永刻の時計塔
寒風を従え、夜霧を纏う矮小な〝都市〟、『クロノリィ』。フロディエナ大陸中央部に位置するその都市は、大陸における特異点と呼んでも差し支えないほどに神秘と異様が混在する場所であった。
飄、と逆巻く冷気は標高のせい。全体的に平坦地形かつ年中温暖なフロディエナにしては珍しく、時折気温が零下を示して霜が降る時さえある所である。
現時刻は深夜。今宵の霧も色濃く、耀かしい満月の誇りさえもこの地に届く事を赦されない。都市に降ろされる暗黒の帳は核心を全て包み、覆い、ひた隠し、その神秘と異様を外部に漏らす事は決してなかった。
各建物の外壁に灯されたランプは、各々息を潜めるかのように眇々と震えている。足音も、囁き声も、あげく寝息さえも伏した沈黙の独壇場。
当然、そのような時刻に目覚めている者なぞいるはずがなかったが――――
◇◆◇
ずしり、と重たい物を降ろす音が二回。合わせて踊るランプの揺らめき。
肩で息をする荒い呼吸。絶え間なく漏れる白い息。
誰もが死んだように寝静まったはずの都市――その唯一の出入り口は二人の男の登場によって賑わい始めた。
「はっ……はっ……」
「ハァ……ここか? 〝夢想郷〟ってのは……!」
両者が疾走を重ねてきたのは明白だった。互いに顔を上げる事さえままならず、黒炭を敷き詰められたような地面としばしの対談を交わす。
「あぁ絶対そうだ……っくく。笑っちまうぜ。着いたぞ……! クロノリィ……!」
苦難の結果である歓喜の雄叫びは、響く余暇さえ与えられずに闇夜へと吸い込まれていった。
「しっかし名前負けじゃないのか、思ったより陰気だぞ」
「気にするくらいの事じゃねえ。しっかしいいのかよ。門番の一人もいないぞ。勝手に入っていいのか?」
「そりゃいねえだろ。門がないんだから。だけどよ、ただの番人がいるかもしれねぇ。一応は用心しろよ」
男二人は暗闇の中、手に持った心許無い小さな灯を掲げて辺りを執拗に警戒する。――その時、二人の目はとある建造物に釘付け――惹き付けられた。
「――っ!? す、すげぇ……あれかよ〝神のお家〟ってのは。時計塔になってるんだろ?」
「神の居城くらいにしておけよ。しっかし高いな……てっぺんが霧で見えねえ。時計はずっと上の方にあるんだろうな」
二人が何よりも目を奪われたのは、都市の中央に聳え立つ巨大な――時計塔であった。
都市の入り口から真っ直ぐ、中央広場を越えたその先に、厳、と構える狂逸的建造物。都市内の他の建物全てを上回る圧倒的高さを誇り、その頂上付近は闇夜に加えて霧に包まれ視認不能。もとより目視可能な範囲それ自体が黒塗りの外壁をしている為、よほどの注視をしなければ見過ごすであろう――が〝誰もが決して見過ごせない何か〟がある。
――――〝理想〟と〝支配〟。時計塔から発せられる不可視の力の正体がそれだった。それは永遠という究極の理想を餌にして、それに飛び付いた者を瞬時に厳然たる支配で縛り上げる一種の狩人のよう。
心臓を鉄檻に囲まれたかのような絶望感。自由の抑制と従属に徹する事を余儀なくされる閉塞感。己の意思が磔にされるような束縛感。それらを以ってして否応無しに、欲に敗れた者の『礎』を雁字搦めに束縛する支配者の権化たる建造物である。
『……………………』
――――男達は一度固定された視線を戻すのに、実に五分以上の時間を要した。
「……さ、さて、早いとこ行きたいところだけどよ、今って真夜中だろ。神様は起きてるんだろうか?」
「おまえが起きてるか? なに寝言ぬかしてんだ、〝神様は人じゃねえ〟んだ。寝る必要もないだろ?」
納得は早かった。もっともな返答に男は渋々と頷く。それもそうか、睡眠をとる必要があるのは人間や動物だけなのだから、と。
「でもよでもよ、起きてるならとっくに俺達のことに気付いてるんじゃねーか?」
