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Eins (アインス)  作者: えんじゅ
【銀火葬編】━━〈災厄〉に眠るものよ。安らかにあれ。
34/41

金〈決別〉②

〈茜〉



━━お姉ちゃんをこっちに渡して。


式咲(しきざき)菜子(なこ)の語調には、有無を言わせない迫力が込められていた。

起伏に乏しく……「変な事を考えないで!!」菜子が叫んだ。

いや、声だよ。

起伏に乏しく……「ふざけないでってば!!」

だから声だってば。ってか、なんで心の声がばれてんの?。

もういいです。起伏に乏しいのは菜子の……「茜君っ!!」はい、なんでもないです。ごめんなさい。

庄土葉(しょうどば)(こう)。どうして菜子達を呼んだ?」

「あぁ?なに決めつけてんだ……殺すぞ。俺が、んなめんどくせえ事するかよ」

唾を吐いて、不機嫌そうに声を荒げる庄土葉洸。

なら、どうして菜子達は教育課に待機していた?

決まってる。

〈三森〉であり、〈七極彩〉の〈緑〉━━懐森(かいもり)檜士(かいし)の仕業だ。

〈緑〉はどこまで状況を把握しているのだろうか?

押切駅無差別惨殺事件における俺の〈銀〉覚醒については、当然〈緑〉の耳にも届いている筈だ。

事件後に再会した時の菜子の言動からも、疑う余地はない。

だが、ミニスや命琉。それに叶子さんの〈七極彩〉離脱や〈鬼〉こと東雲紫於の合流。そして、七色機関に対する敵対の意思。

懐森檜士はそれら全てを看破した上で、俺達を始末しようとしていて……。

だからこそ、隔離された〈災厄〉の地へ続く地下道が残された教育課第二支部に、菜子達を伏せたのか?

ちょっと無理がある気がする。

「庄土葉洸。あんたに確かめたい」

「……んだよ」

「叶子さんを救えるんだな?」

「さぁな」

即答だった。故意に悪態を突いている。というよりは、つい本音を漏らしてしまった。という響きだ。

「ちょっと、洸!!」

隣に立つミニスが声を張り上げた。

「あぁ、忘れてたな……おい、ミニス。てめぇもこっちだ」

「な、なんでよ」

「約束だろうが。叶子が助かったら、てめぇは俺の玩具(おもちゃ)だ。責任持って壊れるまで愛でてやるからよ……安心しろ」

「……っ」

下卑た笑みを浮かべる庄土葉洸、苦虫を噛み潰したかのような表情を作るミニス。


「ふざけんなよっ!!叶子さんもミニスも……あんたと同じ〈七極彩〉だろっ!!仲間じゃねぇのかよ!!」


「っくく、おいおい、笑わせんなよ?……〈七極彩〉っつうのは、そういう仲間意識とは無縁の集まりだ。俺は灯真さん以外の〈七極彩〉は認めてねぇし、ぶっちゃけ……叶子がどうなろうと知ったこっちゃねぇ」


