短編。
異世界
病院の一室で、家族が到着する前に息を引き取った私は、いつの間にか知らない世界で生きていた。
全く違う、しかして自分が生きていた地球とほとんど同じ世界。
テラと呼ばれる天体の上の、ジパングと言われる国の藩の一つ、薩摩という名の場所に今私は住んでいる。
時代は恐らく元の世界を考えれば、江戸。しかし、いつの江戸かは分からない。寛永、元禄、天明、化政。どの時代にもみられる風景が、此処彼処にある。
さらに妙なことは、未だなおこの時代に室町、平安、奈良、はたまた弥生の文化が庶民の間に残っている。その上、海の向こうとの外交さえ潤っているのだ。
私の知る時代からすると、全くもって『歪』であり、世界が如何にして動いているか想像がつかない。
幸いにもこの世界では識字率、就学率が高いらしく、私のような百姓の生まれでも学問の自由があり、さらには成績によって研究施設の利用まで出来るとのことだ。
如何せん、歴史に関しては『前世』の記憶があるせいか混濁しやすかったが、それ以外の学問に関しては、これまた幸いに『前世』と同じ歴史をたどったのか、哲学の凡てが私の知る者物と同じであった。
こちらの世界でさえ名を遺す偉人。私は一生を以てしても彼らに自らの尊敬の念を与えきれぬだろう。
はてさて、めでたく数えで十参になった私は、寺子屋を出て島津家の元で学問の研究をすることにした。
ちなみに、寺子屋には通っていたが、勉学は主として書物を借りて家で行っていた。理由は私以外の寺子屋の者たちの大半は毎回のように乱交パーティしてたからだ。正直ついていけなかった。倫理観が...なんというか。まあ、その辺りはどうでもよい。
しかし、記憶を継いで研究が出来るというのも些か気分が良い。自分が才ある者のように感じることができる。
まあ直ぐに天才を前にして挫折したのだか。
島津家で研究すると同時に、剣術指南をも倣った。いついかなるときが来ようとも、対象出来るようにとのことだ。平安の世ではあるが、用心に越したことはない。加えて、魑魅魍魎が跋扈するために、それへの対抗も必要らしい。
確かに、まだ幼子であったときに夜に気を付けよと、耳にタコが出来るほど言われた。その時はこちらの世界に来たばかりでもあり、聞くに及ばないと下していたが、なんともまあ不可思議なことが起こるもので。陸になったときに、一度餅の化け物に浚われて食われたことがありまして。偶々近くを通りかかったお侍様に助けてもらわなければ、今頃閻魔様とご対面するか新しい世界へと旅立っていた。
だが、剣術を学ぶことには私も賛成したが、厳しい指南を覚悟していたが、あんまりであろう。
一度の稽古で私の意識は十切は飛び、廿の骨は軋み、木刀は貮折れた。喀血、痙攣、発狂。示現流とは違う、こちらの世界の流派『 』は、完全無欠・最強無敵を謳う。誇張表現かとも思われたが、実際にジパングの中でも参の指に入り、海の外の戦艦をも切ったとのことだ。確かに身につければ何者をも敵にしないであろうが、先に私の身体が破滅してしまう。
私はまさしく死に物狂いで分回の春を迎えた。
齢廿に成り、蝦夷地魑魅魍魎討伐隊参加への赤紙が届いた。幕府からの指令であると同時に天皇直々の勅命だ。参加する気は霞ほども無かったが、断れば河川敷の首の展覧会に私のも並ぶことになるだけだ。上手くいけば研究費用を貰えるとのことだので、私は京の都へと赴き天皇陛下の御前へと参上した後、江戸にて討伐隊との集合を果たした。
蝦夷は魑魅魍魎の本拠地とされる場所だ。討伐隊編成の理由は、ここ数年魑魅魍魎の類の活動が活発化し、人々を襲うことが多くなり、その上近い内に人間の街に集団で襲いに来るとのことだ。陰陽師達が調べたらしい。