「なに言ってんだ。あちらから声をかけて下さるわけがねーだろう。こっちからお願いに行かなくちゃいけねぇ。ほら行こうぜ。これ以上止まってると凍えちまう」
ぶるっと体を震わせ、二人の男は巨大な荷物をもう一度背負い、それから時計塔へと向かう為に都市の中央広場へと歩みを進めていく。
「はーん……しっかし小さい〝町〟だな。誰が〝都市〟だなんて洒落た名前付けたんだか」
「小さいのは面積だけだろ、他は規模がでけぇ。見ろよ、外周に建ってる建物は全部貴族の住処だぜ。あいつらもよくこんな寒い場所に暮らしてるもんだ」
男の言う通り、面積はさておきその内容は大陸一の密集地帯である。クロノリィは別名〝技術の源泉〟とも呼ばれ、その理由は大陸全土の発展に寄与する技術を開発する貴族が住んでいるからである。都市の外周には時計塔を囲うようにして貴族の研究施設が列を成し、そこで生まれた技術は使者によって大陸各地に伝達される事になっているのだ。
「はぁん、どうせ中は暖炉で埋め尽くされてるだろうよ。……ったく羨ましいぜ。こっちは豚小屋みてえなところで寝てるのによ。小難しい研究ばっかしてると頭狂っちまうぜ」
男はこんこん、と空いている手で頭を小突く。その空鍋を叩いたような快音に相方は肝を冷やす。
「よ、よせよ、当人達に聞こえたら一瞬で首から上がお空まで飛んでっちまう。まだ星にゃなりたくねえだろ?」
「おおよ、まだ死ぬには〝時期が早すぎる〟。黙っておくさ」
言って男は唇を上下に糸で縫う仕草をした。
「それがいい。誰かが言ってたんだよ、〝死に一番近い場所は口元だ〟って。んま、〝その心配はこれからなくなる〟けどな!」
男達が互いに顔を見合わせにやりと笑うと、暗闇の中に薄茶に染まる小汚い歯が二組浮かぶ。
そして、両者の視線は再び上方へと注がれる。
――――時計塔。
彼らの目的地であり、幾多もの人々が抱く〝永遠〟の体現そのもの。
だがしかし、正義の者からしてみれば、この時計塔こそが大陸を無に帰す可能性を孕んだ諸悪の根源であった――――。
◇◆◇
「ふむ、二人か。たったの」
窓の外に目をやり、ちらついて目立つランプの元に浮かぶ人影を数える。当人達はこそこそしているつもりだろうが、時計塔上部からしてみれば、その様子は闇夜に瞬く月のようで丸見えも甚だしい。
黒いフードの間から覗く目は、人数を確認した後すぐさま呆れたように閉ざされた。
「最近は減ったな。ここに辿り着く事さえままならない輩が多すぎるのか。単に噂が浸透してないだけか。あるいは〝奴等〟が真面目に仕事をしているのか。どう思う、アドゥリアス」
虚無機質を思わせる漆黒の装束に身を包んだ人物は、窓の外の光景に興味をなくすと同時に室内にいる仲間の考えを問う。
「……ヤツらを早く……コロさないと……。アドゥは……そう思う……」
がらがらと石で粉を引くような声色。その声の主もまた黒装束に身を包み、矮躯をソファに浅く沈めながら、充血した双眸で暖炉の火炎を、亡、と見つめている。
「ふむ、同意だ。奴隷の分際で末裔に牙を剥くとは無様を超して不憫だな」
「グ……ククク……。ヒドい……コト……言うね……リーゲデル……」
死神さえも窒息するような不気味さで、アドゥリアスと呼ばれた矮躯の男が笑う。
「いずれにせよ例の〝戒律〟が現存する以上は我々に触れる事すら出来まい。だと言うのに組織などと命の無駄を」
「グ……クク……そう……だね。ヤツらは〝有限〟なのにね……」
「錆びる奴等に価値は無い。まぁいい、今宵は久々に現れた輩どもを躾けるとするか。使えそうにないだろうが、ないよりはマシか」
「そう……だね……」
リーゲデルと呼ばれた男は無言で加護を纏う。輝きを極限まで抑えられた加護の光は男の体内にのみ発現する。
