プロローグ
この世には見えない何かが暮らしている。
人間と同じように命ある生物であるが、人を襲い喰らうのが生物の生き方だ。
喰われる人間もまた、生きる為に生物を殺さなくてはならないが人間には見えないそれにどうやって対処するのか。
世には見えない人間ばかりではなく、戦う力を持つ者が集まり生物を倒すべく戦いに挑みだす。
それは、終わりの無い戦いで今もなお戦い続ける者達がいた。
草木も眠る丑三つ時、赤いパーカーを身に纏った少年が電信柱の上に立ち何かを探すように視線を動かしている。
フードのせいで顔は見えないが、細身で背の低い姿は年端のいかない子供にも見えた。
ジッと街並みを見ていた少年はポケットからスマートフォンを取り出すと画面に表示されている着信を確認して人差し指で画面に触れると耳に当てる。
「潤、どうした?」
声は低く、中学生か高校生の境目を想像させた。
しばらく何かを話した後、スマートフォンを仕舞う。
ゆっくりと背伸びをしながら欠伸をすると電信柱から飛び降りた。
その数秒後、電信柱が砕け散り少年は右手を真横に伸ばす。
掌を中心に集まる影は形を形成していき、少年と同じくらいの大きさの鎌が出現した。
ビルの屋上に着地すると真っ直ぐ前を見る。
そこには醜い姿をした何かが複数存在していた。
醜い姿こそが目に見えない生物の正体である。
奇声を上げながら少年を威嚇する生物の名は「ダークネス」と言い、悪魔に近い存在と言われていた。
普段は数体しか出現しないが、今日は異様に多いと思いつつ鎌を振るう。
ダークネスは少年を警戒してかその場から動かない。
が、少年の姿が消え生物は驚きの表情で辺りを見渡す。
逃げたのか、と思う生物の身体が急に消滅し周りの生物が警戒した。
「ボサッとしてると、死ぬぜ?」
背後に姿を現した少年は鎌でダークネスの身体を切り裂いて消滅させていく。
他のダークネスは反撃しようと振り返るも、少年の姿を捕える事が出来ずに焦りと苛立ちを覚えた。
至る所に着地しては鎌を振るう少年。
一体、また一体と消えてくダークネスと少年の格差は違いすぎた。
軽やかに舞う少年はあっという間にダークネスを消滅させると適当な店の屋根に着地して息を吐く。
途端に腹の音が鳴り響き、項垂れる。
夕飯前に命令を下されてまだ何も食べていない。
軽く食べれる物を持ってくればよかったと思いながら鎌を消した。
他はどうなっているのかとスマートフォンを取り出すと同時に夜空に見慣れた物が飛んでいる事に気が付いて呼び止める。
「おい!八咫!」
飛んでいた鴉は少年の声に反応して降りて来た。
一般的な鴉よりも大きい鳥が少年の肩に止まる。
八咫烏と言われている鳥である彼は、羽根を閉じて少年に話しかけた。
「よる、どうしたノ?オレッチ、那智に仕事任されてるヨ」
片言の話し方をする八咫烏は、呼び止められた事が不服なのか困った様に言う。
少年は状況を確認し、潤という仲間の居場所を聞く。
八咫烏は場所を教えるとそのまま夜空に飛び立った。
気配が消えていないという事はまだ居るんだろうと考えて教えられた場所へ移動する。
移動している最中にも腹が鳴り、溜息をつく。
これではエネルギーが必要な鎌が使えなくなるのも時間の問題だ。
街外れの建物にいる少年を見つけて近づきながら声を掛ける。
「夜か、そっちは終わったのか?」
「あんなの準備運動にもなんねーよ、と言っても腹減って武器が出せねーけどな」
潤は横目で夜を見ると何かを投げ渡す。
落とさない様に受け取ると嬉しそうに包みを開けた。
「もう、いないんじゃね?周りにいないし」
少し冷めたハンバーガーを口にしようとしたが、遠くから聞こえた悲鳴に口を閉じる。
悲鳴の声が少女の物だと気付くとハンバーガーを潤に押し付けて飛び出す。
急に強い気配を感じて舌打ちをした。
一部に集まっていたから周りに姿が無かったのかと苛立ち交じりに悲鳴の聞こえた場所へ急ぐ。
複数の奇声が響く群れを見つけ右手を横に伸ばす。
一瞬ノイズが入る鎌に目を細め、握る。
壁に追いつめられた少女は泣きそうな顔で逃げ道を探していた。
迫って来る醜い生物に震えて身じろぐと一瞬で姿が消えて目を見開く。
何が起きたのかと戸惑っていると他の生物も消え去り、困惑する。
恐る恐る立ち上がると腹の音に似た音が聞こえて固まった。
誰かいるのかと辺りを見渡しても暗いせいで見えない。
「誰か、いるの?」