呪いなんかに絶対負けない!
電車を乗り継ぎ、約1時間程度過ぎれば
窓の外は東京のコンクリートと人混みの風景から大きく雰囲気が変わっていた。
どうやって建てたんだと言いたくなるような滅茶苦茶な立地の住宅街。
住宅と緑の合間から、時折顔をのぞかせる青い海。
ここがもう7年を超えて世話になっている街、横須賀だ。
車窓に顔をのぞかせている俺の勤務先は
今日も外舷色の船体から独特の威圧感を漂わせていらっしゃる。
俺の家はそんな威圧感から逃げるように
ちょっと離れた浦賀っていうとこの住宅街にあった。
「帰ったぞ!っくそ、暑っちぃー、まだ6月じゃねーのかよ」
「オカエリ~どうだった?きっとダメだったよネ?無理だったよネ?」
「誰のせいだと思ってんだコイツは」
帰ってくると直ぐに、部屋の奥からゴム鞠のように跳ねながら
厄介な奴が出てきた。そう、こいつこそが俺が海上自衛隊を辞める羽目になり
転職をする理由を作った原因なんだ。
「真人、生きてるの嫌になった?
ボクと一緒に他の世界行った方が楽しいヨ
だから!真人!早く死んでヨ!」
全く悪びれずに、ここまで純粋に相手を想って「死んだほうが良い」という
リコメンドができるのはこいつくらいだろう。
ポョンポョンと跳ね回る正体不明の物体をうざったく思い、スーツを着替えながら
俺は何でこんなことになったのかと考えずにはいられなかった。
ギャーギャーと叫んでいる。こいつの名前は「アル」
はっきり言うと悪霊だ。じゃなければ妖怪。
このことについて、奴は違うと言い張っている。
だが、奴の目的を考えれば納得していただけると思う。
こいつは俺を殺そうとしているのだ。
外見的には
大体、両手で持てるぐらいの大きさ。
光沢をもった真っ黒な表面はビロードなのか化学繊維なのかわからない手触り。
頭部に飾りのない帽子を目深くかぶっているのか
意匠のない、のっぺりとした仮面をつけているのか
どちらかわからないが、顔は笑っている口元しか見えない。
黒い体のところどころには白く模様が描かれている。
見ようによっては愛嬌があるようにも見えなくもない。
物騒な意思がなければ、だが
「うるさいな。大体、なんで死ななきゃならないんだよ」
「も~、他の世界行くんだヨ?
それしか方法ないんだって何回も言ったでしょ
真面目で能力がありそうな奴が必要なんだヨ
だから、真人はボク達の世界に来てくれた方が幸せになれるヨ」
奴の言い分では「素敵な世界」に連れていくのが目的なんだそうだ。
そこでは俺のような人間でも、重宝されるわ、ウハウハできるわ
ハーレムではできるわ、俺TUEEできるわ、とえらいところらしい。
さらに、アルが言うには
自分は不幸な人間を幸せな世界に導く存在なんだそうで
そりゃあ素敵だ。素晴らしい。
ついでに言うと俺は不幸な境遇だったのね。
「も~、本当に良いところなのに・・・
でも、ボクも仕事なんだから絶対あきらめない
それに真人のためにもなるんだから頑張るヨ!」
「いや、諦めてもらう
俺は全く行く気がない、この世界で役に立って見せる。
さっさと納得して帰ってもらうぞ
・・・だから、この間みたいに俺を殺そうとするのは止められないのか」
「だって~、真人は1回『死にたい』って答えちゃってるから契約すんでるしなぁ
普通はボクに促されて楽に逝くから、真人みたいに嫌がる人は初めてだヨ
だから、わからないけど契約履行の強制力がどんどん強くなるんじゃないの」
こっちとしては命がかかっているのに、アルは首をすくめてクスクス笑い始めた。
こいつに何をしようが無駄なのがわかっているので苛立ちだけが募る。
何度か生ごみと一緒に出してやったり、海に沈めたりしてみたんだが
ひょっこり戻ってきて、何食わぬ顔で家でゴロゴロ転がりながら苦情を言ってくる。
ゴキブリ以上に質が悪い。
「だから~、真人をあっちの世界に誘わない方が
この世界にとって良いことなんだって早く証明してヨ!」
「・・・じゃないと、真人そのうち強制力で死んじゃうヨ」
ということで
俺は多分、呪われてるんだと思う。
アル:パッシブスキルなんでどうしようもないの!だから死んで!
真人:どうしてこうなっちまったんだ・・・