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1.出された条件

 エルドラドのマスターであるアルシュトゥスさんを先頭に、エミルさんに続いて私が彼らの後を追って城に入る。


「うわぁ……!」


 外観からして凄いとは感じていたが、内装もやはり豪華絢爛(ごうかけんらん)

 床に敷かれた赤い絨毯(じゅうたん)勿論(もちろん)のこと、通り過ぎていく途中でちらりと眺めるしか出来ない調度品の数々が、素人目から見ても高級であろう事がうかがえる。

 どう考えてもアルシュトゥスさんの趣味で揃えられたものだとしか思えない。だって、彼と同じような派手さを感じるのだもの。


「どうだ、我の城は。素晴らしいであろう?」

「色々と……凄いですね……」

「そうか、凄いか! それはそうであろう。何故ならこの我が見立てた品ばかりだからなぁ! 凄くて当然、あまりにも必然! 貴様にはもう二度とこのような絢爛な城を目にする機会もあるまい。精々(せいぜい)目に焼き付けておくが良いわ!」


 そう言って、彼は腰まで伸びた輝くような金髪を(なび)かせながら笑った。

 テンションは高いけれど、アルシュトゥスさんのセンスの良さは間違いない。この城の全ては、嫌味にならない上品さと、彼自身の威厳(いげん)を感じさせる。

 更に、彼の身なりも同様だ。

 時折自慢気に振り替えった時に見える、スミレ色の瞳。

 ツンツンと(とが)らせた髪とは対照的に、長い襟足(えりあし)は彼が動く度に優しく揺れる。ギリシャ神話の神だと打ち明けられても違和感の無い豪奢(ごうしゃ)な衣服からは、しっかりとした筋肉を纏った両腕が見て取れる。

 大きな耳飾りや首飾り、そして腕輪にも金と宝石が(きら)めいていて、神でなければどこかの王族ではないのかと疑わざるを得ない。

 そんな彼が、どうしてギルドなんてものをやっているのだろう。人助けが好き……なのか?


「さあ着いたぞ、依頼人」


 案内された部屋もやはり豪華。

 けれども、今通ってきた廊下よりは落ち着いた雰囲気だ。


「どうぞお座り下さい。すぐにお飲み物を用意してきますね。紅茶でも宜しいですか?」

「はい、ありがとうございます」

「マスターも同じもので宜しいでしょうか?」

(かま)わん。ついでに、アナスタシアあたりから茶菓子でも調達してこい」

(かしこ)まりました。では、失礼致します」


 客間に残された私とアルシュトゥスさんは、大きなテーブルを挟んでふかふかのソファに座る。

 優雅に脚を組んだ彼は絵画のようだが……それにしても、だ。


「何だ? 何か気になる事があるといった顔だな」

「えっ」

「早に言え。我が気になるではないか」


 急にそんな指摘をされて驚いた。

 でも、間違ってはいないので素直に答えよう。


「……エミルさんにお聞きしたんですが、このギルドには男性しか所属していないんですよね?」

「ああ、そうだが」

「でもさっき、女性の名前が出ていたように思うんですが……」


 彼が口に出していた、アナスタシアという名前。

 女性嫌いの人が集まったギルドに、女性が居るとは考えにくい。

 しかし、メンバーの誰かの姉か妹だという事もあり得る。誰かの恋人というのは無いと思うけれど……

 すると、アルシュトゥスさんはニヤリと口角を上げた。


「アナスタシアの事だな。フッ……あれは女ではないぞ?」

「女じゃない……?」

「だが、彼奴(あやつ)は男であるとも言い切れんのも事実であるなぁ」


 ……ええと、どういう意味なんだ。


「まあ、面白い奴なのは間違いないぞ? それよりも貴様の話だ。召喚魔法について知りたいのであろう?」


 はぐらかそうとしている。

 ぐぬぬ……アナスタシアさんの謎は気になる。でも私は召喚魔法の話が聞きたくてここに来たのだ。

 それに、あまり長居をして私が女である事がバレたら大変だ。なるべく早くここを去ってしまいたい。


「そうですね。アルシュトゥスさんがお答えして下さるんですか?」

「うむ。我よりもそれに詳しい者は他に居るまい。して、具体的に何を知りたいのだ?」

「人を召喚する魔法について教えて下さい」


 私がそう言うと、彼は眉間(みけん)にしわを寄せた。


「人を、か?」

「はい。……やはり、無いんでしょうか?」


 無いのだとしたら、他の手段で帰る方法を探さなくてはいけない。


「……(いにしえ)の大魔法であれば、可能かもしれんな」

「ほ、本当ですか!?」

「しかし、そんなものを知ってどうするというのだ? 貴様は魔法学者でもあるまい。何者かを召喚したいのか?」


 そう言われて、言葉に詰まる。

 ここで真実を告げて、果たして私が異世界から来た人間だと信じてもらえるだろうか?


