おれのをかえせ
木漏れ日亭です。
この作品は、ゆるふわものではありません。
R15指定のホラー作品で、夏のホラー2017に参加予定の作品です。
お読みになる方は、ご注意ください。
「おい、もうやめようぜ、まずいよこっから先は」
怖くて言ってるんじゃない、ここから先は立入禁止って書いてあるんだ。だからだ。
「なにビビってんだ、ガキじゃあるまいしよ。ここまで来て今更じゃん、なあ?」
「だあからあ、こいつらつれてきたくなかったんだよお。つまんねえんだよお、おまえさあ」
バカはいいから黙ってろよ、変だぞ、しゃべり方。
「まあ、お前と二人っつうのもなんだかなあって思ってさ。ほれ、弾よけ? こいつら先に行かして俺らは安心して肝試し出来るじゃん」
「おお~たまよけたまよけえ! それないすだぜえ、あったまあいいよなあ~。なあ、あきょ、きょうだいんん」
うるせえよ、肩組んでくるな。噛んでるぞ、最後。しかも聞きづらいんだよ、お前のしゃべり。こいつ、絶対イってるよな。正直ここよりこいつの方が、何倍も怖い。なるべく離れて歩いた方が安全かもしれない。
俺は嫌々ながらも、これからしようとすることに少しだけ、本当に少しだけ期待していた。
なにをかって? それは……
「おお~い、どり~むら、らんどり、らんどおのおひめさまよお。おまえだよお、おまえ。ああ~ん? しかとしてんじゃねえぞお、お・ひ・め・さまあ~?」
隣の席の新坂あけびに暴言を吐くこいつを、誰も止める奴はいなかった。
「なあ~よお~、おまえんとこのらんどりさあ、つぶれたんだよなあ~、んでえおまえさあ~、あの城に住んでるんだろ? あ?」
コインランドリーかよ、アホだなと思ったら最後普通にしゃべりやがった。
「うるせえなあ、もう授業始まるぜ、座れよいいから」
前言撤回。俺以外は、だ。
「はあ~ん? なんだあ、おまえ。なめてんのかあ、おれをよお。いいどきゅん、ちが、いいどきょおしてんなああ!」
おまえがDQNだっつうの。本当に気持ち悪い奴だ。同じ中三には思えない。
無視をしていると、このヤク中もどきの後ろから別の奴が顔を出した。
「まあいいじゃん、次ナカゴリだろ? こいつの言うとおりにした方がいいぜ、あいつすぐ殴るからよ」
ヤク中もどきの兄貴分みたいな奴。噂では大金持ちのボンボンって噂だ。離れ際そいつが俺にささやいた。
「後で話があるからさ、お前も顔貸せよ?」
あけびにも目で脅しをかける。なにか弱みを握られてるのか?
俺らが夜中に忍び込んだのは、負債だらけで潰れた町の遊園地、『裏野ドリームランド』だった。
『当園は、◯月◯日をもちまして閉園致しました。長きに渡るご愛顧、心より感謝申し上げます』
頑丈に鎖で施錠された門は、辺りに灯りになるものが無くて余計におどろおどろしい。その門をよじ登って内側に降り立った俺らは、目指す建物に向かって縦に並んで歩いていた。
あけびは門を乗り越えるのをためらっていた。バカじゃない方から脅されているからか、一言二言小声で話した後はなんとかよじ登って、降りる時には俺に助けを求めてきた。俺は嫌々を装って手を掴んで、落ちてくるあけびを抱きかかえた。
「なあよお~、なんでおれにもライトないんだあ? くらくてきもちわるいじゃあねえかよお~」
こいつ、脳みそ腐ってんのか? あけびと俺を脅して、肝試しをするって言ったのはお前らの方だぞ?
