1-7「よし、誤魔化せた」
────────カレーを食べ終えた頃。
「それにしても、上傘は何が目的だったんだろうな」
文句を言いに来たとか言ってたけど、文句はそんなに言ってなかったし、むしろ悪口を言いに来た感じだ。
「馬鹿にしに来たんじゃない?文句という口実で」
「やっぱりそう思うよな」
ホントに俺をいじるのが好きだよな、あいつ。
そういえば、俺とあいつが出会ってから悪口のない会話は無かったな。一度たりとも。
・・・・・・救えねー。
「そういや、あいつの下の名前ってなんて言うんだろう?未だに知らないな・・・・・・」
上傘・・・・・・穂乃果とか?うーん、わからん。
今度会ったら聞いてみよう。
ピンポーン。
「また人か。今日は人がよく来るな」
はっきり言ってめんどくさい。
アノムに上傘にこいつになんなんだ。というかまだ一日も経ってないんだな。・・・・・・先が思いやられる。
「はーい、なんでしょうか」
お決まりの台詞を言いながらドアを開ける。
防犯?知らん。
「よう、徹。久しぶりに飲みいかねえか?」
ドアを開けると、そこには俺のよく知る人物が立っていた。
「嶺か・・・・・・悪い、ちょっとだけ待ってくれるか?」
「?ああ、分かった」
筒見嶺。同じアパートの住人で、一階に住んでいる。酒さえ飲まなければまともな人間だ。俺と嶺を除いたこのアパートの住人といえば、毒舌女と暗い女の子とゴルフおじさんという意味わからん面子なので、俺とこいつはまともな方なのだ。・・・・・・いや、まともな方というか普通にまともなのだが。いやでも、女神と同居してる時点でまともじゃないのかもしれない・・・・・・不安になってきた。そういやあの暗い子、高校生なのかな?中学生じゃあないと思うけど。
じゃなくて、アノムに話をしようと思ってたんだった。
「アノムー」
「んー?」
「これから家を開ける」
飲みに行かないという選択肢はない。何せかなり久しぶりなのだ。このチャンスを逃したくはない。
「んじゃ、私もついてく」
「なんでだよ」
「面白そーじゃん」
「俺は面白くねーんだよ!」
「え、徹、誰かいるのか・・・・・・?」
後ろから嶺の声が聞こえた。
しまった。大声を出してしまった。ドア越しに聞こえてしまったようだ。
「どうするべきだ・・・・・・?このままアノムのことを言ってしまうか、隠すべきか・・・・・・」
「あ、君って嶺君でしょ」
「は!?」
振り向くと、アノムがドアを開けて嶺に話しかけていた。
何やっちゃってんの!?
「え、もしかして、徹の彼女?」
「いや違うんだ嶺!こいつは彼女じゃなくて・・・・・・!」
「そーそー。彼女じゃないよ」
よかった。アノムも嘘をついたりはしないようだ。嘘をついて俺を陥れるかもと思ったのだが。流石にこの状態で彼女だとか嘘をつかれたら弁明出来ない。いや、出来なくもないけれど、その際どう説明したらいいのだろうか・・・・・・。
とか思っていると、
「彼女じゃないけどここに住んでるよ」
と、状況が悪化した。
「余計に誤解生んでないかそれ!?」
それだったらまだ彼女で同居してると言った方がいいだろうが!やっぱり陥れやがったか!
すると嶺が哀れんだ目でこちらを見て言った。
「おい、徹。見損なったぞ。お前が援助交際をするような奴だとは思わなかった」
「誤解だー!」
しかもアノムが言ったことより悪化してる!犯罪者扱いじゃねえか!
クソ!どう弁明したらいいんだ・・・・・・!