《――ヴェネッザ、駒が二人ほど来た。厚く持て成してやれ》
加護による心内対話に即座に反応する美声がある。
《そう。それで、その二人は美しい? それとも醜そう?》
リーゲデルはもう一度窓の外を見やり、先ほどよりも距離が近付いた男達の仔細を観察する。
《――あー……今までにない悪醜がしそうだ。歴代一位かもしれん。拒否なら俺が行ってもいいが》
《いいえ、たった今〝主〟から連絡が。私が行かなければ》
はっきりとした返答があったものの、その声色からは明らかな拒絶感が滲み出ていた。無論、その一言のなかには生理的に無理といった意味合いがしっかりと含まれている事を、リーゲデルは即座に察知した。
《ご愁傷様だ。だが久々の駒にお帰り願うのも悪い。あくまでも手厚く、な》
《…………》
皮肉は無言でかわされ、対話はそこで途切れた。
「どうやら外の美しさと内の汚さというのは混在出来るらしいな」
「……ヴェネッザは……どっちも頂点にいる……ね……」
「貴様、後で殺されるぞ」
「……グクク……それは……とてもコワい……よ……」
揃って微笑する末裔にとって、〝死〟ほど縁の無い言葉などなかった。
◇◆◇
「ついに……着いたな、兄弟!」
「ああ……俺達の苦労がやっと実るってもんだなぁ!」
都市中央部――――男達の眼前には黒い時計塔が構えている。
寝静まった――否、死に蹂躙されたかの如く、音という概念はここでは意味を成さずして人々と同じように床に就いていた。
「すげぇなぁ……やっぱ」
遥か上空、暗雲で塞がれた空に大穴を穿つようにして漆黒の時計塔は建ち聳えていた。先端の部分は雲に包み隠され、その全貌を明らかにする事を頑なに拒み、そのせいで先端に設置されているであろう時計の姿は視認出来ない。
暗闇の中だというのに、その闇をさらに業火で焦がした後のような黒塗りの時計塔は、周囲よりも濃く染まっているその姿をはっきりと男達の目に刻み込んでいる。黒目の中に映る黒の形こそがそれである。
誰も近付けようとはせず、それでいて来る者を決して拒まない。その矛盾は今まで幾多もの人々を魅了してきた。そして今宵も二人、時計塔の虜になった者達がいる。これからも途絶えないであろうその死の螺旋を紡ぐ者達が。
「しっかしよぉ、たっけぇなぁ…………。雲がかぶっちまってるぜ」
「よし、いくか。……入り口はそこだな? よくみえねぇけど――うへぇ!」
ランプを時計塔に向かって掲げた途端、すぅ、とランプの灯は冷たい風にその命を吹き消されてしまい、足元に揺らいでいた二人の影は消え去った。もう周囲はほとんど何も見えず、微細な月の輝きも僅かな星の瞬きも、分厚く腰をすえた雲に遮断されてしまっている。
見えるのはこの円形の都市、クロノリィの外周に建てられた貴族の住まう屋内で僅かに揺らぐ灯りのみ。しかしそれも距離的に男達の周囲を照らすのはさすがに無理があった。
「んま、いいか。行こうぜさっさと」
たとえ前が見えなくとも、男達は歩みを止めなかった――否、止められない。時計塔の放つ欲望そそる魅惑に身体は自然と惹かれ。危険を知らせる香りに自ら蓋をして。男達は飲み込まれるように闇へと足を踏み入れた。
――――支配が始まった。
「ん……扉はないのか」
時計塔の入り口正面は大きく開け放されたアーチ型で、誰もが容易に入れるような構造になっていた。不用心ではあるが、扉を前にした時の躊躇いという思慮を取り去る為にはこの構造が最も威力を示す。
「どこいきゃいいんだ? やっぱ上か?」
「上だろうな。偉いものってのは上にあるもんだろ。――よぅし、入ったぜ」
正面入り口をくぐった瞬間に空気が豹変した事を、男達の肌と肺はそれぞれ敏感に感じ取った。網目の極めて微細な金網を通し、温度までをも完全に濾過されてしまったような空気は、時計塔の内部の空間をより空虚なものに仕立て上げていた。
