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Eins (アインス)  作者: えんじゅ
【銀火葬編】━━〈災厄〉に眠るものよ。安らかにあれ。
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茜〈銀焔〉①

〈椚〉


(くぬぎ)。君はさ、鎖国を知っているかな?」


干鉛(ひなまり)……間違った。安藤(あんどう)誠一(せいいち)の問い掛けは唐突なものだった。

画一的な顔に、酷く貧小(ひんしょう)な声。

そこにあるものを見ているようで、俺、僕には見えない何かを見据えているかのような虚ろな眼差し。

墨を落としたかのような細い頭髪は、短過ぎず長過ぎず、癖もなく、さらりと伸びていた。

どこにでも売ってそうな無地のパーカーに、これといった加工も見当たらないジーンズ。

俺、僕のハイセンスな身形(みなり)と並ぶと、貧相さが際立つ。

まぁ、本人はそんなこと微塵も気には留めていないだろうが。


俺、僕と安藤誠一は押切駅を東口から抜け、ある目的地へ悠々と歩を進めていた。

押切駅の方角からは甲高いサイレンが鳴り響いており、脳を揺す振っている。

無残な瓦礫の山と化した街中を横目に流しつつ、俺、僕は喧嘩腰で答えた。

「あぁ?馬鹿にしてんのか?」

「わからなければ……馬鹿にするかな」

ゆっくりとした足取りのテンポに合わせて、安藤誠一はのんびりと言い返してきた。

「ふぅん。なめられたもんだぜ。で、そのさこくとやらは何だ?雑穀米の仲間か?」

さっこくまい。なんて単語が脳裏を過ったが、口に出すのはやめておく。

斜め前を歩く安藤誠一が、これ見よがしに嘆息した。

だって仕方ねーじゃん。俺、僕は学校なんて通ってなければ、甘酸っぱい青春さえ謳歌できなかった童貞のコミュ障なんだぜ?

なにかを期待されれば、失望で返す。それが萩原椚の処世術もとい生き様なのさ。


「昔ね、この国は外との交流を断とうと試みた。正しくは断つのではなく規制する……海禁政策とも呼ばれるけど、中には幕府の考えを誤った方向で受け取り、正しく孤独を追求した人達も居たんだ。そして、彼等は絶対的な……物理的な隔離を追求した。その結果、どこに行き着いたと思う?」

「中央区とか?」

「昔の人達は、その隔離を島に求めた」

無視すんなよ。

「クローズド・サークルか」

「まだ誰も死んでいない」

と、安藤誠一の切り返し。

「名探偵は命を救わない」

「名探偵が救うのは、物語を読み進める読者(ぼくら)だ」

仮にも作家だからか、妙に納得させられる言い回しだ。

安藤誠一はあくまで貧小な声を荒げず、訥々(とつとつ)と続ける。

「椚、君と話すと、いつも話が逸れていく……。けど、クローズド・サークルとは言い得て妙かもしれない……隔絶の内外はお互いに干渉し合えない。……つまり、枠内で何が起きても外部に伝わらないのと同じで、枠外で何が起きようとも、内部には伝わらない」

「とどのつまり、世の中、わからないことだらけって事だろ?」

「そう端的に言われてしまうと、身も蓋もないね」

「で、何が言いたいんだよ?」

「隔絶された孤島は、独自の歴史を紡いでいく……」

「外国から見たかつての日本そのものだな」

「やがて、一人の男がその孤島に漂着するんだ」

え、これ物語形式なのか?やべぇ、全然興味ねぇわ。

「果たしてその男は、孤島の民に歓迎されると思うかい?」

「そんなの言い切れるもんじゃねぇだろ」

俺、僕は不機嫌さを露わに吐き捨てた。

異文化交流に対して寛大なのか、それとも狭量なのか。

結局の所、価値観に依存するとしか言えない。

「滅んでいたんだ」

「はっ?」

「その島の人々はとうの昔に滅んでいた」

おい、質問がずるいぞ。

「で、男は疑問に思う。なぜその島の人々は滅んだのか?……話すと長くなるから、種明かしするけど、原因は渡り鳥による奇病の蔓延だったんだ」

「ふぅん。そうだと気付いた時点で助けを求めれば良かったのにな」

「僕が思うに。勇気が足りなかったのだろうね」

「なんだそれ」

ぼそりと呟く反面、いつかの心境が沸き立った。

忘れた筈の忌々しい過去が、津波となって現心をのみ込んでいく。


━━誰かに救いを求めちゃ駄目なんだよな。


「誰かに助けを求めるという行為には、実はとても勇気が必要なんだ。勇気とは、失敗を想定して求められる。鎖国の時世に重ねて言えば……当時、スペインのガレオン船が台風に襲われて、仕方なく、土佐国に漂着したという事件がある。そうして助けを求めた彼等に、日本はどう対応したと思う?」

「……それが質問になる時点で、良い結果じゃなかったんだろ」

「そうだね。彼等は豊臣秀吉の元から派遣されてきた奉行によって、所持品をすべて没収された」

「まぁ、命があるだけ幸運だったんじゃねぇのか」

「更に追えば、それが〈二十六聖人の殉教〉の発端とも言われている」

「にじゅうろくせいじんのじゅんきょう?」

夕方の子供番組みたいに、たどたどしく復唱した。

「……京都に暮らすキリスト教徒などが捕縛され、ゆくゆく長崎へ連行されていくことになるんだ。そして……二十六人の聖人は、長崎で処刑される。その一行には齢十二の少年が紛れていてね。気の毒に思った男が、信仰の放棄を条件に助けようとしたんだ。でも、少年は助けを拒み、処刑を受諾してしまう」