「ライト沢山点けて肝試しするくらいなら、昼間にやったらどうだ? 俺らを巻き込むなよ」
ライトは小さなペンライトが一つだけ。先頭に立つ俺だけが持っている。俺を先頭に、次をあけび。つまり俺は何かあった時のための生贄で、あけびに関してはただ尻を追っかけたかっただけだろう。真っ暗で見えなくてざまあみろだ。
こうして俺らは、ドリームランドの中心に位置するドリームキャッスルに着いた。
もうここまで来ればいいだろうと思い、声をかけたが弱虫呼ばわりされてしまった。まあいいさ、確かに俺はこんなとこには来たくなかったし、どうせならちゃんと開園していた時にあけびとなら来てみたかったのが本心だったからな。
ある意味、あけびとこうして一緒に来れれたことを考えると、こいつらにも感謝しないといけないかもな。なんて思っていたが、次の言葉でそんな気持ちも霧散した。
「おい、この城いろいろ噂んなってたよなあ? 中のアルバイトが何人も死んだとか、一度入ったら二度と出てこない人がいるとか。あ、一番なのはあれか、地下にお前の親父が造ったっていう拷問部屋があるってやつな」
なんて失礼な奴だ。廃園になった理由もあれだけど、今あけびはとても普通の精神状態じゃあいられないだろう。父親が失踪しているみたいだし、住んでいるところも引き払わなきゃならないようだし。
どうして俺がそんなことを知っているかって? いいじゃないか、そんなこと。気になったからいろいろ調べてみただけだ。他に意味なんてない。
それよりも、俺はこいつらのような人の痛みがわかんなくて、心を土足で踏みにじるみたいな真似をするのがどうにも我慢できない。許せない。
だからこうして仕方なく来てやって、臆病なふりをしてこいつらに油断させて後で痛い目に遭わせてやるのを、密かに期待していた。
バールのようなものをヤク中もどきの方がリュックから取り出す。それで南京錠をこじ開けた。
廃園からしばらく経っているからか、すえた臭いがして気持ち悪くなる。電気は当然切られていて、非常灯も全部照明が点いていない状態だった。
なんだろう、かすかにだけど音が聞こえる。
水音? 遠くの方で水が落ちて地面に当たるような音がする。どこかで水が漏っているんだろうか。
それ以外は他に物音一つしない。
「地下に行こうじゃないか、せっっかくなんだからその拷問部屋、見に行こうぜ。お前は見たことあるんだろ? 娘なんだしな」
「うへ~っへっへえ、ご~もんべやってさあ、あれだろお、ろ~そくとかさあ、くぎとかああ~、ろ、ろ~ぜんめいでい、めいでいとかさああ」
こいつ、絶対わざとやってないか? おかしすぎる。さっきは一瞬だけど普通にしゃべったし。っていうかさ、ローゼンメイデンってあれ漫画のタイトルかなんかだろ? それを言うならアイアンメイデンじゃないか?
なにが楽しいのか、ヤク中もどきは踊るような(って言っても真っ暗でみえてないけどな)スキップをするような足取りの音をさせている。たぶん一番後ろにいるはずの兄貴分の奴が口を開く。
「鉄の処女かあ。あれはえげつねえな。蓋閉じられると、中の棘が身体中に刺さって血が受け皿に溜まってくんだよな。ああでも悲鳴は不思議と聞こえないんだってさ。どんな作りになってるんだろうな?」
し、知らねえよ、そんなの。しかしなんでそんなこと知ってるんだ? 俺ら中学生だぜ、病むにもほどがあるだろうが。あ~あ、あけびが思いっきり引いてるよ。俺の袖を掴んでいた感触が横にまわって腕を絡めてくる。
横を見ると、細かく震えながら俺の左腕にしがみついてるのがライトの明かりで見えた。腕に柔らかいものが当たってるのが判る。すぐ横にいるからか、甘い何ともいえない香りがする。
こんな状況じゃなかったら、どんなにか良かったか。
俺はあけびに後ろの連中にきづかれないように小声でささやいた。距離感がわからなかったから、俺の唇があけびの耳の穴に触れた。
「降りきって少ししたらライト消すからさ、隠れて二人をビビらせようぜ」
