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Eins (アインス)  作者: えんじゅ
【茜覚醒編】━━2014年11月30日、〈銀〉が目覚める。
8/41

橙〈風凪〉③

「あかねー、一緒にご飯食べよーっ!!」

「だぁっ……おい!!、椅子ぐらい持ってこい。座れねーって!!」

身を擦り合わせて、俺と同じ椅子に座ろうとするミニス。

すりすりと、まるで欲情した猫の匂い付けだ。

赤紐で後ろに束ねた髪がふわりと柑橘系の香りを漂わせていた。

朝からずっとこの調子だった。授業が終わる度に俺達の傍まで駆け寄っては、やたらと絡んでくる。

机を挟んで向かい合う苗、いつもはハイテンションな昼休みの筈が、妙に大人しい。

とりあえず死ね。と言いたげな苗の眼差し。怖いって……目が笑ってないから。

「わー、お弁当じゃん。自分でつくってんのー?」

「あぁそうだよ。やらねーからな」

「いいもーん、あたしクロワッサンあれば生きていけるし」

よく見れば、ミニスが片手にぶら下げているコンビニの袋にはまったく同じ包みが……クロワッサンだけが詰め込まれている。

とんだ偏食家だな。

ってか、こいつ。まだ座るの諦めないんだけど!!

「おい、菜子っ!!ミニスを引き離してくれよ」

(わら)にすがる様な思いで、やや離れた席に座る菜子へ助けを求める。

「えっ、茜君。なにか呼びましたか?……あー、私は友達と一緒にお昼を食べる約束をしてますので……お好きにどーぞ」

言葉とは裏腹に、あらゆる感情を黙殺したかのような平淡な声音(こわね)