「それとも……貴様自身が召喚されでもしたか?」


 ……ああ、困った。

 上手い嘘が()ける自信が無いし、本当の事を言っても信じてもらえる程の証拠(しょうこ)がある訳でもない。

 私が何も言い出せずにいると、彼は小さく息を吐いた。


「……図星だな。我が城のある馬車の外は、何も無い荒野。そんな所で無防備に惰眠(だみん)(むさぼ)る貧弱な小僧(こぞう)が、この世界に居てたまるものか」


 彼は、何か知っているのか。

 そうでなければ、こんな事を言うはずがない。


「……アルシュトゥスさんの言う通りです。私は、この世界の人間ではありません」


 更に細められた視線が痛い。

 私が異世界人だからと、気味悪がられているのか……


「レンよ。貴様は元の世界に帰る手段を探しているのだな?」

「はい」

流石(さすが)の我でも、古代召喚魔法を発動する手順は知らん。だが、この依頼を引き受けたのは他でもないこの我だ。貴様を帰還させる手段が見付かるまで、付き合ってやろうではないか!」

「ほ、本当ですか!?」

「我が嘘を吐いているとでも思うのか?」

「いえいえ、そんな事は思ってません!」


 まさか、彼がこんなに積極的に協力してくれるとは予想していなかった。私を嫌っている訳ではなかったようだ。

 すると、お茶の用意をしていたエミルさんが戻って来た。彼が押すワゴンにはティーセットとクッキーが乗せられている。


「お待たせ致しました。丁度焼きたてのクッキーを分けて頂けましたよ」


 紅茶を注ぎ始めたエミルさん。

 そこでアルシュトゥスさんは、彼に声を掛けた。


「エミル。今日からこの小僧をここに置くぞ」

「え……レンさんを、エルドラドに……?」


 ……嘘でしょ?

 え、待って。どうしてそんな話になってるんですか?

 理解が追い付かない私に目を向けたアルシュトゥスさんは、面白そうに笑いながら言う。


「レンの依頼を達成するには時間を要する。それに加え、此奴(こやつ)無一文(むいちもん)だからな。ここでの雑用と引き換えに、レンの依頼をこなしてやろうという話よ」


 それもそうか。依頼を受けてもらうなら報酬を払う必要がある。

 それならば、彼が私をここに置くという話も(うなず)ける。

 頷ける……のだけれど……


「お金も持たずにあんな場所に……? どうやらレンさんは、何か複雑な事情がおありのようですね。それなら僕も賛成です。この城の中なら安全ですし、何より人手が増えるのは良い事ですから」

「そうであろう、そうであろう? どうだレン、貴様も異論はあるまい。衣食住の提供は勿論、雑務さえこなせばそれを我らの報酬としてやろうというのだ。断る理由も無かろう?」

「そ、それは……」


 ここで暮らしていける自信が無いよ!

 だってここのギルドの人達って女嫌いなんでしょう!? 私、こんな格好してるけど女なんだよ!

 もし正体がバレたら貴方に燃やされちゃうと思うんですけど!?


 ……そんな私の心の叫びも(むな)しく、無言でいればいるほど話はどんどん進んでしまう。


「なに、遠慮はいらん。貴様の向き不向きに合わせた仕事を与えてやる。そうさな……まずはエミルの手伝いでもしてみるか?」

「そうですね! 丁度どなたかにお手伝いを頼めないものかと思っていたので、レンさんが来て下さるなら僕もありがたいです」

「ええと……」


 これは……もう断れない空気だ。

 キッパリ断れない小心者な自分が(うら)めしい。いっそ(いさぎよ)く腹をくくるべきなのか……?


 現実問題、私はこの世界について何も知らない。今の時点で、ここが何かのゲームや漫画の世界であるという確信も無い。

 そして元の世界に帰る手掛かりとなりそうなのが、古代の召喚魔法。

 どこに行けばそれを詳しく調べられるのかも分からないのだから、彼らを頼るのが手っ取り早いのは間違いないだろう。

 幸いな事に、彼らは私を男だと勘違いしてくれている。どうにかして私が男であると(だま)し続ける事が出来れば、アルシュトゥスさんの炎の餌食(えじき)になる最悪の事態も回避出来るかもしれない。

 ……男装生活、やり通せるだろうか。

 私は目を閉じ、大きく息を吐いて覚悟を決めた。


「……お世話に、なります」


 ああ、言ってしまった。

 もう後戻りは出来ない。女である事を隠して、このワケあり男が集まるギルドで男装して生活するしかない。


「その言葉を待っていたぞ小僧! では早速だがエミルよ、此奴を頼んだぞ」

「はい、マスター。それではレンさん。今日からしばらく、宜しくお願いしますね」


 せっかくなので、エミルさんが用意してくれたお茶とお菓子で小腹を満たしてから城の中を案内してもらう事になった。

 きっとこれから大変だと思うけれど、元の世界に帰る為だ。多少の苦労を味わうのも仕方が無い。

 こうして、私の異世界男装生活が幕を開けるのだった。



 


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