ようやく、ヒロインと主人公が接触します
今回は、グロシーンが出てきます。いよいよ物語が動き出します。
【1.朝読書って大切だと思います】
私は、死ぬ前に、なぜだか、この世界の事が知りたくなった。それはおかしな事だと思う。だって、どうせこの世界とはお別れをするのだから、今更、この世界に付いて知ったところで、その後の役には立たないのだから。私は、本を読んだ。この城には、天井がうんと高くとにかく広い書庫がある。私は、殆んど毎日通った。私は、本に手を伸ばす。いろいろ読んだ。片っ端から読んだ。とにかく読んだ。読んだ。読みまくった。哲学。数学。闇の呪い。宗教学。歴史。文学。悪魔辞典。法学。私は、知的になった。しかし、どの本も文章センスがダメダメだった。だから、私は題名と目次しか読まなかった。でも、絵本と児童書は、意外と知的で隠された賢さが内包されていた。私との波長ともピッタリだ。実は、児童書というのは、寓話的で社会風刺的で、賢さの固まりでしかないのだ。だから、私は、この手の冒険小説、児童書、童話、絵本をたくさん読んだ。
これは、死への運命から目を背ける行為でもあり幼児帰りでもあった。殆んど毎晩、世話係のジーナはルーチェに朗読して寝かし付けた。ルーチェの寝室には日に日にぬいぐるみが増えていった。
私には、世話係の使用人がいる。使用人は女性だ。名前はジーナ。年齢は、12歳。
「あたたかな布団に包まれて~。あなたを見守る母のなか~」
ジーナは、19歳のルーチェお嬢様に、慣れた手つきで撫でた。そうすると、お嬢様は大人しくなる。
ルーチェは眠れない。ルーチェは朝が怖い。数えてしまう。自分が生きられる日数を。
「レイに会いたい」
枕にうつ伏せた。声は響かない。
「会ってもいいのですよ」
ジーナは、どちらでもよかった。いいや、どちらが正しいのかが分からなかった。
ジーナは、知っている。ルーチェの寿命が一年だという事を。
しかし、レイはその事を知らない。ルーチェは、その事を隠している。その事情もジーナは知っている。隠す気持ちも理解している。
「私達は。レイと私は。出会うべきではなかった。この恋は、してはいけない」
ルーチェは枕に語り掛ける。
「そんなことありませんわよ」
ジーナは、それを説明できない。どこがどうそんなことないのかを説明できない。
確かに、説明できないが、それでも、一度、その悩みは克服して、レイと会うことにしたではないかと、ジーナは思った。
「身分違いの恋。余命は1年の恋人。騎士と姫の恋。壁が、私達を、切り離す」
ジーナは、思った。ルーチェは、恋に恋している。自分に酔った乙女だと。
聞きたかった。嘘も偽りない真の心に尋ねたい。本当に、レイが好きなのかと?
しかし、余命が1年。その非現実的な現実が重くのしかかる。
でも、人生は冷めなきゃいけないのだろうか? 人は、諦めと悟りを持たなきゃいけないのだろうか?
変に、尖って、捻くれて、哲学的でなきゃいけないのだろうか?
恋に恋している? 自分に酔っている。良いじゃないか!
だから、ジーナは強要しない。世界を俯瞰から眺める事を押し付けない。
「人は死んだらどうなるの?」
ルーチェは、今日も上手く眠る事ができなかった。
ある日の夕方に、城にある書庫へ通い、ルーチェは本を見付けた。
『奥様の噂百科事典』
という題名だ。噂という言葉に吸い寄せられ、その本を読み始めた。書いている内容は殆んどくだらなかった。あの家の主人は犬好きで犬を15匹も飼っている。あそこの家の奥様は、浮気をしていて五股もしている。いつも来る常連の客は体臭が酷くドブの臭いがする。あの家には6子がいてそっくりだ。あそこの貴族の子供は大学受験に6浪している。だいたいそんなような内容だ。ただ、中には、子供を誘拐して拷問を楽しんでいる。あの貴族は使用人と毎晩乱交している。あそこの家の主人は狼男であり、誘拐しては人肉を食っているなどと、過激な噂もあった。この本には、噂の出典元が書かれている。噂元の所在地と噂されている人物の名前と提供者の名前も書かれている。実際に、著者が足を使い書かれた本である。この本は50年前の古い本だった。
噂というものは、不確かで拡張で、でたらめだ。そもそも、人から人へと伝わる際に、背景や重要点といった解釈が変化して行く。噂は噂であり、事実ではない。著者は、噂に対する考察を前書きに述べて、読者にそのことを留めるように、促している。私は、素直に聞き入れたはずだった。
『山小屋に住まう不老不死の男』
その噂話しを読むまでは。