「結局、何が言いたいんだよ」


「悲劇は━━外部からは止められない」


きっぱりと断言する安藤誠一の声色は、先程からけたたましく鳴るサイレンの(おと)()を繕うように、すっと耳を通した。

「ずいぶんと悲観した物言いだな。俺、僕も、まぁ同類だからさ、これといって口を挟むつもりもねーけど」

世のヒーロー様なら、口を揃えて「悲劇は止められる。いや、止める」とか(おっしゃ)いそうだ。

「仁衛はEinsによる悲劇の結末を〈銀〉で覆そうとしている。夕藤(せきとう)(まもる)の罪を、夕藤(せきとう)(あかね)に償わせようとしているんだ」

「あいつが〈銀〉だったのは偶然じゃねぇのか?」

「〈銀〉の移植には、仁衛も一枚噛んでいるんだよ。それに……椚。君が殺した古賀(こが)大臥(たいが)もね」

「へぇ。俺、僕は押切区で暴れれば〈一区一色〉━━押切区のヒーローが来るだろうから、そいつを殺せとしか言われなかったな」

そもそも赤神仁衛がふらりと〈歪曲〉の瞬間移動により、東北で遊んでた俺、僕の前に姿を現したのが……〈永久切〉の発端だった。

〈歪曲〉での瞬間的上京は断り、のんびりと人を殺しながら南下していった。

まぁ、東京までの道中で起こした殺人は、単なる金銭目的だったが。

だって、折角さ、東京に来るなら、美味しいものいっぱい食べたいじゃんか。

ハンバーガーとか、ハンバーガーとか?……あとハンバーガーとか。

いや、肉とか魚とか。いろいろあるじゃん。


「元々〈銀〉の過適合者は━━古賀大臥なんだよ。だから……彼の死が〈イヴの共鳴〉を起こし、夕藤茜の〈銀〉が目覚めた」


「死がきっかけねぇ……当てずっぽうにしか聞こえないけどなぁ」

「〈イヴの共鳴〉の起源である〈赤〉として━━仁衛はそう確信していたよ」

「あの人はなんで、そこまでしてEinsを目の敵にしてるんだ?そもそも、あんたら〈罪色樹〉はEinsを売り捌く組織だろ?」

安藤誠一は、そういえば話してなかったね。と付け加える。

「〈罪色樹〉なんて組織は実在しない。あれは七色機関が僕らの足取りを掴む為に流した(デマ)だよ……どうやら、その名に便乗して裏取引してる連中は居るみたいだけど、どれも無関係さ」

「ふぅん、なら……あんたらは〈災厄〉からの四年間。二人して何やってたんだ?」

「元は三人だね。仁衛はそのまま〈銀〉の行方を……夕藤茜を探していた。僕は七色のEins細胞を宿す第一個体(このからだ)と適合する為に必死だったよ。あとは今まで通り執筆活動さ」

「三人……?」

俺、僕が上京して顔を合わせた〈罪色樹〉は赤神仁衛と安藤誠一の二人だけだ。

「ザッハ・ヴァリア・レイン……彼も僕達の仲間だった。僕の〈虹〉にも協力してくれたよ。けど、僕らの企ては〈緑〉と〈鵺〉に見抜かれていたんだ。だから、あの日……彼等は〈災厄〉に乗じて僕達を消そうとしていた」

〈鵺(シグナル・シャドウ〉か。

ふと〈鬼祭り〉での遭遇を思い出した。

ぶっちゃけあのEinsは反則だよな。

自在な姿形の変異に加えて、己の肉片を昆虫などに変化させて手駒とする。

潜入や盗聴、偽装や詐取(さしゅ)など。なんでもござれだ。

それこそ、素性を〈緑〉に(おお)う懐森檜士の懐刀としては、〈鵺〉はこれ以上ないくらい適役だと思えた。

「だから、そろそろ迎えに行こうかと思っているんだ」

そこで、安藤誠一は歩く調子をやや速めた。

辺りに転がる他のそれには一瞥もくれず、迷いのない足取りで近付いていく。

その先に蹲る影を確かめようと、俺、僕は目を細める。

けど、会話は途切れない。

「はっ?誰をだよ?」

「彼の娘をさ」

安藤誠一は口ずさむ様に、軽やかに告げた。

ちょっとご機嫌みたいだ。

つうか、ザッハ・ヴァリア・レインの娘って言えば、〈七極彩〉の〈橙〉ことミニス・ヴァリア・レイン……か。

面識はねぇけど、俺、僕と同い年らしいし、可愛ければいいなぁ。

それか、斬り晒し甲斐があるくらいに生意気な奴だと嬉しいぜ。

先輩としてしっかり教育してやんねーとな。


散乱した瓦礫片から漂う埃臭さが、鼻先をくすぐった。

元は高層ビルだったと思わしきセメント壁を背中にして、ぐったりともたれかかっている色褪せた〈赤〉。

「で、こいつはどっちなんだろうな?」

「どうだろうね」

俺、僕と安藤誠一は、その死骸を見下している。

感傷と呼べるほどの何かは沸き立たなかった。

安藤誠一の横顔を盗み見るが、それこそ……目の前には映らない遠景を望むかのような、虚ろな眼差しのままだ。

〈赤〉の指からEinsをそっと引き抜いて、自らの中指に通す安藤誠一。

両隣の指の根には、既に〈橙〉と〈青〉のEinsが馴染んでいた。


━━さて、どちらにせよ。これで三色だ。


やはり酷く貧小な声だった。


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