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Eins (アインス)  作者: えんじゅ
【茜覚醒編】━━2014年11月30日、〈銀〉が目覚める。
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茜〈邂逅〉②

〈茜〉


式咲(しきざき)菜子(なこ)が転入して、瞬く間に一週間が過ぎ去っていた。


先に釘を刺しておくなら、式咲菜子には、これといって深く関わっていない。

廊下ですれ違えば、挨拶ぐらいは交わすし、ディスカッション形式の授業で同じグループになれば、それなりに意見も交えた。

ただ例の〈ヒーロー五人伝〉については、俺が触れなくても周囲が勝手に晒してくれた訳で。嫌でも耳に届いてしまうのだ。

コスプレ姿で飛び込んだ俺こと夕藤(せきとう)(あかね)とは違い、正真正銘Einsの過適合者であり、しかも〈七極彩〉の〈藍〉を姉に持ち、しかも、可愛い。いや、俺はあまりそうは思わないが。客観的に述べれば、式咲菜子は間違いなく美少女だ。

噂の標的はそれこそ一息に俺から式咲菜子へと移り、俺は苗に協力して貰っての街中徘徊を今も続けていた。


この三連休も成果実らず、いつもの商店街や押切駅、海浜公園など、まるで修学旅行生の様に巡り歩いた。それこそ暇人だと茶化されても詮無(せんな)き事だ。

連休の終わりを告げるかの如く沈む夕日が、柑子(こうじ)色を立ち昇らせ、飛行機雲がじんわりと溶け込んでいる。

自宅近くのスーパーへと、今週分の食材の買い溜めに向かっていた。

「俺なぁ、今年のクリスマスは一人でホールケーキに挑戦しようかなーって思うんだ。真っ白いやつな」

などと口走る俺に対して、受話器の奥から憐れみの声音(こわね)が届く。

『茜お兄ちゃん。そんな寂しい事言わないでです。クリスマスなら葵が遊びに行くのです』

通話の相手は愛すべき妹、雨頃(あまころ)(あおい)だ。

去年まで葵と、それから雨頃(あまころ)(とおる)叔父さんと一緒に暮らしていた。

高校進学に伴って、一人暮らしを始めたのだ。

それよりもだ。

クリスマスに葵が来る?えっ、それって泊まり?ま、まさか……これは。ごくりと唾を飲み込む。

いや、でもホールケーキに挑戦してみたいってのは本当なんだけどな。

あ、そっか。閃いた。俺の分と葵の分。二つ買えば良くね?

よーし、お兄ちゃん。奮発して8号とか買っちゃおうかな。

お互いの眼前にどっしりと構える純白の冠。宝石の如く散りばめられた苺、茫々と薄闇に灯る蝋燭(ろうそく)

駄目だ、なにかの儀式みたいになりそう。

大人しく一つだけ買って、仲良く分け合いっこする方がいいな。ホールケーキとのタイマンは来年までお預けだ。

「そっか。じゃあ、部屋片付けておかないとな」

『葵が掃除してあげるですから、無理しなくていいですよ』

「だ、大丈夫だって。そんなに汚くないから。ちょっとだけ、ゴミをまとめて捨てれば、な」

苗が置いていったいかがわしいものとか、苗が忘れていった不衛生なものとか。あと、苗に借りた教育上よろしくないものとか。

「それよりも、葵。外を出歩くときは気をつけろよ」

『なにがですか?』

ふっと息が漏れる。白い(もや)が薄れていく。


「〈永久切(とわぎり)〉。段々と近付いてるだろ?」


二ヶ月ほど前に露見され、今もなお世の中を震撼させている猟奇的殺人者〈永久切(とわぎり)〉。

発端は青森県十和田市の湖の(ほとり)から始まった。

ばらばらに斬り刻まれた惨殺死体。しかし、金銭以外の盗難跡は見つからず、身分証明書の類がそのまま残っていた事から、警察は猟奇殺人と推定。

Einsの過適合者の仕業であることも考慮され、七色機関も捜索へ〈七極彩〉を派遣。

今、もっとも世間を騒がせている犯罪者だ。

警察や『ヒーロー』の捜査も実らず、惨殺死体は次々と発見されている。

性別や年齢、人種など無差別であり、発見個所は次第に南下。

〈永久切〉は殺人という足跡を残しながら、関東方面へ踏み込んでいた。

そもそも東北地方は〈鬼祭り〉による爪痕がまだ消えておらず、半ば無法地帯化。悪に偏った過密(スラム)形態を広げたままだ。

そちら側でなら捜査進行が難航するのは、まだ理解できる。

ただ、関東方面へ進出しても捕まらないとなれば、それは別問題だ。

『大丈夫です。皆でまとまって登下校してますし、お父さんに言われて、戸締りもしっかりやってるですよ』

「ならいいんだけど……こんな時に傍に居れなくてごめんな」

『茜お兄ちゃんが選んだ道です。葵なら大丈夫ですから、心配しないでください』

本当にそれでいいのだろうか?