「暗いな……」
隙の無いレンガ造りの壁に声が反響する。時計塔内部の最下部は円形で広間のような空間が広がっていた。広間の外周には壁伝いに螺旋階段が延々と続き、それは時計塔の最上部にまで繋がっている。少なくとも昇りきるには相当の苦労を要するだろう。
男達はまず上を見上げた。この天にまで届くような時計塔の構造はいったいどうなっているんだろうか、と。……だがやはり、そこでは闇がぽっかりと口を開けているだけであった。時計塔の外見なぞは昂ぶる脳が好き勝手に創り出した妄想であり、本来この場には何も存在していないのだとも錯覚してしまう。
「不気味だ……な――!?」
ずかずかと入り込む男達の足音に三人目の足音が混じった。正面である。
「――――ようこそ、『永刻の時計塔』へ」
不意に目の前から聞こえた鼓膜にこびりつくような甘美な声に、男達はびくりと飛び上がる。しかしあろう事か受付の者かと思い込んだ彼らは、やぁどうも、などと警戒もそこそこに姿の見えない女に声をかけた。順応性が優れているのか、あるいは警戒心がないのか。
「えぇっとだ……ここにくれば永遠の命を得られる、って話を耳にしたんですがね。それで、俺達はどうすればいいんで?」
単刀直入に問うた男に女は笑いかけた。表面はとりあえず。
「それはそれは。あなた方は〝本当に運が良い〟。その通り、永遠はすぐそこよ」
暗闇の中、白い歯が浮かび上がると、呼応するように黄色い歯が二組浮かぶ。
――――互いの意図は、合致した。
ではこちらへ、と女は足音と暗闇で動く微々たる輪郭だけを残して奥へと進んでいく。その姿を必死に追いながら男は尋ねた。
「あー、灯りは……?」
「〝主〟は現在寝ておられます。ですからなるべく」
主と耳にした男達はなるほど、と納得すると同時にひとつの会話を思い出した。
「ほら言ったろ? 神様だって寝るんだよ」
「んぁ、どうもそうらしいな。なんか安心したぜ」
「お静かに。さぁここへ」
盛り上がる二人を制し、女は広間の中央に設置されていた巨大な木の籠のようなものに彼らを招いた。大きさは大人三人が余裕で入れるほどあり、籠の上部分からは腕程の太さがある一本の鎖が上方へと伸びている。
「な、なんだこれ?」
「気を付けてください、〝昇ります〟よ」
「――うぉっ!?」
三人が籠の側面から中に入ると、女が籠の内部に取り付けられた小さな装置を作動させた。巨大な滑車がいくつも回るごろごろと猛獣が唸るような音と、水が勢いよく流れていく音が響く。それぞれが時計塔内部に不気味に反響し、その音に恐怖した男達が飛び上がると同時に、籠は〝宙に浮いた〟。
「な、なんだなんだ!?」
正確には滑車を介して吊るされているのだが、男達には浮遊としか感じられなかった。
「昇降装置。時計塔上部に設置された巨大な滑車を軸に、各先端に私達の乗っているこの籠を取り付けたものです。あちらをご覧なさい」
男が怖いもの見たさに籠から身を乗り出して眺めると、自分達の乗っている籠の反対側にも籠があり、そこに上方から伸びた鉄の管らしきものから水が注がれているのが薄っすらと確認出来た。それを見て男達はなるほど、と合点がいく。
「あんがい簡単な仕組みなんだな。あっちの水を重くすりゃそりゃこっちが上がっていくよなぁ」
籠に乗っている人達の重量よりも、対する籠に入る水の重量を重くする事によって人が乗る籠を上昇させる。仕組それ自体は単純ではあるが、この動きを実現するのには大変複雑な装置が使われていた。計算により組み合わされた滑車は動きを非常に緩やかなものにし、籠に入れた水を徐々に抜いていく装置も高い水準の技術力をもってして造られていた。貴族と末裔の技術の融合である。
「でもすんげーなこりゃ……! 階段なんていらねぇじゃねぇか」
