リアルラックなんてありませんでした
これは、VRが一般的に普及している世界で、ゲーム機にまで市民登録が必要な時代である。
「やったぁ!VRMMORPGの『悠久の時』が届いたよ~」
私は八雲凛。この度βテストに外れ、3ヶ月待って正式版を予約できなくて、結局どうしてもやりたかったので、転売屋でソフト入りハード機を買った次第である。
というか、市民登録なんてなければわざわざゲーム機ごと買う必要なんて無いのに……。
高かったよ~。
「でも、やっぱりネトゲには変えられないよね!」
きりっとした顔で言ったが、実は親に懇願して買ってもらったのである。
何故かと言うと、勉学に集中させるために、高校生のバイトはずいぶんと前に禁止になったからだ。
うちはお金を貯める派だから、説得するのきつかったなぁ。
まあそれはともかく。
夏休みの宿題を夏休み前に終わらすというムチャぶりで買ってもらったのだ。
案の定友人に泣きついたが、親はそれを知らない。
さてさて、早速ゲームを始めようではないか!
私はベッド一体型のゲーム機に横になり、脳内に入っている市民チップの読み込みが終わると、すぐさまゲームを開始した。
「スタート!」
即効性の睡眠ガスで眠ると、そこはピンク色のお姫様空間で、あらかじめ市民チップに登録していた通りの空間になっていた。
「お久しぶりです凛様。毎日のように会っていたのに、いきなり会ってくださらないから(音信不通)わたくし泣いていましたのよ?」
黒いドレスに赤いバラをあしらい、背中に妖精の羽をつけた彼女は市民チップに登録されているVRでのサポートAIだ。
「あはは。ごめんなさい。ちょっと宿題に追われてて……」
「まあいいですわ。今回はこの『悠久の時』をお遊びになられるんですね」
「うん! 夏休み中ずっと出来るんだよ! うふふ楽しみ~」
「……すこしジェラシーを感じてしまいますわ。では、いってらっしゃいませ」
「はーい」
ぐんっと体が下に引っ張られる感覚で私はゲームの中へ入った。
「いらっしゃいませお嬢様。今回は多人数参加型ゲーム『悠久の時』をお選び下さり有り難うございます。それでは、お嬢様の設定をいたしましょう」
お嬢様と呼ばれているように、性別の偽りはできない。市民チップに登録されているからだ。
ブロンドの髪に青い目、水色のドレスを着たこのゲームのシステムAIだ。
「それではまず、種族を選択していただきます」
キター!
「種族は人間、獣人、妖精、精霊の中からお選びいただけます。また、ランダムではレア種族が混ざっております。それでは、お選びください」
ふむふむ。これはランダムでレアを引く展開ですね!
「ランダムで!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
何が出るかな~。できれば魔法使いたいから、それ系統だといいなあ。あ、もし前衛でも槍ならモンスターとの距離があるし、最悪それかなぁ。虫系モンスターも出るってMikiに書いてあったし、っていうか、ファンタジー謳ってるからって、虫はないと思うんだけど! 虫なんて大っ嫌い!
「決まりました。あなたは獣人種のなかの熊です。残念ですが、レアではありませんでした。なお、一度決まったものは取り消せないのでご了承ください」
「く、熊?」
「はい。接近戦に優れ、最もスタミナと力の強い種族ですね」
「え、力が強いならゴリラとかあるじゃん」
「それはレア種ですね」
「ゴリラがレア種! ないわ~」
私はケタケタと笑った。
「それでは、容姿を決めてください」
よくあるゲームでは、市民チップに登録された現実の自分をモチーフに髪の毛や肌の色を変えるだけなのだが、このゲームではキャラメイキングができるのだ。
ポンッと現れた等身大の私に熊耳と熊しっぽがついていた。
「…………そういえば、身長はいじれないんだっけ?」
身長に関しては、リアルとの差が大きいほど脳に負担がかかるということで、身長は市民チップに登録されているものを使うことになっていた。
「うーん。長身美人は無理か……じゃあ、かわいい系でいこう」
あらかじめ登録されているモデリングから、ちょいちょいといじって幼顔かわいいを目指してみた。
まずは、髪を白にして理想的なあほ毛をつける。この時点で茶色の耳としっぽは白になった。
そしてロングな髪の毛を接近戦ということで長めのショートに。
目はくりっとした睫毛に相応しく大きめにして、エメラルドグリーン色に。
輪郭も幼い感じにする。肌は当然のようにミルキーホワイトに。
身長? 百五十センチですがなにか。
胸も小さくする。ぺたぺたと触ってちっぱいになったところでやめる。
その後色々と唸りながら幼い子を目指して頑張って、体感的に一時間位で満足のいくようになった。
あとはボイスである。
そう、このゲーム、ボイスも変えられるのだ。
「あ、あー」
声を出しながら人差し指を左から右へと動かす。
だんだん高い声になって、アニメ声っぽくなったところで止める。
「あー……。このくらいかな?」
「それでよろしいですか?」
「はい!」
すると、ポンッと音を立てて等身大の私は消え、それが私自身になる。
「おおー。なかなかいい感じ!」
ちなみに服は旅人の服で、防御力はないらしい。後で訓練所でもらえってMikiに書いてあった。
しっぽをピコピコしてみる。……うん。熊でも悪くないかな。
「では次はスキルの選択ですが、熊はすでに種族スキルで三枠埋まっておりますので、残り二枠を決めてください」
「ん? 種族スキル?」
「はい。これは外せない必須スキルですので、申し訳ありませんが、残りの二枠を決めてください」
スキルは、最初に選択できるのが五枠で、メインにつけることのできるスキルは十個。あとはサブスキルの欄に収納される。
「さてと、どんな種族スキルなのかなーっと」
私は文庫本サイズの電子版に表示された種族スキルを見た。
種族スキル:無手、半獣化、スタミナ大
え?
「む、無手? え、これってつまりどういうこと?」
「武器は自分の体のみということです。つまり、武器は一切装備できません」
「え、接近戦に優れてるってのは……」
「接近戦しかできないということです」
「NOooo!!」
なにそれ! 魔法職でもないし、槍どころかナックルも装備できないとか!
「虫を素手で殴れってかあああああ!!!!」
「そういうことですね」
「……終わった。私のリアルラックなんてなかったんや」
いやでもゴリラよりましなのか……? って、どっちも素手だよ多分!!
「どうすればいいの……」
「……あの、早くスキルを決めていただきたいのですが」
「無理! こんなのやってられるか! ああー私の魔法ちゃんが……」
「あの……」
そうして私は体感四時間ぐらいグダってました。
おしまい。