今すぐにでも、俺は雨頃家へ戻るべきなのではないだろうか?

脳裏を逡巡する不安、懸念、予感。

「……いつでも呼んでくれ。俺は葵の為なら、何処へだって駆けつける」


『ありがとです。茜お兄ちゃんはヒーローですからね』


「そうだ、俺はヒーローなんだ」


ずきり。と心の端が痛んだ。

『ヒーロー』とヒーローは違う。

ヒーローである為に『ヒーロー』である必要はない。

それは言い訳なのだろうか?


あいつなら……式咲(しきざき)菜子(なこ)なら、俺の問いにどう返してくれるだろうか。

ふと、何気なく転入生の姿が浮かんだ。

「それじゃ、そろそろスーパー着くから」

『はいなのです。茜お兄ちゃん、またです』

「あぁ、またな」

ぶつりと途切れる通話。

遠のいていく息遣い。本来の距離感が突き付けられる。

反響する疑問を噛み殺して、足早にスーパーへ流れる人波へ続いた。


俺のささやかな楽しみ。

それは買い物帰りには決まって寄る、たい焼き屋さんだ。

たい焼きは「天然もの」と「養殖もの」に分別される。

一言に違いを述べるなら、焼き方、もとい焼き型だろうか。

一匹ずつ丁寧に焼き上げるのが「天然もの」で、スーパーなどの店前でよく見かける、一度に複数を焼き上げるものが「養殖もの」だ。

違いは焼き上がりに表出する。あのパリッとした噛み心地はいかんせん忘れ難いものがある。

まぁ「養殖もの」なんかも、皮の部分が厚くて、小豆餡以外に様々な味のバリエーションがあるから、一口に天然、養殖と分けても、好みは人それぞれだろう。

さつま餡とか、キャラメル味とか、驚いたのはピザ味だとか。まだお目にかかった事はないが、あえて具を入れない「素たい焼き」なんてものもあるらしい。

常日頃、俺が贔屓にしているたい焼き屋『めでたい』は天然ものに拘る職人気質なお店だった。

味は小豆餡のみ。

今日も今日とて、窓の奥に垣間見える『めでたい』のおっちゃんはおしぼりを額に捩じり、外の肌寒さに負けず、じわりと汗を肌に滲ませていた。

格子状の(けやき)の軸に結霜ガラスが嵌め込まれた引き戸を開ける。

ふわりと暖気に乗せて鼻先をくすぐる小麦や卵の焦げた香り。

へい、いらっしゃい。とおっちゃんの威勢の良い声に迎えられて、俺は室内へ歩を進めた。

「「あっ」」

吐息まじりに零れる声が重なった。

背もたれの欠けた丸椅子に礼儀正しく座っている人物と目が合う。

「……式咲か」

そこに座っていたのは、美少女転入生こと式咲菜子だった。

今日はクリーム色のポンチョに上半身を包んでおり〈ヒーロー五人伝〉の時よりは暖かそうだ。

「夕藤君、私の事は菜子って呼んで」

「じゃあ、お前も俺の事は茜って呼べよ」

「お、なんだぁ茜。そんなに可愛いお嬢ちゃんと知り合いなのか?隅におけないねぇ」

「おっちゃん、たい焼き二つね。それと、こいつはただのクラスメイトだよ」

「こいつじゃなくて、菜子って呼んでってば」

椅子から立ち上がってまで、訂正を求めてくる。

意外にぐいぐいくるな。

「悪かったって。それよりも一人なのか?」

「そうだけど……どうして?」

「いや、お前って周りにチヤホヤされてるし、常に誰かを(はべ)らせてそうな感じだから」

「ふぅん。心外だなぁ……。なら茜君は想像(イメージ)通りっていうか、やっぱりというか。一人なんだね」

「別にいいだろ。それに普段は隣に苗がいる」

「君達、よくつるんでるもんね」

そういえば、俺と苗はあまりにも、いつも一緒だから、そっち方面の噂が立っていた事もあったな。

むろん冤罪だが。

「なぁ、しきざ……、菜子。この前の事なんだけどさ」

「茜君、家どっち?」

「え、俺は駅方面だな」

「じゃあ、歩きながら話そ」

一方的に会話をたたまれた。


「茜君、〈災厄〉で記憶を失ってるって聞いたけど、本当?」

『めでたい』を出るや否や、菜子はいの一番に口を開いた。

俺はなぜか菜子と肩を並べて、お互いにたい焼きを頬張りながら歩いていた。

ちなみに俺は買い物袋を手首に吊るしている。菜子は手ぶらだ。

ただ、たい焼きを買う為だけに出歩いたのだとすれば、こいつもけっこう物好きだな。いや、甘味好きか。

こんな所をクラスの誰かに見られたくはないな。変な噂になると面倒だ。

「それ、誰から聞いたんだ?」

訊ねながら、俺には大体の目星が付いていた。

「苗君から聞いたの」