私が一番に欲する物は、命だ。その怪異性に魅了された。確かめずにはいられない。私は、その山小屋に行く事に決めた。私は、計画した。次の日の早朝に出かけると決めた。
私は思った。馬鹿げていると。それでも、不老不死。それは何とも魅力的な事だ。嘘ならそれで構わない。私は、やはり、真偽を確かめると決めた。
【2.もっとも危険な場所への接近】
私は、小鳥たちよりも早起きした。
外套を羽織り、馬小屋へ行き、一番早そうな馬を借りた。馬は不機嫌そうにとぼとぼと従った。
城にある裏口から、そっと出た。見張りは欠伸をかいて、まったく仕事をしていなかった。私は、この城の警備の薄さを心配しながらも、城から出た。
城から離れると地図を取り出し、不老不死の男が住まう山小屋へ向かった。
案外早くに、山小屋に着いた。山小屋は街から近い場所にあった。
山小屋は、古そうだが、よく手入れされている。人の手が加わっている事が分かる。壁から屋根までツルが根を張っている。小屋の周りには、赤、黄色、青といったいろいろな色の花が植えられている。
扉に手をかけ、静かに入ったが、扉は軋む音を鳴らした。
「おじゃましまーす」
小屋に入り、何歩か進む。その度に床がきしんだ。床底が抜けないか心配させられた。
椅子がある。背もたれもひじ掛けもない。丸い椅子だ。子供でも作れそうな単純な椅子だ。
男が座っている。ブツブツと独り言を言っている。光源は窓からの日の光だけだ。だから、全体的に暗い部屋だ。
男は、友達が一人もいなそうだ。そういった雰囲気がその男にはある。
その男は、油絵を描いている。この奇妙さ奇怪さが、芸術家ぽく見える。これらの雰囲気には、そういう演出の効果がある。
「ああ、うう、アアアア。ウウウ。思い通りに描けない。こんなんじゃダメだ。こんなんじゃ偽物だ。ダメだダメだ。ブーーう~ぅあああ」
『怖い。そして、キモい』
頭をボリボリさせるものだから、髪はあっちを向いたりこっちを向いたりボサボサ。服は絵の具だらけ。そして、うめき声と独り言がブツブツと音量は小さいのになぜだが煩い。部屋は暗い。明るさの問題ではない、この部屋の雰囲気が暗い。
なにこの人?
怖いんだけど、ようやく見つけたけど、本当に不老不死? でも、もしも、不老不死ならば、知識も豊富そうだし、助けてくれるかな。化け物には化け物を。それが鉄則よ。
彼女がゆっくりとそっと近づいた。気になって、近づいたついでに、覗き込んで、絵を見た。
男が描いていたものは、ルーチェだった。
どうして私? この絵の人はどう見たって、私よね? この男の人は、私の事を知ってるの? こんな人に会って危なくないかしら。もしかしたら、暴行されるかもしれない。でも、せっかくここまで来たんだ。
「なにこれ上手!」
とりあえず、明るく喋りかける事にした。
「うーーーわっ!!!わあああ!!! だれえ? なんで勝手ににに、人が?」
男は、椅子から転んだ。その男は、随分と幼い顔をしている。彼女は、少しだけ安心した。
「ごめんねぇ。驚かしちゃって。立てるう」
手をかざした。
「お姫様!? どうしてここに?」
その少年は、手を取ろうとして、素早く引っ込めた。
「こんな汚いところにに。お姫様が穢れてしまいます」
少年は、酷く痩せている。ほとんど、骨と皮だけだ。
いざとなれば、腕力だけで倒せそうだと、ルーチェは確信した。
「それより、この女性って私よねぇ? とっても上手だけど、私のこと知ってるの?」
「この国で、こんなにも美しいお姫様を知らぬ者などいません。 ボクはそのの、城で働いている者です。そこで、お姫様を見ました」
少年の髪はボサボサしていて、目も髪の毛ですっかり隠れている。
「そうだったのね。君と私は会った事があったのね。覚えてなくってごめんなさい。それにしてもとっても上手ね。こんなに綺麗に描いてくれてありがとね」
「ごごめんなさい。勝手に描いて。燃やします。ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい!」
「えっ燃やさないでよ。燃やされたら、私、火傷しちゃうわ」
可愛らしく演技をして見せた。
「あ。あの。ぼ。ボク。あの、ボクのこと気持ち悪くないの? 勝手に絵を描いたりして」
目を合わせずに、まだ転んだ姿のまま小さく言った。
「気持ち悪くなんてないよ。だって、私、君に会いに来たんだもん」
彼女は、しゃがんで目線を揃えた。
「ぼくなんかに? どうしてそんなことを。ぼくなんか、無価値なのに」
やはり、目は合わせない。
しかし、ここまで自虐的少年には、危険性はないだろうと、ルーチェは安心した。