そして、ぷいっと顎を逸らして席を立ち上がる菜子。あっ、見捨てられた。

「お前なぁ、仮にも乙女なんだから、もうちょっと、こう恥じらいとかないのかよ」

結局、俺の方が観念し、一つの椅子に仲良く二人で座る羽目となっていた。

「アメリカじゃあ、こんなスキンシップ日常茶飯事だって」

「アメリカ出身だったのか?」

意外だ、てっきりピノと同じで西洋系だと思ってた。

「んーん、あたしはドイツ生まれ」

おい、アメリカはどこから出てきた。

「ミニスさんって〈七極彩〉なんだよね?」

苗がクラスメイトの疑問を一括に代弁する。

俺と菜子を除くほぼ全員が確認したかった事柄だろう。しかし、ミニスは隙あれば俺にべったりな訳で、こうして訊ねかけるタイミング自体が無かったのだ。

「そだよー……えと、なえ。だっけ?あたしの事はミニスでいいよ」

「じゃ、じゃあミニス。あのさ、告蜜(つげみつ)大海(おおみ)って名前。聞き覚えない?」

大海ってのは、亡くなった苗の親父さんの名前だ。

ミニスはクロワッサンの包みをびりっと破きながら、首を小さく左右へ振った。

「んー知らない。ごめんね」

「いや、いいんだ」

「なぁ、お前さ。学校なんかに通ってていいの?」

今度は俺が質問する。ミニスははむっとクロワッサンにかぶりついて、もぐもぐ……と、ちょっと間を空けてから口を開いた。

「あたし、日中は派遣を免除されてるんだ。放課後や緊急時は〈七極彩〉として出動しないといけないけど、それ以外は学生生活に準じていいってさ」

「俺だったら、もう学校なんて通わないけどなー」

「あたしも通ってなかったんだけどねー。あかねとか菜子が居るクラスならいいかなーって」

そういえば……。

「菜子とは昔からの知り合いなのか?」

「うん、〈災厄〉の後、叶子さんと菜子って京都に移り住んでたの知ってる?そこで出会ったんだ」

「そうか、じゃあお前も召還令?……だったか?それで押切区(こっち)に引っ越してきたのか?」

次なるクロワッサンの封を開けながら、ミニスは首肯した。

「それにしても……なんで七色機関は〈七極彩〉を一ヶ所に集めてるんだ?」

「あー……うーん。本当は極秘事項なんだけどね。あかねには特別に教えてあげる」

いや、いいよ。遠慮しとく。と、その旨を告げようと卵焼きをほとんど丸ごと咀嚼する。

しかし、俺が喋るよりも早く、ミニスは先を続けた。

「〈永久切(とわぎり)〉がさ、〈罪色樹(ざいしょくじゅ)〉に関与してるんじゃないかって、その疑いがかなり高いらしいの。で、30日に仮本部で臨時会議なんだってさ。なんで日曜日にするのかなー、休日出勤とかだるいよーほんと」

〈罪色樹〉……?聞いたこともない単語だった。

「苗、その〈罪色樹〉とやらを知ってるか?」

「んや、知らないなー」

「そっかー。うん、そうだよねー」と、俺達を置き去りに、うんうんと頷くミニス。

「なんなんだ?それ」

「ごめんね、やっぱ秘密にしとく。あたしが何か(そそのか)したとか、叶子さんに睨まれると堪らないし」

〈永久切〉と〈罪色樹〉。

キーワードだけがぽんぽんっと脳内に浮かんでいる。

よくわからないが、〈七極彩〉が総動員される程の重要な何からしい。

できれば一刻も早く〈永久切〉の凶行は止めてほしいものだが。

「それよりもさー、二人とも、今期ってアニメ何見てるー?」

「いや、俺はそういうのはあまり……」

一人暮らしだと、家事に追われる時間が多く、俺はあまり趣味を持ち合せていなかった。

家事は手を抜ける所を抜けば、それなりに時間も空くのだが……俺はなぜか律儀にも家事全般をそつなくこなしていた。

もしかしたら、いつか葵と暮らす事になるかもしれない。その為の将来設計だ。

「今はオギー&コックローチだなー」

苗、お前のそれ違うだろ。どんなアニメか知らんが、たぶん、今期とか関係ないやつだろ。

「えー、そんなの放送してたっけ?」

ほら。

「苗、お前のそれ、またカートゥーン・アニメだろ」

「俺がカートゥーン以外を見るだろうか?いや、見ない」

いや、なんで反語なの?

