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神葬の代行者  作者: カオスベイダー
『序刻』
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第三刻『神と永刻を頒つ者』

『………………え?』

 ゼスファーとリリーシアは揃って首を傾げた。どんな報酬が耳に飛び込んでくるかと待ち構えていたら、いきなり仲間にならないか、と。加えて我輩〝達〟という事は何らかの集団か何かと窺える。

「仲間って、それはつまり……どういう事ですか?」

 フェルゲルト・セドナグは素晴らしい提案だろうとばかりに言った。だがゼスファー達がどうも話を理解していないと気付くなり、途端に彼は納得したような表情に切り替わった。

「……そうか、やはり君達は我々『神と永刻を頒つ者(ディヴィディオン)』の事を知らぬか」

「ディヴィディ……オン……?」

 聞いた事のない単語にゼスファーはたじろぐ。

「左様。我々は〝主〟に忠誠を誓い(かみ)永刻(えいこく)(あか)つ者。古語である『神の舌足らず』ではその者達の事をディヴィディオンと発音したそうだ。……君達も、それからこの町もそんな感じがしていたな。疑問に思っていたよ、我輩が町を歩いていても誰も〝逃げない〟のだ」

 ちゃんちゃらおかしいといった風にフェルゲルトは肩を竦める。一方でゼスファーは急激に心拍数が上がるのを感じた。

(…………なんだ? 逃げないってどういう事だ? 逃げる必要があるほど危険な奴なのか? こいつは――――)

 ゼスファーはさり気無い言葉を逃さず掠め取り、次の瞬間にはその蒼い瞳に警戒の色をさっと滲ませた。

 複雑な表情を浮べる二人を見たフェルゲルトは、顎鬚に指を絡ませながら、更に説明しよう、と話を進める。

「逃げない、とは深く気にしなくてもいい。ただの語弊だ。我々『神と永刻を頒つ者(ディヴィディオン)』とは永遠の命を求めようとする者。――そして我々は今、数多くの集団を作って活動している。我輩はその集団の一つで長を務めているという訳だ。その我輩の組織に君を招待しよう、と、私は提案したのだよ」

 これで理解しただろう、とばかりにフェルゲルトはその目に不気味な優しさを添えて頷く。だがこちとらまだ微笑むわけにもいかない、と、どこか危険な香りを嗅ぎ取ったゼスファーは表情を緩ませない。

 ――――まだ、解らない。永遠の命の意味と、その者達の活動内容、それと未だ気になる逃げる必要性の有無。場合によっては話が纏まる前に〝逃げる〟事になるかもしれない。話はとんでもない方向へ進んでいこうとしている。

「永遠の命って、どういうことなのですか?」

 リリーシアが疑問を口にした。それはあくまでも純粋にして他意の無い質問だった。

「お、おい、ちょっと――」

 ゼスファーが止めようと至るも、フェルゲルトはそれを片手で制してリリーシアに視線を向ける。

「お嬢さん、君は永遠に生きていたい、と。そう思った事はあるかね?」

「んー……もしもありえたとしたら、それはとってもすごいことだと思いますけれど……。永遠に生きていたいと思ったことは……」

 ない、とは断言せずに、リリーシアは小さく首を振って軽い否定の意を示した。するとフェルゲルトは顎鬚を撫でる手の動きを止め、目を僅かばかり細めて彼女の言葉を吟味する。

 ――――永遠の命。そんなのは馬鹿げている。だというのにフェルゲルトはなんの脈絡もなく、それを求めているのだと豪語する。――と、そこでゼスファーは、あまりにも胡散臭い話にひとつの納得をした。

(…………宗教勧誘だな、こりゃ)

 そう、どこぞの宗教だか――もとよりこの大陸にはどのような宗派があるのかすら知らなかったが、この人物はそういう類のものに俺達を勧誘しようとしているのだ、と。ならば仕事の報酬は……現金支給は…………と、期待に膨れていた胸が勢い良く萎んでいく。

「それで、その永遠の命というのを手に入れる為にどんな活動をしているのですか?」

 ひとまず報酬の事は諦めたゼスファーは、もう少しだけ探りを入れてみる事にした。もっとも話を聞いたところで入るつもりはさらさらないが、あからさまな拒否よりかはまだ印象が良いだろう。それにこれを答えてもらえれば、逃げる必要性の意味が知れるかもしれない。あまりにもしつこく勧誘するから逃げられるのだろうとは踏んではいたが。