しかしそんな悩みは嶺に届かず、空気を読まれる。
「悪かったな、徹。邪魔はしないよ。じゃあな。大丈夫、腐っても友達だ。通報はしねーよ」
「ちょっと待て嶺!りょーう!あと腐ってねーだろ!」
早歩きで階段を降りていく嶺。夜なのでその姿はすぐに見えなくなった。
────マズイぞ。誤解をされたまま帰られた。このままにしておけば俺はあいつに変態扱いされたままだ。それだけは嫌だ。あいつが酒に酔ったら言いふらす可能性が・・・・・・いや、大丈夫だな。あいつが酔った時の言葉を解読できる奴はいない。あ、なんか大丈夫な気がしてきた。よし、放っておこう。
でも、それより、
「アーノームー?」
「な、なーに?」
「お前、わざとだよなあ?」
さっきまで俺を見て笑ってたし。
明らかに俺を陥れて楽しんでいた。性格悪すぎだろ。
「き、気のせいだよ気のせい。私がそんなに性格悪い奴だと思うの?」
「思うね」
「言い切られると結構傷つくねそれ・・・・・・」
え、傷つくの?傷つけるつもりは無かったんだけど・・・・・・。
「そうだよね。思えばずっと悪口言ってたし。馬鹿にしてたし。性格悪いと思われても仕方ないよね。そうだそうだ。私が悪いんだ」
「いや、アノム・・・・・・?」
「いいよいいよ。気にしないで」
いや気にしちゃうんだけど。そんなガッカリされたら・・・・・・。性格悪いってそんなに傷つくのか・・・・・・?昼食あたりでも言った気がするんだが。
「な、なあ、アノム?謝るから元気出してくれよ」
昼食のときはなぜ何も無かったのか疑問に思いながらも、罪悪感から謝る。
「なんで謝るの・・・・・・?私が悪いのに」
どこまで落ち込んでんだよ・・・・・・。本当に罪悪感が凄い。
「いや、酷いこと言ったのは俺だし、俺は謝るべきだ」
俺『が』じゃなくて俺『は』なのは、俺も酷いことされてるからだ。アノムも謝る必要がある、とまでは言わないが、アノム次第では互いに謝り合うかもしれないと思ったのだ。
「ごめんな、アノム」
こんな風に謝ったのはいつぶりだろうか。かなり久しぶりだとは思う。・・・・・・誰かに悪いことをするのが久しぶりなのか、罪悪感を感じるのが久しぶりなのか、どちらなのかで大分印象が変わるな。
「謝られるとかえって罪悪感があるね」
どっちだよ!とは言わない。空気は読もうね。
・・・・・・とは言ったものの何を言ったらいいかわからない。謝られると罪悪感がある・・・・・・?まあ、それに関しては分からなくもないけれど。
「もう、この話は終わりでいいよ。終わり終わり。他の事をしよう!」
アノムは気にしないでと言わんばかりに話を終わらせようとする。
俺は気まずくなっただけなんだが・・・・・・。
「そ、そうだな。とりあえずはこれで終わりだな」
これ以上この空気には耐えられない。俺ってやっぱり我慢弱いんだなあ・・・・・・。
俺がそんなことを思いながら風呂の準備をしようとすると、アノムがとても小さな声で呟いた。
「・・・・・・よし、誤魔化せた」
「ん?アノム、なんか言ったか?」
しかし俺はそれを聞き取ることができず、聞き返してしまう。そして、
「いや、なんでもないよ」
と、さらに誤魔化され「そんなに気にしているんだろうか・・・・・・」と不安になる俺はやはり馬鹿だった。
まったく、救えないぜ。
そして、風呂の準備を始める。
なんと、この家賃激安アパート『碕杜荘』には風呂があるのだ。おかげで銭湯に行かなくて済む。異常としか思えないほど安い家賃で、1LDK。大谷さんには感謝してもしきれない。このアパートが無くなったら俺はもう生活ができない。大谷さんはこの収入で生活できているのだろうか?最初に一回会ったきりだからどんな人なのかよく分からないが、第一印象は、温厚な人、という感じだった。何か別の収入が無ければ、この家賃は有り得ない。しかも、先月の分は払わなくていいと言われたのだ。『半月しかいないんだから払わんでええよ』という独特な喋りで言われた時は、何か詐欺の被害にでもあっているのかと思った。
「俺は上司とかその辺に恵まれるよなあ。友達には恵まれないが」
昔からそうだった気がする。先生は毎年いい先生ばかりで、俺の成績はそれのおかげとも言える。先生のおかげで俺は比較的上位にいた訳で、先生が良くなければかなり酷い成績だっただろう。友達に関しては・・・・・・本当に恵まれない。皆さんどうしてあんなに良い友達がいるんでしょうか?俺にもその方法を教えてください。
なんて考えているうちに準備完了。あとは溜まるのを待つだけだ。十分もすれば十分な量になるだろう。十分で十分だ。・・・・・・つまらないダジャレになってしまった。十分間特にすることもないので飛ばすとしよう。
────────十分後。
「うーし、入るか」
「私どうしたらいいの?」
「え、いや、待ってればいいんじゃないか?」
というか他に何があるんだ。
「私も入りたいなー。湯船に使ってゆっくりしたいなー」
「ぶーぶー」と不満そうに床をゴロゴロしている。態度は不満そうなのに顔は悪い笑みを浮かべている。何が目的だ。
「お前最初にお金かかんないって言ってたよな?」
「『娯楽に関してはかかる』と言っておりましたけど?」
「ぐっ・・・・・・」
そういえば言っていた気がする。となればあの団子なんかも娯楽に入るのか・・・・・・。まあでも、お風呂に入れるだけならお金はかからないし、別にいいかな。
問題は────
「どちらが先に入るかだ。やはりここは女子であるアノムを先に入れるのがいいと思うが」
「私が入った後のお風呂で何するの?」
「い、いや!決してお風呂の水を飲んだりはしない!」
「予想を超える変態発言!」
しまった!本音が漏・・・・・・じゃなくて!