腕にしがみついてる力が強くなった。そのまま下に降りていきながら(って本当に地下があるんだ……)、辺りをそれとなく探ると左手奥になんかが並んでる間に手頃な隙間を見つけた。左腕でそっちを差そうとすると、あけびもわかったみたいで今度は手を絡めてきた。汗ばんでいるけど嫌じゃあない、と言うよりなんかこう、こんな場所なのにエロいことを考えてしまう。
いよいよその場所に近づいた時に、あけびの心臓の動きが早くなってきたのが腕に伝わってきた。俺も知らず興奮してきた。
どちらからともなく隙間に隠れる寸前、俺は絶妙のタイミングでライトを消した。
「うおお~っ? なあにやってんだよお~、まっくらじゃねえかよお! 早くライト点けろよ、馬鹿野郎!」
やっぱり普通にしゃべれるじゃないか。密着している状態で、俺たちはじっと身を潜めていた。あけびの体温が直接俺に伝わってくる。俺のも同じだろう、どんどん熱くなってくる気がした。
「おい、どうなってんだよ? なんとか言えよ。お前わざとやってんだったら、後で覚えてろよ?」
兄貴分の奴の引きつった声が近くから聞こえる。俺たちが入り込んだ隙間の横で、何かがぶつかる音がした。
「なんなんだよお、これ。なんか刺さったような……濡れてるし気持ち悪いよお。おい、悪かったよ、悪ふざけが過ぎたって。謝るからライト点けてくれよお、頼むからさあ」
ヤク中もどきの声が遠ざかっていく。俺は頃合いだと思ってライトを点けようと手を動かそうとした。するとあけびが、
「まだよ、もう少し……」
そう耳元でささやいて、顔を近づけてきた。息が俺の顔にかかる。クチュって小さな音を立てて唇が重なった。
夢中になっている俺は、遠くで聞こえた奴らの細い悲鳴も聞こえなかった。
どのくらいそのまま夢中になっていたんだろうか、気づいたらもう奴らの声どころか気配すらどこにもなかった。
「あいつらを探さないと」
俺はライトを点けようとして、右手になにも持っていないのに気がついた。辺りを探そうとして目をやると、あけびと目が合った。あけびの目が光っているように感じるのは気のせいだろうか。
「付いてきて。出口の方に向かったんだと思うわ。案内してあげる」
あけびが薄く笑ったような気がした。案内するって階段を戻るんじゃあなくて……奴らの向かったと思われる先の方へ、あけびは俺の手を引っ張って案内する。
相変わらずあけびの手は俺の手に絡みつくように繋がっている。じっとりとかいた汗、時折細かく動いたり撫でるように動く指。
俺の意識が、奴らなんか放っておいてこのまま二人でいることを選びたがっているのがありありと感じられた。別にどうでもいいじゃないか、どうせ朝にでもなれば出口を見つけて自力で帰れるんじゃないのか?
そうあけびに告げて、もっと親密になれるようにと考えた途端、あけびの足が止まるのがわかった。そう言えば、ここまでライトもなく真っ暗な中よくなんにもぶつからずにこれたもんだ。
「どうした、奴らがいるのか?」
そう声をかけた俺に、あけびはどこか色っぽい声で言った。
「ふふっ、パパったらこんなとこに置いたのね。ああ、でもそうね、ここが一番かも。自分でも見られるんだもんね」
なんのことを言ってるんだろう。言い終えたあけびが、俺の手に何かを持たせてきた。それはあったかくて、こぶしくらいの大きさの、ぐにゃぐにゃとした感触をしていた。
「はい、プレゼント。一個ずつね。これでもう大丈夫、私たちもっと仲良くなれるわ。だって新鮮そのものだから」
なんのことを言ってるんだろう。俺は深く考えないようにした。出口はすぐそこだ、扉らしきものをあけびが静かに開ける。
開け放たれた扉の先で、奴らが突っ立っていた。
俺とあけびの方に機械仕掛けみたいな動きで向き直り、ヤク中もどきの方がこう言った。
「おれのをかえせよお、おれの……」
差し出された手は、俺の手に握られたものを掴む前に動きを止めた。
手の中のものは、まだどくどくと脈打っていた。