 フェルゲルトは陰湿な笑みを浮べながら頷く。その瞬間ゼスファーは、聞かなければよかったかもしれない、と若干の後悔をした。

「我々は『神の加護』を授かり、その力を用いて他者から命を分けて頂く。加護による『刻剥(こくはぎ)』を行い、『加刻(かこく)』により己が寿命を永遠に。無論、剥いだ(とき)の一部は我らが〝主〟に献上しなければならないがね」

『……………………?』

 なるほど確かに具体的な説明ではないところが宗教じみていた。一般的に理解し難い単語の濫用は、それだけで常人の思考回路を所々寸断停止させ、正常な選択に導く事を困難にさせる。それはいつの時代に於いても人々を(たぶら)かす為の常套手段だった。

「……はぁ、なるほど。こちらとしては……その、報酬だけ頂ければと……」 

 今の一節で完全に宗教勧誘だと断定したゼスファーは、だがやはり諦めきれずに報酬だけでも得ておこうと交渉に乗り出す。

「くくく……! ゼスファー少年よ、君はあくまでも現金を希望か。しかしどうだ? 永遠に勝る報酬が他にあると言うのならば我輩に教えてもらいたいところだが……。あぁいやもちろん、希望があれば君だけでなく彼女も共にだ。一人だけでは嫌だろう」

 そう言ってフェルゲルトは腰に携えた剣をちらつかせる。その仕草にある仮定を思い浮かべてしまったゼスファーは、背中から嫌な汗が吹き出るのを感じた。

 ――――まさか、他人を〝殺した〟ところで命が得られるなんて、絵本の中の悪魔が考えるような思考回路ではないか?

 羽虫に背中を歩かれているようなぞっとする感覚がゼスファーを襲う。口の中が荒野のように乾いていく。手のひらにじんわりと汗が滲む。

 ゼスファーの返答次第では、リリーシアと共に今すぐこの場から逃げなければならない状況に陥る可能性がある。そう思うと自然、足に力が入ったのか、座っていたソファが警告するかのようにぎしりと唸る。

「さぁ、そんなに悩む事もなかろう」

 フェルゲルト――否、『神と永刻を頒つ者(ディヴィディオン)』とやらは平然と急かしてくる。だがそんなものは、嘘か真か抜きにして、ゼスファーにとってはお断りの一点張りだった。

「…………えっと、あの……今回は、遠慮しておきます。仲間になれば、きっとここを離れる事になるだろうと思います。自分はそれを望みません」

 極力、相手の反感を買わないように、落ち着いてゼスファーは対応した。ただし、もうこの時点から彼はフェルゲルトの事を依頼主とは思わず、〝ただの見知らぬ怪しい男〟と見方を変える。

「何故だ? 我が輩達と来れば永遠の命も夢ではないぞ」

 提案を断るなんて愚かなとばかりに、フェルゲルトはソファの肘掛に指を食い込ませた。だが――もう、ここらできっぱりと断るべきだとゼスファーは決意する。

「いえ、お誘いはありがたいのですが、今回は――」

「貴様は永遠の命を欲しいとは思わないのかっ……!?」

『…………――っ!』

 フェルゲルトは怒号と共に立ち上がり、ゼスファーとリリーシアをじろりじろりと交互に睨む。まるでこちらがおかしいと言わんばかりの物言い。その口ぶりは明らかに異常だった。

「そうか……そうか……そうか! 偉大なる我輩の提案を断ると言うのだな!? 五十の『神と永刻を頒つ者(ディヴィディオン)』の頂点に立つ、この我輩を…………!」

 フェルゲルトは声を荒らげ、次の瞬間、腰に携える剣を引き抜いた。鞘から現れた銀色の刀身に、ゼスファーの恐怖に慄く瞳が映し出される。

(あぁ……もう、なにが式典に利用する為だ、なにがお祭りに使う為だ――――人を、殺す為に使うんじゃないか……。なんだって〝敵〟に武器を渡しちまったんだ、俺は……!)

 ゼスファーは心の内で激しく悔いる。しかし、今はそれどころではない。


 ――――逃げるしか、ない…………!


