夕暮れ
本気で泣きたいと思われる方だとがっかりされること必須です。
彼女は今日も泣いている、号泣といった方が適切だろうか。紅葉がいよいよ終わりを迎え始めた季節から今日までこの侘しくなってしまった公園で僕の隣に座ってひとしきりに「智君、智君、智君」と誰かの名前を呟いて僕にその存在を深く刻み込ませて、少しずつ僕を傷つける。今ではもう僕の心は智君に対する怒りと嫉妬心でいっぱいだ。
「ねえ、もう泣かなくてもいいだろ。何がそんなに悲しいんだよ。僕がそいつの代わりにそばにいるから。」
きっと今僕の顔はしわくちゃなんだろう。僕の情けない声は僕を余計にみじめな人間にしている気がする。もっとはっきりと声を発したいのにイマイチ決まってなくてどうにも情けない。
彼女は何も答えなかった。ただ涙を止めてぼうっとした後、静かに微笑んで安心したように眠った。僕はそれをみて彼女の頭に手を乗せて優しくなでた。はたから見たら恋人なんだろうなと少し得意げになりながら。最初はこの子のために智君を探してあげようかと思った。どうやら彼は突然彼女の前から姿を消したらしいから。でも僕はそうすることをやめた、僕が彼女をを好きになってしまったからだ、そんな愛しい存在の恋人かもしれないやつを探して、見つけて、そんな僕が不利になるようなことはしない。もし見つかったときその二人に置いて行かれるのは、彼女がまたその男に獲られてしまうのはいやだったからだ。
僕はこの夕方4時ごろからいつもこの少し古ぼけてペンキの剥げたベンチで座って本を読んでいる、始まりは確か彼女がここに通い始めた1週間ほど前だろうか。突然僕の隣で泣き始めた時は驚いた。その日から僕は正直彼女の泣き顔と、寝顔しか見ていない。毎日毎日あきることをせず泣いては寝て、泣いては寝るを繰り返す。笑顔を見たいそう思っていたはずなのにこの表情が僕だけが見れる特権のような気がして、ここでしか涙しないような気がして、きりきりする思いと甘えさせてあげたいという思いからいつも涙を流す姿をただ見ている。だから僕は冒頭の言葉とは反対に、
「もっともっと泣いて。我慢せずに悲しみを隠さずに、」
と囁いてしまいそうになる。たまにその感情を疑う。僕はこの子の涙をずっと待ち望んでた気がするのだ。それと同時にこの子をいつも笑わせてあげたい気がする。たとえば騎士のように守り、たとえば父親のように優しく抱きとめて。そう笑いたいときはめいっぱい笑えるように、泣きたくなったらめいっぱい泣けるように、守ってそして抱きとめて時に見守って。
この気持は何だろう
そんなことを考えているうちに結構な時間がたったらしく、大きなあくびとともに彼女の眼がさめた。
「何時だ?」彼女は独り言のように呟いて時計を見た。
「もう6時だよ。」
「やばっ帰らないと。」そしてあわてたようにベンチから飛び起きた。
相も変わらずあわてんぼうでかわいいと思う。
「バイバイ」そう声をかけた。しかし彼女には届かなかった。
次の日も僕は昨日の考え事が頭から離れず今日もひとしきりそのことを考えていると突然、僕の胸に激しく突き刺されたような痛みを感じた。それとなにかが僕を呼んでいるような感触。 いきなりの痛みになす術もなく土の上でのたうちまわる。ただ胸を抑えるしか出来ない。そこにいつものように彼女がやってきた。
しかし彼女は僕を見ていない。
僕は愕然とした。どうして気付かない、こんなにも決して小柄とは言えない僕がこんなにのたうちまわっているというのに。そこでやっときづいた、今まで気づいてなかったのがうそのようだ。なぜ気付かなかったんだ。そういえば最初からおかしかった。初めて彼女がここに来たとき初対面だというのに僕の隣に特に僕に声もかけずに座ってきた。あの時はなんて無作法なやつなんだと思ったが当たり前だ、彼女に僕は見えていないのだから。また、彼女は一度も僕に挨拶を返したことがない。僕が「バイバイ」といて帰ってこなかったのは・・・
痛みはひかない。どんどんひどくなっている。それでも僕が死んでいたという事実の方が痛かった。ずっとずっと何倍もいたい。彼女に何もできないこと、今になって気づいた、僕はこの公園から一度も出たことがないということ否、出られないということ。ここまで深く考えたことなんてなかったから・・・いまさらそのことに気づいた自分に少し引いた。
そして手が光を放ち、消えていっている
まだ未練はたくさんある、なぜだ。僕が本当に死んでいるなら未練は大ありだ。まだ消えられないはずだ。だって彼女はまだ泣く事をやめないのだから。僕は彼女の方を見た。そして違和感を見つける。
おかしい。彼女まだ、泣き始めていない。というより彼女は首を傾けている。僕は座り込む体制に変え、土を払う。どうにかして彼女のそばに行かないといけない気がしたのだ。そして次の言葉に僕は驚異した
「おかしい。いつもこのベンチは暖かいのに・・・」
そう彼女は言葉を発してふさぎこんだ。そのあと彼女はちらりと僕の居る場所へ目を向けて、固まった。僕の方を向いたまま。
見えているのか、否そんなことはどうだっていい。何か言わないといけない彼女に、今。たとえ聞こえなくても、
「泣かないのかい今日は―」
ああ、目が見えなくなて来た、完全にきえてしまっただろうか。ちゃんと微笑みかけてあげられただろうか。確かめるまでもない。ちゃんと微笑んでいただろう。なぜなら一瞬でも僕を見てくれた気がしたのだから。
遠くの方で彼女が泣きながら「智君!」と叫んでる気がした。
僕の心に一人の大切な大切な女の子の名前が浮かび上がってきた。そしてそれはすうっと心にしみこんでいくように静かに消えた。
目が覚めた。優しい夢から覚めた。
「やあ、里香。」
「智君!心配したんだから。それに誰も居場所を教えてくれなくて、死んだのかと思って怖く「知ってるよ。」
「・・・え?」
「全部、知ってるから。」
さあ、笑って。ずっと見たいと思っていた悲しい表情はいつの間にか見あきてたんだ。僕が待ち望んでた大好きな君の笑顔が見たい。
「そういえば私も知ってるかも!」
陽だまりの下で咲く太陽のような笑顔だった。
さあ、この俺お気に入りの映画だが、君は気に入っただろうか。聞くまでもないな。
「さっぶーこの2時間ドラマ。」君はうそぶく。
「・・・よう言うわ、めっちゃ感動してるやん自分。鼻水の音うるさかったっつーの。」
「花粉症だから。」
「ククク…ほんまかわいいな。」
「うるはい。」
どうも最後までお読みいただきありがとうございました。