庄土葉洸の暴言を受けて、さすがに菜子も慌てていた。

「約束が違います!!」

「……うぜぇな。助けないとは言ってねぇだろうが。やるだけはやってやる。……けど、死んじまってらそれまでだ。俺だって死んだ奴は再生できねぇからな」

再生と蘇生は違うんだぜ。と猫背を更に縮こまらせつつ、庄土葉洸は吐き捨てた。

「ほら、さっさと叶子をよこせ」

「あんたの変身なら、距離は関係ないだろ。そっちが先だ」

「舐めた口きいてんなよ?主導権がどっちにあるのか……一々説明してやるほど俺は親切でも、気長でもねぇぞ?」

「……わかった」

叶子さんを背負ったまま、俺は一歩、ゆっくりと前へ踏み出す。

「あかねっ!!」

「茜お兄ちゃん!!」

後ろからミニスと葵の声が重なる。

菜子達と対峙してからは終始ほぼ無言の命琉と紫於は、やはり沈黙を一貫したままだ。

ちらりと、ピノへ視線を送る。

下唇を噛んで、眉間に皺を寄せながら、こちらへ目を凝らしていた。折角の美少年っぷりが台無しだ。

俺達が対面した直後、命琉はピノの名を呟き、ピノは紫於の名を呼んだ。

両方の語気から推し測るに、あまり良好な関係とは思えなかった。

なんだか〈(おれ)〉と〈(あいつ)〉の因縁にも近い気がする。

また一歩。踏み込む。

「……茜君」

耳を叩く、ささやかな息遣い。

更に一歩。菜子達との距離が詰まり、葵やミニスの気配が遠のく。

「駄目だっ」

意識を取り戻した叶子さんが声を上げた。

喉の奥から無理矢理に絞り出したかのような、微かな呻きだったが、どうやら菜子にも届いたらしい。

「お姉ちゃんっ!!」

安堵からか、声が一段と弾んでいた。

ほぼ同時に、庄土葉洸がこちらへ駈け出していた。

庄土葉洸らしかぬ突発的な行動に困惑し、俺は反射的に身を強張らせる。


不思議と━━時の流れが(とどこお)った。


庄土葉洸が右手を伸ばしながら、接近してくる。

俺か庄土葉洸か。どちらかがあと一歩踏み込めば、触れられそうな間合い。

そこで不意に襟首が掴まれ、乱暴に後ろへと引っ張られた。

姿勢が仰向けになって傾いていく。

俺を後ろへ突き飛ばして、叶子さんが庄土葉洸の前に立ち塞がった。

「……叶子さん?」

疑問に答える間もなく……彼女の背中が突き破られる。


━━その腕は異形を成していた。


羊の螺旋角、蛇の(かしら)、鷲の鉤爪(かぎつめ)、猿の腕。

無作為に混合された人外のパーツが、俺の眼前でおぞましく蠢いていた。

異形の腕が引かれ、代わりに血飛沫が顔面を襲う。

俺は咄嗟に両目を(つむ)った。

菜子の甲高い悲鳴が鼓膜を揺さぶる。

「あかねっ!!叶子さん!!」

ミニスが叫んでいた。

膝から崩れ落ちる叶子さんの脇から、庄土葉洸の眼光が垣間見えた。

叶子さんを肘で払いのけ、俺に迫る異形の腕。

「命琉っ!!」

「……間に合わない」

紫於と命琉の怒鳴り声が遠かった。

変身(チェンジ・オーバー)っ」

葵があの言葉を口走っていた。

「にゃあっ!!」

トルテが、ピノの腕から勢いよく跳躍していた。

変身(チェンジ・オーバー)デス」

ピノが優雅に指揮棒を振るう。

「……どうして……」

叶子さんの元に駆け寄る菜子の表情は絶望で醜く歪んでいた。


「ミニス、来るなっ!!」


庄土葉洸は口の端を三日月の如くつり上げている。


「悪く思うなよ……茜」


それは本当に些細な……余程、付き合いが長くなければ気付かないような。微かなイントネーションの違いだった。

けど、俺には分かる。いや、俺だからこそ分かるんだ。

よく一緒に遊んだから。

二人でくだらない事ばっかして、馬鹿みたいに笑い合って、そんな日常がなによりも楽しかったから。

絶対に聞き間違えたりはしない。


「……苗なのか?」


しなる蛇の頭が左側の脇腹に喰らいつく。


「よくわかったなぁ。さすが茜たん」


突き出た螺旋形の角が左肩の間接を貫く。


「……なんで……」


庄土葉洸の容貌が醜く捩じれていく。

頬肉が波打ち、眼球が隆起し、鼻頭がひん曲り、骨格がばきばき。と怖ろしい音を奏でながら、暴れ狂っていた。


獰猛な鉤爪が二の腕を切り裂く。


「……お前がっ」


庄土葉洸の輪郭が崩れ、告蜜(つげみつ)苗として再構築されていく。

衣服までもが激しくうねり、着実と形を変えつつあった。


猿の腕が首を絞め上げる。


「……っ!!」


呼吸ができない。喉が潰れそうだ。

とても人間が━━苗が捻り出せるとは思えない怪力だった。

思考が霞み、意識が薄れていく。

声にならない喘ぎに、舌が痙攣していた。


━━にゃあっ!!

