎるせいだろう。

泉がいつにもまして微妙な顔をしてこっちを見ているが、手を振って謝意を伝える。

やはり方針が決まると体も軽やかだ。早速、家に戻り対応開始しよう。

泉が犯罪がどうのとかいっていた気がするが

恐らく最近の自転車関連交通法規の改正のことだろう。

確かに注意するとおりだが

安全教育で改正事項を把握している法令遵守の俺に死角はない。



「すまんが泉、上陸スタートダッシュが遅れたからな

さっさと帰るわ、法令に対するアドバイス感謝だ。十二分に気を付けよう」



名残を惜しんでいるのか、まだ言いたいことでもあったのだろうか

巻き込まないでだのなんだの言っている泉を後に居住区を出ると舷門に木札を差して帰路につく。

何時もの通り、ここから帰り道は起伏に富んだ通勤路10kmが待っているが

今の俺の心持ちならペダルも軽いだろう。今日はタイム更新も期待できそうだな。





「帰ったぞ!生きてっか?お望み通りお話ししてやるぜ!まずお前の除霊について話そ・・・」


「お〜かふぇりぃ〜」



部屋についてまず感じたのは違和感だった

俺が縛り付けておいたハズのコイツは

何故自由を謳歌しているのか、そして何故強い酒の匂いがするのか

落ち着くんだ。1つ1つ確認していくんだ。相互の理解が重要じゃないか。



「・・・お前、なんでフラフラしてんだ」


「ん〜、ふぉれ飲んだからかなぁ

これめっちゃ美味ふぃ〜わぁ」


「なんで俺のとっといた酒飲んでんだよ!あ〜ぁなくなっちまってるよ

そうじゃなくてなんでフラフラ歩き回ってんだって聞いてるんだよ

縛っておいたはずだろ、変なことしてないだろな」


「アヒャヒャ、あんにゃん効くわけにいだろ〜、ボクみくびりすぎ〜」


「クソッ 会話するんだろうが!さっさと済ませんぞ!

お前何もんなんだ、職業柄幽霊関係は間に合ってんだ。さっさと成仏させる方法教えろ

とりあえずお前の要求はなんなんだ」



酒の匂いが充満する空気を入れ替えるために窓を開け放つと

床でのたうち回っていた黒い塊を片手に持ち上げ、話す気が起こるまで適度にシェイクしてやる。

一瞬コイツを絞れば酒が出てくるような気もしたが、変なもんも出てきそうだしやめておこう。

しばらくはわーわー言って抵抗していたが早く言わないと終わらないと気づいたのだろう。

呂律の回らない感じではあるがポツポツと喋り始めた。



「やめひぇ〜、ボクは【アル】っていうの。真人を迎えにきたんだヨ〜」


「そりゃあ初めましてアルさ〜ん。で、私めはどこにお呼ばれすりゃあ良いんですかねぇ」


「ボクの〜管理する世界〜ぅ」



最近の娑婆では、どっか違う世界に行っちまうやつが人気だとは聞いていた。

ネタでも不足しているのか、とうとう艦艇乗りの俺にまでお誘いがくるようになったのだろうか。

きっとこの後の展開は美少女も出てきて、チートがどうのでウッハウハなんだろう。



「そりゃお誘いありがとなぁ〜、でも俺も忙しいからなぁ〜、他当たってくれるか〜」


「しんけぇんに考えてヨ〜ぅ、後もう振るのやめてぇ」



リズミカルに振り続けていたが会話の支障になってもつまらない。

だいたいコイツ、アル自体が酔っ払っているのを振り回してたら

ただでさえ要領を得ない会話がいつまでたっても着陸しない。

こういった会話は着陸地点を見定めて、そこへ向わせるためにするべきだろう。



「で、具体的に俺にどうして欲しいっていうんだ」



その言葉を聞いた瞬間、アルが喜びにあふれた声色で高らかに言い放つ。



「今すぐ!そこの窓から!飛び降りて!」


「消え失せろ!物の怪!」



あれだけ遠くまで飛んで行ったのだ。

明日は久しぶりにソフトボールの遠投記録を試すのも良いかもしれない。きっと良い記録が出る。

ただ、条件反射的にやってしまったがこれで終わってくれないだろうかという淡い期待は

しばらくして戸棚の中から現れた怪奇現象に打ち砕かれるのであった。





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