「ほんとに何もしねーよ!じゃあ、後に入るか?」
俺の入った汚い風呂に女子を入れるのは抵抗があるから止めておいたんだが・・・・・・。
「うーん、どうしよっかなー」
「じゃあ、一緒に入るか?」
「え、えっ、アホなの!?先に入ると後に入ると並列にしないでよ!変態!」
え、アノム顔赤いんだけど。やはり女神にも羞恥心というものはあるらしいな。うーん、どうするか。
「とりあえず、アノムが決めてくれよ。俺は何でもいいからさ」
「さっきの発言無かったことにしないでよ!」
チッ、バレたか。まあ別にいいんだが。
その後、アノムは悩むような素振りを見せ、思いついたようにこう言い放った。
「一緒に入ろう!」
アホか。お前がアホじゃねえか。
「ウソウソ、私が先に入るよ。んじゃ入ってくるねー」
そのままお風呂場へ向かうアノム。
「ちょっと待て!着替えは?」
「自分で作るから大丈夫ー」
「オーケー、じゃあ・・・・・・作る?おいちょっと待て、作るってなんだよ。おい、おーい、アノムー」
・・・・・・無視かよ。まあ、女神だから作ったりできるんだろうな。実体消せたし。心配はしなくていいだろう。
それにしてもやることないな。ん、あいつゲーム出しっぱなしじゃないか。電源が切れているあたり、もう終わりにしたんだろうか。なら片付けてしまおう。
片付けながら、考える。
────初日でこれか・・・・・・。これからやっていけるんだろうか。なんだか、精神的な疲労が凄い。明日からバイトだし、できるだけ早く寝て体を休めよう。・・・・・・ちょっと待て。アノムと寝るんだったか?俺は寝れるのか?いや、考えないと決めたじゃないか。いいんだよ、その時はその時で。
「あー、眠い。眠い眠い眠い眠い眠い眠い」
眠い眠い眠い。
時計のほうを見やると短い方の針は八時を指していた。長い方は九時だった。
え、こんなに時間経ってたのか。てっきり七時くらいかと思ってたのに。ちなみに、俺は夜更しが得意な方じゃない。早寝早起きは得意だが。友達にこの事を言ったら次の日からあだ名が『おじいちゃん』になった。まあ、明後日には元に戻ったから不満は無かったけどな。
片付けを続ける。
・・・・・・掃除もしたくなってきた。ここまでくるとついでにほかのものまで片付けてしまいたくなるのだ。普段そんなに掃除をする方じゃないのだが、一旦始めてしまうと止まらない。同じ気持ちの人もいるんじゃないか?
まずは整理だな。その後掃除機をかけて────
「はー!サッパリしたー!」
「うわあぁぁあ!ビックリした!」
後ろからアノムの声がした。恐らくお風呂から上がったのだろう。かなり早かったな。それにしても、まったく音しなかったぞ。普通ドア開ける音くらいあるだろ。
そんなことを思いながら振り向くと、
「まったく、驚か・・・・・・服着ろよ!」
アノムは体にタオルを巻いた状態だった。旅館とかにあるような全身が隠せる大きいやつだ。
「いいじゃん、それとも何?欲情しちゃった?うわー、変態ー」
嫌な笑みを浮かべながら俺の周りを回るアノム。
ちょっと上目遣いなのが嫌だ。こう、その格好で上目遣いとかだと、つい胸に目が・・・・・・止めよう。危ない危ない。
「欲情なんてしてない。いいから服着ろよ・・・・・・目のやり場に困る」
「おーおー、それが人にものを頼む態度かね」
「お前はどんな立場の人間なんだよ。上司かよ」
「神だよ!女神だよ!生物の上位の存在だよ!徹くんよりはるかに偉いよ!」
「うるせえよ!耳元で叫ぶな!偉いのは分かったから!」
耳が痛い。
こういう時キーンって鳴るのかと思ってたけど、それって擬音語じゃなくて擬態語だったんだな。キーンって音がするんじゃなくてキーンって痛むんだな。もっと声が大きかったらキーンって聞こえるのかもしれないが・・・・・・。
「あと、その『徹くん』ってやめてくんないか?俺は呼び捨てしてるんだしさ」
あと、高校時代の先輩を思い出す。あの人はイントネーションが違ったが。
「分かった。じゃあ、略して『と』って呼ぶね」
「略しすぎだろ!一文字しかねえじゃねえか!そんな略し方だったら時生もトニーもトムも全部『と』になっちまうだろうが!判別できねえよ!」
ちなみに、時生は高校の同級生だ。漢字は多分あってる。
「じゃあ、『とん』」
「一文字増えただけじゃねえか!『ん』はどっから来た!」
「『とー』」
「いいから普通に『徹』って呼べよ!」
「なんだー、それならそうと言ってよ。呼び捨てして欲しいって言いなよ」
やれやれ、と大袈裟にリアクションをするアノム。
何が目的だったんだ。そう言って欲しかっただけか?
そう思って訊いてみても、アノムは誤魔化すばかりで結局教えてくれ?%8