やっぱりか……あの馬鹿。鼻の下伸ばして、菜子に媚びる姿が目に浮かぶ。

「別に隠すつもりもないしな。あぁ、そうだよ」

「まったく何も覚えてないの?」

「まったく何も覚えてないな」

「そっか……」と、僅かに視線を伏せる菜子。

その横顔へちらりと視線を投げ、今度はこちらから踏み込んでみる。

「そういえば、自己紹介の時に四年前までは東京に住んでたって言ってたな。お前も被災者なのか」

「まぁ、そうだね。うん」

なんとも歯切れの悪い返答だ。

これ以上の追及は避けておいた方がいいのか。と、俺は矛先を〈ヒーロー五人伝〉へ逸らす。

「で、さっき言おうとしてた事なんだけどな、お前って『ヒーロー』になりたいの?」

「お姉ちゃんが『ヒーロー』だからね。ちょっと憧れ、みたいなものもあるけど……仕事にしたいとは思ってない。かな」

『ヒーロー』と一概に括ってはいるが、その在り様は幾つかに枝分かれする。

まず七色機関の派遣課に所属し〈一区一色〉の元、国内各地の治安維持に務める『ヒーロー』だ。

彼等は『怪人』を粛清、連行する任を全うし、七色機関から定期的に配給を受けている。

つまり、職業としての『ヒーロー』になる。

菜子の姉である〈七極彩〉の〈藍〉━━式咲(しきざき)叶子(きょうこ)は例外だろうが、基本的に『ヒーロー』の給与は世知辛いものらしい。

また金銭が絡む為『ヒーロー』としての倫理感が問われる場面も珍しくない。言い換えれば、正義感ではなく金で動く『ヒーロー』も少なくはない。という事だ。


その方面で言えば〈七極彩〉の〈黄〉━━庄土葉(しょうどば)(こう)は有名だ。

『怪人』の絡まない暴動を見過ごして、定時帰宅した事を報道陣に問われ「金にならない『ヒーロー』はやらねぇ」と啖呵切った男だ。


残りは私立探偵などに似た体系を見せる独立『ヒーロー』だったり、Eins過適合を遂げながら、普段は別の職務に準じる限定『ヒーロー』だったり。

どちらかといえば、七色機関に属さない『ヒーロー』の方が、慈善的で正義の味方らしい活躍を見せている印象さえある。

ただ、不評が覗くにしても、それ以上に〈七極彩〉を筆頭に据える七色機関が残した功績は多大であり、(もたら)す影響力は絶大だ。

だからこそ七色機関教育支部の門を叩く『ヒーロー』志望者だって、まだまだ健在だったりする。

「茜君、『ヒーロー』になりたいの?」

「いや、進路先として悩んでる訳じゃないんだけどな……ちょっとだけ突っ掛かってるんだ」

「大好きな妹さんの為?」

「なっ、それ……」

「うん、苗君から聞いた」

言葉に詰まって、立ち尽くしてしまう。

どうやら苗の奴、菜子とお近づきになりたくて随分と俺をネタにしてくれたらしい。

「だから、あんな……、その。コスプレなんかして……ぶっ」

堪えず吹き出す菜子。

出会った当初、この女に笑われた記憶が蘇る。

「言っておくけどな、俺はまだあの馬鹿らしい真似を続けるつもりだぜ」

「茜君はEins過適合者を甘く見過ぎ。本当に危険だよ」

「だとしても退けないな」

「だけど、あんなんじゃ……ぶっ」

また笑われた。

「もう……」

溜息を挟んで、しばらくすると、菜子は妙案を思いついたのか、きっと表情を変えた。

「明日の放課後って暇?」

「苗と街中を徘徊するつもり」

「そっか、暇なんだね」

「おい、おまっ」

「今さ、私、押切区の教育支部に通ってるの。ピノ君やトルテさんも一緒なんだけど、どう?茜君、見学に来ない?」

聞き慣れない名前に首を傾げていると、菜子は補足してくれた。

「ほら、この前の男の子と猫さん。男の子がピノ君で、猫さんはトルテさん。二人とも過適合者だけど、今まで教育支部に通ってなかったんだって。それを聞いた大臥さんが、二人を勧誘したのよ」

「あの猫どうなってんだよ」

「それが……本人もよく分からないみたい。記憶喪失なんだって……茜君と同じで」

含んだ言い方をされ、俺は眉をしかめる。

「あんまり気乗りしねーなぁ」

対して菜子はたい焼きの尻尾をぱくっと口中へ放り込むと……。

「決まり。それじゃあ、また明日ね」と強引に取り決めた。


交差点を曲がって、早足気味に離れていく後姿。

濃紺色の長髪が横風にさらりとなびいていた。

見上げれば、天蓋は暗色に塗り変わりつつあった。


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