蝦夷地魑魅魍魎討伐隊の目的は、魑魅魍魎の活動の沈静化と、蝦夷地の開拓。有り体に言えば蝦夷地の帝国主義的植民地化である。
隊は局長、副長。そして十貮と肆の組に分けられた。私は肆組のうちの朱雀組副隊長に選ばれた。偉そうな立場に見えるが、実質隊長と隊員の囮役でしかない。
討伐隊の準備も完了し、蝦夷地へと出発した。私は今生の別れとなるつもりはないが、無事帰れる者は少ないだろう。
大きな乱戦となったのは百分回、熾烈な戦いを極めたのは、肆回。四天王と呼ばれる屈指の化け物との戦いだった。朱雀、白虎、玄武、青龍の肆隊は数名の犠牲者を出したものの分割は生存。しかし、十貮隊のうち切は全滅。貮が壊滅状態となり、まともに機能するのは弌隊のみとなった。進軍を進める間に、得た領地を以てして新しく隊員も補充したが、既に討伐隊に生気は残っていなかった。
それでも尚隊は進行し、ついに蝦夷地の魑魅魍魎の王と対面した。局長は、魑魅魍魎たちに人間への進行の停止と、王との和平条約の申し出を行った。
しかし、王の放った言葉は、人々にとって驚愕的な真実であった。
そも、魑魅魍魎は自然現象のようなものであり、私一人の一存でどうにか成るものではない。人間のように群れをなし、町を作り、秩序を生み出すこともなければ、破壊と殺戮を繰り返す混沌の中生きる訳でもない。私は偶々この蝦夷の地で最強の力を持つために王と呼ばれているだけである。私自身は人間と敵対するつもりもなければ、仲睦まじく共にすごすつもりもない。この蝦夷地を新しく開拓したいのならば自由にするといい。私は特になにもしない。もし仮に私の存在が邪魔であり、殺そうとするのならば、私もそれなりの相手をする。具体的には、後々追加で襲いにかかられるのも面倒だから、ジパングの人間の半分は殺す。文明の切割は破壊する。そうでなければ、私はこの地で、お前たちの作った街で適当に過ごす。ただひとつ、忠告しておくとしたらこの地はある程度魑魅魍魎の類が蔓延りやすいため、おすすめはしない。とだけ言っておこう。
蝦夷地魑魅魍魎討伐隊の帰還から数年後、蝦夷の地は新しく開拓され、多くの人々が住むようになった。魑魅魍魎の類は出るが、人々もそれなりの護身術を身につければ対処できるため、まあなんともたくましい人々の街となった。
私は幕府と天皇からふんだくった金を使って、薩摩にて研究施設を拡張し、様々な公共事業を造り出した。これらに関しては生前叶わなかった夢であったため、素直に嬉しかった。よもや新しい世界でも研究者となり、さらには経営者となれるとは思ってもみなかった。
後に海の外へと駆り出し、文化を吸収し、ジパングの更なる発展へと貢献した。
これほどまでに自由な研究が出来る世界に生まれるなど、幸福この上ない。
海の外でも魑魅魍魎の類、魔物と喚ばれる物たちがいた。無論、私にとっては研究材料だ。まさか『 』がこげん役立つとは思いもよらなんだ。
数十年後、私は『 』の伝承者を参、娘を貮、孫を弌、陸十と切の研究、肆の事業、八代にわたる遺産を産んだ後、寿命を迎えてこの世を去った。
これ以上になく、幸せな人生だったと胸を張れる。
しかし、だがしかし、私はひとつの謎が唯一どうしても解くことが出来なかった。
...なぜ私は、この世界に新たに、記憶を継いで生まれたのだろう...。
見慣れた天井。
鼻の奥を通る薬品の臭い。
三年間変わらぬ、私の病室。
目を覚ますと、久しぶりに会う家族が私を見ていた。
「来たよ。調子はどう? 夢でも見てた?」
「...ああ、そうだね。泡沫の夢を...見ていたよ」
ご精読ありがとうございました。