首輪
小学生の頃、猫にリードを付けて散歩させることに憧れた。
ある日の下校時、友人と別れてから全力疾走して帰宅し、靴を揃えることもせずランドセルをおろすのさえ後回しにし、財布の中身を確認した。700円とちょっと。ランドセルをほっぽり出して、左右バラバラな方向を向いている靴を急いで履き、玄関から飛び出す。自転車にまたがり、近所のホームセンターへと向かった。
ペット用品売り場には、恋い焦がれた色とりどりの猫用リードがたくさん並んでいた。ミィちゃんは白猫だからピンクが似合うかな、あ、でも男の子だから水色にしよう。水色のリードをレジに持っていき、勘定してもらう。600円。お小遣いのほとんどが消えたが、気にしなかった。逸る気持ちを抑えられず、お店の駐輪場まで駆けて行き、ここへ来たときよりも急いで帰った。
ミィちゃんはリビングのクッションの上で猫としての義務を果たしている真っ最中だった。無防備に腹をこちらに向け、気持ちよさそうに眠っている。元からついている首輪にリードを付けた。胸が高鳴り始める。ミィちゃんは即座に起き、別室に逃げようとしたが、わたしも負けじと抱きかかえ玄関へと向かった。
暴れるミィちゃんをなだめつつ外へ出た。いつも外に遊びに行く猫だから、心配はない。わたしの胸から離れたがっているので、リードを持ち、ミィちゃんの前足を地面につけた。刹那、ものすごい力でわたしは引っ張られた。必死に走り出そうとしている。わたしがものすごい力で引っ張られてるということは、ミィちゃんの首もものすごい力で締めつけられているということだ。小学生でもわかった。怖くなり、リードを離してしまった。ミィちゃんは裏庭の方向へ逃げてゆき、あとを追ったが姿は見えなくなってしまった。
それ以来、ミィちゃんは帰ってこなかった。
それから10年。紆余屈折を経て少女から女性へと変化したわたしは、恋人ができた。
「ねえ、首輪買ってよ。俺、君だけの犬でいたいから。」
10年前と同じホームセンターへ行き、今度は犬用の首輪とリードを買った。男の子だから水色にした。気持ちは逸らない。平坦だ。
男に首輪をつけてリードをつけてもわくわくしなかったし、半年後くらいしてから男はどこかへ消えた。もう戻ってこないだろう。