「くっ、リリー!」

「う、うん!」

 ゼスファーは傍らのリリーシアの手を引っ掴み、玄関を目指して一目散に駆け出した。とにかく、相手の得物が剣ならば距離を取るのが第一だ。足の早さにおいては年齢差でこちらが勝っているのだから。

「戯けが! 実につまらぬ時間を過ごした! 故にその分の時間でも〝頂く〟としよう!」

 背後から聞こえる怒声と金属が擦れる音――――

「――伏せろっ!」

「わっ!」

 ゼスファーは直感からリリーシアの腕を強引に下に引っ張り、外へ飛び出す前に一旦床へと身を伏せた。その直後だった。

 ずばん、という轟音と共に、〝家が斬られた〟のは――――

「……そん……な……!」

 空に舞う砂埃と家だったモノ。ゼスファーが伏せたまま上に視線を向けると、その瞳に映り込んできたものは天井ではなく、澄み切った青い空だった。いったい何がどうしたら家の中から広大な空が見えるのか。

 すっぱりと、まるで線を引いてはさみで切ったかのような斬れ跡。もし伏せずに立っていたらと思うと、ゼスファーは早くも遺言を執筆したい気分になった。

「逃げるぞ! あいつが来る……!」

 もうもうと粉塵が舞い、フェルゲルトの姿はすぐに確認出来なかった。だが距離を取るなら今のうちでもある。

 激しく舞う砂埃と割れた食器が散乱する家の中、今や下半分となった扉を蹴り開けてゼスファー達は外に飛び出す。そして砂利道をとにかく町に向って駆け出した、のだが――――

「――――遅い」

 数秒も走らぬうちに風を切る装束の音が真横から聞こえ、ゼスファーの心臓が凍て付いた。

「ぐ……はっ――!?」

 ずん、とゼスファーは脇腹に強烈な蹴りを食らい、そこを中心にして体がくの字に折れる。じゃりじゃり、と骨の砕けるような、普段あまり聞き慣れない音が体の内側から聞こえた。同時に彼の体は隣で一緒に走っていたリリーシアにぶつかり、二人は道端の草むらに勢いよく投げ出された。

「ぐぁっ!」

 ゼスファーは背中から地面に叩き付けられ、その衝撃が更なる激痛を呼ぶ。口と鼻から行き場を失った血がぬめり溢れ、逆流してくる血のせいで呼吸がうまく出来ない。いったいどこをどう破壊されたらこのような惨事になるというのか。

 体内のどこかが〝切られた〟ような痛みが走る。喉にからみつく血液で徐々に気道が塞がれていく。急速にぼやける視界の中、周囲の深緑色の草が自身の血の色で染まっていくのが見える。体勢を変えようにも、どこにも全く力が入らない。素直に痛い、苦しい、逃げられない――――。

(リリーは……あいつは、逃げれたのか…………?)

 ゼスファーは己の体よりも先に、彼女の安否を心配した。

「リ、リ……ィ……」

 名を呼ぶも応答はなく、焦点は暴れ馬のようにして定まらない。世界が加速した秒針の如く回っている。

 やがて、その歪む視界に人影が現れた。恐らく……フェルゲルトであろう。

 ――――フェルゲルトは、燻る黒煙のような光をその身に纏っていた。ゆらゆらとその場で揺らめくそれは、彼を絵本に出てくる不気味な悪魔のようにぎらつかせている。

「さて、まずは貴様の(とき)を頂こう。惜しかったなゼスファー少年、永遠とは案外身近に存在するものだぞ。……ところで適当に頼んだこの剣だが、なかなかどうして〝切れ味が良さそう〟だな」

 剣の切先は間違いなくゼスファーの体に向けられている。彼はまさか己の造った剣の切れ味を己の身で試されようとは思ってもいなかった。

「っ……はっ……生憎と俺は〝どんな注文にも手は抜けない〟人間なもんでね。……もし気に入ったんなら、今後も『レアミッド製』の品を愛用して頂ければ幸いなんだけど……な……っ」

 死を覚悟しながらも、ゼスファーは一秒でも多くの時間を稼ごうと血塗れるその口を動かした。あわよくば救いの神がこちらに振り向いてくれはしないだろうか、という時間稼ぎである。神を信じまいとしていた彼とはいえ、やはり死ぬ間際くらいは淡い希望を抱いてしまう。

「おおぅ、愛用するとも。大切に使わせてもらう。それは約束しよう。なんせ君の造ったこれは今から遺品になるのだからなぁ――――!」

 フェルゲルトがごぅと吼え、地べたに横たわるゼスファーに刃を振りかざす――――

 

(いるなら助けてみろよ……! なぁ――――〝神様〟…………!)


 ゼスファーが救済を懇願した次の瞬間、それが通じたのか、彼に終幕を下ろすはずだった黒い影は刹那のうちに消え去った。

 が、そこでゼスファーの意識も消え去った。

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