「ねえ。君。知ってる。嘘か真か定かではないのだけど、ここに、不老不死の男の人が住んでるの? この山小屋に住んでるって噂されているの? もしかして、君なんじゃないのかなって思ってね」
「不老不死? 確かに、ボクは、年を取らないんだ。いまは、覚えてないけど、100年目? いや、もっとだっけ? 300年目。ボクは、おじいちゃんになって、うんと皺くちゃになっても、ちっともおかしくない時を過ごしてきたのだけど、ずっと、子供のままなんだ」
下を向いたまま。転んだ姿のまま。そう答えた。
「ほんとー? すごいね。君、すごいね!」
「えへへ。すすごいのかなあ」
顔を上げた。そして立ち上がった。
「すごいよ。本当にすごいよ」
確かに、スゴい。しかし、それを信じれる証拠がない。
「あのねぇ。ボクねえ。本当に死なないんだ。ちょっとついて来て」
少年は、ごそごそと何かを持ち出してから、扉を開けて庭に出た。
「この庭にある花はボクが育てたんだ。すごいでしょ」
少年は、背後にナイフを隠した。
「えへへ。すごいねぇ」
彼女は微笑んだ。
「ねえ。見てて。僕はね。本当に、不死なんだよ」
ナイフを誇らしげに見せつけた。
ナイフを自分の体に収納した。そして、また取り出した。
その度に、赤い液体が放出される。
胸やら首やら目玉やらを何度も短い時間の中で刺した。
ナイフは音を鳴らした。
まるで、大量の食べ物をほほ張り、口の中で遊ばせながら食べるときのあの咀嚼音と似ている。
パンをこねるときの音。ハンバーグを作るときの肉をこねる音。歯を磨く際の口をゆすぐ音。ガムを噛む音。固形でもない液体でもない、そういった曖昧な状態の物が混ざり合う音がした。ナイフを刺しては抜いてを繰り返す度に、何かをこねたり混ぜたりする音がする。
少年の体は、赤いヘドロのようになった。
「僕は、死ねないんだ」
自信のこもった声だ。力強く誇りに満ちている。しかし、声は小さい。人生そのものに自信がない事が伺える。少年は褒めてほしい。彼女は、「凄いね」が言えなかった。
彼女が望んでいた証拠とは、そういう事であるのにも関わらず、彼女の心はこの光景を拒絶した。
僅かな間に、体は治癒された。傷跡も何もない。しかし、痕跡はある。周囲が赤い。
彼女のももから水が滴り落ちた。その量は次第に多くなり、靴下と靴が濡れた。
そして同時に、ほほにも水が転がった。
両手で顔を隠して、しゃがみ。声を出した。
「うええ!! うえええ!!」
少年は彼女に駆け寄った。
「ど、どうしたの? 誰かにバカにされたの? ぼ、ボクが、ボクが倒して上げる」
少年には、なぜ、彼女が泣いたのかが分からない。けれど、嫌な気持ちになったり、自信をなくしたり、そういった理由だろうと、検討を立てた。
そのとき、彼女は恐怖を堪えた。少年に拒絶を見せなかった。
「来ないで!!」と大声を上げなかった事が運命の分かれ道だった。
「うんん。何でもないよ。心配してくれてありがとう」
泣いていた余韻が残りながらも答えた。目を合わせた。
「お姫様。濡れてるよ」
少年には、代謝がない。汗もかかない。だから、理解がない。
「あはは! 恥ずかしい恥ずかしい」
目を離したくなかった。
「そんなことないよ。ボクなんて、生きているだけで恥ずかしい」
目を見て来るので、少年はもじもじして、下を向いた。
「君は、本当に、不死なんだね。本当にすごいよ」
少年は、彼女から背を背けて、モジモジしながら、そんなことないよと小声で言った。
「本当にすごいすごい。カッコいいよ。私は君の事が大好きになったよ」
「ぼ、ボクなんかの。でも、ボクなかか。ボクなんか。ボクは、それにに。に」
彼女は、立ち上がり、少年の肩に手を当てた。
「ねえ、私のお願い聞いてもらえる」
「ふひゃん。なんだって聞くよ!」
張りのある力んだ声だ。
「殺してほしい人がいるの」
彼女は囁いた。
よく晴れた日だった。木々の間からは、光のカーテンが下り、色とりどりの花が広がり、小鳥たちが歌っている。
そこには、真っ赤な血の上に、二人の男女が向かい合っている。
血だらけの少年とお漏らしした少女がいた。
キャラクターというか、物語が勝手に進みだして、脚本通りに進まない。今のところ、脚本から大きく反れてはいないけど、この先が不安になる。まあ、動機が弱いのかもしれない。だから、それを書くために、いま、冒険へ行くための必要性や根拠を書かされているのかもしれない。とは言え、本が動機というのも偶然要素が強い。物語を動かすが為だけの都合になってないか心配。冒険は、必然と言うのが一番の理想。