「あかねはさ、アニメとか見ないんだ?」

ミニスも反応に困ったのか、矛先がこっちに向く。

「だなー」

「ブルーレイとか再生できるの持ってる?」

「PS3は買ってある」

「じゃあさ、明日、あたしの厳選アニメ持ってくるから、暇な時に見てみてよ!!」

「はいよ」

日本のサブカルはすごいんだから!!とクロワッサンを片手に熱弁を奮うミニス。

なんだか賑やかになったな。

俺も苗も、お互い過去に闇を抱えていたから、今まで他のクラスメイトに対してどこか一線を引いていた。

〈災厄〉の被災者というのは、幾つかの程度に区分されるのだが……俺みたいに、直接的なダメージを残す人間は極めて稀らしい。

過去を引き出しにした差別や虐めなどに晒されてないだけでも、クラスには恵まれたんだな、と思えた。

〈災厄〉とは無関係だが、苗みたいにEins関連で肉親を失ったケースというのも、どちらかといえば珍しい。

更に言えば、家族が『ヒーロー』として命を落とした過去を秘めし人間には、少なくとも俺は〈災厄〉からの四年間で二人しか出会っていなかった。



放課後、今日と明日の二日間は大臥さんに外せない用事があるとかで、教育支部へ足を運ぶ必要はなくなったのだと菜子に告げられた。

「お前も駅方面なんだろ。一緒に帰るか?」

「なっ……」口をぱくぱくと開閉し、赤面する菜子。

なんだろ、菜子って、かなり初心(うぶ)だよな。

嗜虐的な衝動に襲われそうになるが、この前の件もあるので、我慢我慢。

ミニスは〈七極彩〉としての立場上、曜日によっては送迎車が来てるのだとか。まるでお嬢様だ。

けど、本人は酷く不満そうだった。

それもそうか。通学が認められているとはいえ、見方を変えれば拘束に近いものがあるよな。

苗は変な気遣いを働かせて、そそくさと帰ってしまった。

だから誤解だって言ってんのに。

「ちょっと訊きたい事もあるしな」

言葉の真意を推し測ろうと目を細める菜子。

「それに、磔にされる前に逃げたい……切実に。助けてくれ」

遠目に俺と菜子の様子を探る気配を察したのか、菜子はこほんとわざとらしく咳をついてこちらへ目配せした。

「しょ、しょうがないわね。ほら、さっさと支度して」

「ほんと助かる。ありがとな」


商店街の外れを二人で歩いていると、不意に視界の隅で淡い光が滲んだ。

反射的に残光を目で追うと、Einsで肥大化した鉄腕を(かざ)し、違法駐車している車両を移動している警察官の姿が見受けられた。

「警察にも適合者って居るんだな」

「そうだね。仲が悪いのは警察と七色機関であって、Eins自体に非はないから」

「けど、Einsってほとんどが七色機関の管理下にあるだろ?」

「うん、ほとんどは……ね」

なにやら言い淀む菜子を横目に、俺は昼間の件について質問した。

「なぁ〈罪色樹〉って、知ってるか?」

「それ、どこで聞いたの?」

〈罪色樹〉の単語を耳にした瞬間、菜子の顔色が変わった。

眉をひそめ、睨みを利かせ、声質は低く、全体的に辛辣な雰囲気だ。

責め立てるような厳かな口調で、菜子が「ねぇ」と追及してくる。

「ミニスが単語だけ呟いてたんだ」

「もう、あの馬鹿」

「で、どうなんだ?話せるのか?話せないのか?」

菜子が〈罪色樹〉という単語について何か思いあたる節があるのだという前提の元、俺は聞き返していた。

端から見れば、お互いが織り成す険悪さは、差し詰め別れ際のカップルとして映り込むかもしれない。

菜子がどの程度〈罪色樹〉について認知しており、どこまで言及できるのか。

できれば信用して貰いたいものだが、境界線を引くのはあくまで菜子だ。こうなってしまうと、こちら側としてはただ沈黙を守り、答えが出揃うのを待つしかない。

やはり菜子の中で葛藤が生まれているのか、口元で拳を固めて押し黙ってしまう。

そのまま暫らくの間、無言で砂を踏み締めていた。

商店街の中央通りからは、疎らな喧噪が乱調に伝い、耳鳴りを残していく。

曇り空は朱色に染まり、今日もまた一日が終わるのだと、柄にもなく感傷に襲われた。

明滅する歩道信号をぼんやりと眺めていると、ようやく菜子が口を開いた。

「〈災厄〉による影響で、Einsが七色機関の管理下を逃れ、国内に散らばったのは知ってるよね?」

「あぁ、結果的に独立『ヒーロー』だったり、街中で『怪人』が出現する件が激増したりと、世の中が大きく変わったんだよな」

「うん、それで……中にはEinsを非合法に取引して、意図的に悪用する組織なんかも一気に増加したわけ」

「やくざ。みたいなものか?」

「似たようなものだと思う。その非合法組織の中でも群を抜いて危険視されているのが〈罪色樹〉なの。元教育課総責任者である干鉛(ひなまり)鉛治郎(えんじろう)が〈災厄〉を機に七色機関を去り、創設したって言われてるの」

「〈七極彩〉の召集は〈罪色樹〉や〈永久切〉絡みだってミニスが話してたけど、そうなのか?」

菜子が意外そうに両目を見開く。

「ふぅん……そうなんだ。お姉ちゃんはそこまで教えてくれなかったな」

「あいつ、極秘事項だって言ってたからな」

「その極秘事項を一般人に教えたら駄目でしょうに。もう、ほんと馬鹿なんだから」

その場に居ないミニスに対して悪態を突く菜子。

「なぁ、しつこいようで悪いんだが、昨日のミニスって全力じゃなかったよな?」

どうしても信じられなかった。俺達が〈七極彩〉を追い詰めたのだと、どうしても鵜呑みにできなかったのだ。

「そうだね。ミニスもさ、ああやって能天気にはしゃいでるけど、何も考えてないようで色々考えてるから。それにすっごく頭良いし。昨日の模擬戦だって、わざと自らに枷を嵌めて、Einsの限定的発動に慣れようとしてたんじゃないかな」