男達がはしゃぎ回る様子に、女は暗闇である事をいい事に遠慮無く眉根を寄せて口呼吸に変えた。――臭いである。彼女に言わせれば醜いといったところだが。
やがて時間が経ち、籠に小さな衝撃が走った。目的の階層に到着したのだ。
「着きました、こちらへ。あぁ、それと下は見ないほうがよろしいかと」
籠の扉を開け、時計塔の上層部に降り立とうとする際に女が補足するよりも早く、うへぇ……という苦々しい声が続けて響いた。
扉の外には一本の細い通路が続いていた。だがここにも一切の灯りが灯されておらず、籠から降りる時はまるで闇夜の水面に足を踏み入れるようで男達の足は安易に動こうとはしなかった。
男達はしばし立ちすくんだ後、女がその見えぬ通路を音を立てて歩いていくのを見てようやく決心がついた。爪先を泳がせ、硬い床にしっかりと触れてから籠から体全体を出し、そのままの勢いで女の後を着いていく。
『おぉぉぉう…………』
そう長くなかった通路の先には扉が構えていて、そのただならぬ様相に男達は息を呑む。
扉は巨大だった。大の男が三人連なってなお足りない高さとそれ以上の幅。重厚で濃密な鋼色はその扉の重さを物語り、表面に施されている連なる鎖の模様は何者の侵入をも許さないような強堅さがあった。
この向こう側にはどんなものがあるのだろうか、と。気軽な推測すらも阻む扉は、静謐な空間に歓迎の意をまるで持たずして座していた。
――――不意に、女の体が淡い光に包まれた。暗然たる空間が仄かに明るむと、周囲に負けず劣らずの黒い装束に身を包んだ女の姿と、薄汚いぼろ布服を身に着けた男二人の姿が浮かび上がった。
「うぉっ、なんだ!? 光ったぞ!」
男達は傍らの人間が光を帯びたのを〝見てから〟さっと離れる。だがそれは視覚的なものであって、人間の優れた条件反射のなかでもだいぶ遅れ劣ったものであった。
「なんで光ってんだ!?」
ランプはおろか、火種の欠片すら手にしていないというのに……。いや、それ以前に異常であった。その光は女の体表を覆うようにして、その女の内側から発せられているように見えたからだ。
しかしながら当然、光というものは燃え盛る火か燦々と漲る太陽から生まれるものである。前者であれば女はたちまち燃え上がり、その火があわよくば傍らの男達と時計塔をも巻き込みつつ、数時間後の此処にはいくらかの骨と灰が舞うような結果になってしまうだろう。無論、後者は深夜である今を考えれば言うまでもない。
たとえ火だと仮定したとしても、それは誕生と同時に熱も伴うはず。故に身体は焼かれまいと神経が仕事をするはずだったが、男達にはそれがなかった。観察して、それから離れたのだ。
つまり、この光は〝熱量〟を持たない。それではなんだと疑問が浮かぶも男達の持てる知識のなかには、熱量の無いこのような光の存在を説明出来るものは何ひとつとしてなかった。
「入ってもよろしいと」
これ以上絞れぬ知識に悩む男達をよそに女はそう言うと、彼女の体を覆っていた光は雲散し、追いやられていた元の暗闇が嬉々として舞い戻ってきた。
「な、なんだってんだ?」
状況がまるで掴めていない男達は、ここに来てようやく異様な光景に幾筋かの冷や汗を垂らす。だが女は何も答えずに扉を押し、その瞬間、僅かに持ち上がった女の口端の動きに彼らが気付くはずもなかった。
ぎぃ、と扉は見た目に反して苦もなく、今度はまるで歓迎の意を示すかのように勢いよく開く。
カチカチカチカチカチ――――――
絶え間無く、寸分の隙間も無く、乱れ無く、規則的に。
扉が三人の進入を許した途端、その者達の耳へ我先にとなだれ込んできたものは、無数の時計が織り成す刻を刻む音であった。
そして、その間断なき音の果てに――――
――――――時計塔の主が居た。