その猿の腕に、トルテが噛みつく。

反動で猿の腕から解放される。

左腕がだらんと脱力していた。関節が外れたのだろうか。

俺は咳込んで涙ぐみつつも、苗を見上げた。


「……どうして、お前がっ」


苗は答えずに、噛みついていたトルテを、腕から伸ばした複数の蛇の頭で縛り上げた。

今度はトルテが苦しそうに呻く。


「やめろっ!!」


「この猫。やっぱり……ザッハの残滓だったのか」


ザッハ。その名前を耳にしたミニスがうわ言の様に呟く。


「……どういうこと?」


ゆらゆらと━━視界にしゃぼん玉が漂っていた。

葵のEinsだと気付いた瞬間。

表面が次々と凍りついた。

浮遊したまま氷結するしゃぼん玉は、まるで透明な小惑星みたいだ。

ゆっくりと足元を転がるものもあれば、宙で枝を伸ばすみたいに結晶を成長させて、破裂し薄紙を散らすものもあった。

ピノのEins〈薄氷〉が苗の周囲に氷の山を築き上げていく。

「トルテを離すのデス!!」

次いで紫色の極光幕(オーロラ)が頭上に広がっていく。

鋭い雷鳴が奔り、トルテを縛る蛇を穿つ紫雷。

ぼとり。と千切れた蛇が床を踊り、トルテが俺の足元に着地を決める。

「……大人しくして」

幼い過適合者達から一斉に牙を向けられた苗がぼやく。

「ピノ君。君の敵は俺じゃないだろ?ほら、あそこのお兄さん。親の仇だよね?忘れてないよね?」

変身した命琉の隣に立つ紫於を指差す苗。

「……忘れてなんか。ないデス」

復讐を促されたピノが、紫於目掛けて薄氷を這わせる。

足元に迫る氷を紫雷が砕く。

「……おめぇが檜士の懐刀〈(シグナル・シャドウ)〉か」

対する紫於が厳かに訊ねた。


「あぁ、うん。もう隠しようもないしね。そうだよ、俺は〈鵺〉として、〈緑〉の命令で茜を殺しにきた。あと、ついでに〈災厄〉の失敗の後始末もしようと思ってたり」


「嘘だろ?」


「嘘だとするなら、それは……茜と一緒に居た時の俺が。だよ」


「最初から騙してたのか?」


「〈金〉の監視役として〈藍〉が常に傍に居たように……〈銀〉にも監視役が必要だったんだ。ね、葵ちゃん」


今、なんて言った……?


「いやー笑いを堪えるの大変だったんだよ。茜がいっつも葵、葵って自慢するからさ」


ゆっくりと背後を振り返る。

可愛らしい変身姿で、ビニール傘を肩に掛けて立つ少女。

葵は……決して目を合わせてはくれなかった。

弁解は必要ないのだと、曇った表情が告げている。


「雨頃家は〈銀〉の経過観察を契約に、七色機関から解放されたんだよ」

苗の声が脳を殴り、胸を貫いていく。

「……ははっ。俺、馬鹿みたいだな」

記憶を失った俺を救い上げてくれたのは誰だった?

俺は誰のヒーローになりたかった?

大人になったら一緒に暮らそうと約束したのは、誰だった?

この四年間で俺が築き上げてきたものが。音も無く、ばらばらと崩れ落ちていく。

欠片を拾い上げても、元の形なんて思い出せなかった

〈災厄〉の記憶喪失にも劣らない欠落。

それは自我の拒絶。喪失の受諾。

生きる意味を見失えば、その言葉が零れるのは、正しくさえ思えた。

SOS信号に答えてくれるヒーローなんていない。

刹那的な衝動が、壊れかけの心に吐かせる。


━━なら殺せよ。



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