「限定的発動?」

「そ、過適合すると嫌でも理解できるんだけど、常にEinsを全力(フル)展開させるのは容易なの。でも、強制解除を見越して、不必要な部分を削減するのが理想的な訳。限定的にEinsを行使できれば、その分、変身時間が伸びるからね」

「なるほどな。余力を残す訓練か」

「うん、イメージとしてはそんな感じ。Einsの節約って言えばいいのかな?その分野だと赤神灯真さんが独走してるみたい。お姉ちゃんが話すには、灯真さんは瞬間的、部分的な変身を駆使する事で、三日間ぐらいは強制解除知らずなんだって」

「強制解除の法則とかって、あるのか?」

「あるよ。強制解除までの時間はさっき話した節約も絡むから、個々によるとしか言えないけど、解除後、もう一度変身できるまでに必要な時間、再変身規制時間(リアインス・タイム)って言うらしいんだけど、その間隔は、適正値から割り出せるみたい。で、判明してるのは、変身を全力展開して最速解除された場合の変身時間の二乗らしいわ」

「なるほどなー」

再変身規制時間(リアインス・タイム)ねぇ、なんだか語呂悪いし、だせぇなー。

「ついてこれてる?」

意地悪そうに流し目を向けてくる菜子へ、ふんっと鼻を鳴らしてやる。

「馬鹿にすんなって。馬鹿なんだけどさ。ミニスにもまだまだ向上心があるんだって事は理解できたぜ」

俺の軽口に応じず、神妙な面持ちで、視線を伏せる菜子。

息苦しさを伴う沈黙が、粛々と過ぎていく。

「私が話したって事は内緒にしてほしいんだけど……」

と、彼女は前以って釘を刺し、それから静かに語り出した。

「ミニスはね、苗君と同じでお父さんが『ヒーロー』だったの。でも〈災厄〉の時にね……」

「じゃあ、あいつは」

俺の懸念を悟ってか、先回りして菜子は補足する。

「元々は母親の病を治療する為に日本へ渡ってきたの。でも、助からなかったみたいで。だから、今は天涯孤独というか……京都の時はお姉ちゃんの計らいで一緒に暮らした時期もあったんだけど、なんだかそういうの苦手みたいで。こっちでも一人暮らししてるんだと思う」

昼食の光景が鮮明に蘇る。コンビニの袋一杯に詰まったクロワッサン。それが彼女にとっての日常なのだろうか?

どこか胸の内から込み上げてくるものが自覚できた。

「ミニスがさ、あんなに懐いたのって、私が知る限りじゃ、茜君が初めてなんだよ」

「なんで俺なんだろうな」

「さぁ、でも……ううん。だからこそ、その、優しくしてあげて欲しいの」

「こら、まるで俺がど畜生みたいな言い方をするなっ」

びしっ。と菜子の頭を手の甲で小突く。

あいたっと妙に可愛らしい悲鳴を上げて、菜子は、

「だって茜君シスコンだし、他の人に興味なさそうだから」

と、ちょっとだけ拗ねた様子で、唇を尖らせた。


ミニスの件もそうだが、俺にとっては、今、隣に立つ少女にも不安な部分があった。


「なぁ菜子」

「なに?」

「もっとさ、素で接してくれていいんだぜ。俺も言えたものじゃないけどさ、お前って……他人とどう接すればいいのか思考錯誤してる印象だよ」

「そうかな?」

「そうだよ。あとさ、いい加減、もう呼び捨てでいいって」

「そうかも……うん、頑張ってみる」

ふわりと前髪を揺らし、あどけない笑みを浮かべる菜子。

思わず見惚れそうになり、俺は慌てて視線を落とした。


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