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Eins (アインス)  作者: えんじゅ
【銀火葬編】━━〈災厄〉に眠るものよ。安らかにあれ。
30/41

赤〈創生〉①

〈青〉


━━子供の頃の夢は言えますか?


押切駅の改札口を抜けると、そんなフレーズが目に入った。

どうやら資格関連の教材を販売する会社による広告らしい。

僕ももう今年で28歳か。

なんや、人生なんてあっという間やね。

手品師に憧れてた。理由はテレビで見たからだ。

その次は菓子職人に憧れた。理由は誕生日ケーキが美味しかったからだ。

次は野球選手。ほんで、漫画家、ジャーナリスト、服飾デザイナー、焼き鳥屋、警察官。


ヒーローになりたいなんて思うた事あらへんし、ほんまヒーローになるなんて思わへんかった。


生まれは宮崎、育ちは愛知、進学に伴って大阪へ、就職で東京へ、そんで京都に転勤。でもって、今はまた東京に戻ってきてる。

その度に現地の言葉遣いを真似ようとして、結果、ぐちゃぐちゃになってもうた。

高校の教師は、進路相談の際に僕にこう言っとった。


もう少し自分の意見を主張したらどうだ?


自分の意見ちゅうもんが、なにを意味しているのか?なにが自分の意見なのか?

ようわからへんかった。

ただ周囲の求める自分を演じてれば、それでずっと楽に生きられたから。それでええやん思うとった。

ヒーローになったんやって、親の勧めでEinsの教育課に通い出したら、たまたま過適合して、たまたま〈七極彩〉なんて冠を与えられたからやし。

人を救う仕事ちゅうのは、あんまり実感できへんかった。

『怪人』が出たら対応してくれればそれでいい。

そう聞かされとったし、それが分かりやすかったから。他には何もしなくてええねんな。と気楽に頷いた。

けど、実際は全然違っとった。

僕が『ヒーロー』を名乗れば、子供達は瞳をきらきらさせて何かを期待するし、大人達は訝しんで眉を潜めた。ほんで弱者は僕に助けを求めて、強者は僕を邪険にした。

環境に馴染んでひっそりと生き抜いてきた僕にとって、そういった起伏は許容限界やった。

一時期、適応する癖も忘れて、僕は自暴自棄になっとった。

『ヒーロー』なんて仕事に、一秒たりとも誇りを抱かへんかった。

生活の為なんだと、朝起きる度に言い聞かせて家を出とった。

そんな荒んだ時期が終わるなんて思いもせんかったし、同窓会の紹介状すらこない僕に、友達ができるなんて思わへんかった。

〈七極彩〉は七人の過適合者で構成されとった。

つまり、僕以外にも六人━━赤橙黄緑青藍紫を冠する人間がおった。


〈赤〉の赤神(あかがみ)仁衛(じんえい)

〈橙〉のザッハ・ヴァリア・レイン。

〈黄〉の庄土葉(しょうどば)(こう)

〈緑〉の懐森(かいもり)檜士(かいし)

〈藍〉の式咲(しきざき)叶子(きょうこ)

〈紫〉の東雲(しののめ)紫於(しお)


〈赤〉と〈緑〉の二人は疎遠やったけど、他の四人はよう仲良うしてくれた。

まぁ洸の場合は、僕らに無理やり引き摺り回されとった感が否めへんけど。


〈七極彩〉なんてけったいなもんになってよかった。初めてそう思えた瞬間。


━━出来る事なら友達の力になりたい。それが28歳のおっさんが抱くたったひとつの願いやった。



「久しぶりだな……朝霧(あさぎり)蒼乃介(そうのすけ)


週明けの早朝を迎える駅は、登校や出勤に向かう人でごった返しとった。

汗や息で蒸し返し淀んだ空気は、吸えば肺に不純物を蓄積させる気がして、清々しい筈の朝の心地も悪い。


「俺、僕の事なんて覚えてねぇよな?」


変な子供に絡まれたなぁ。

僕を〈七極彩〉と知って声を掛けてくる人は珍しくもない。

遅刻しとうないし、適当にやり過ごそ。


「すみませんが、どなたでしょうか?」


「っは!!心底、愉快だぜ。今のあんたはそんな話し方をしてんのかよ?」


色素の薄い茶髪に色白な素肌。けったいなピアスを幾つも右耳に垂らしている。

右側の前髪に黒髪の束が混じっており、その束だけがやや長めに目蓋まで差し掛かっていた。

悪趣味で派手な服装をしており、ふてぶてしい面持ちは大人を舐め腐ってると言わんばかりだ。


「あの、僕も仕事なので。用件がなければ失礼します」


電車なんて使うんやなかったな。

車は混む思うて止めとったけど、そらこういうパターンもあるか。


「くだらねー仮面はさっさと剥げよ。ったく、仕方ねぇな。なら、これでどうだよ?」


少年は周囲の混雑など気にも留めず、両腕を精一杯広げた。

肩をぶつけた女性が眉間に皺を寄せていた。


━━変身(チェンジ・オーバー)だ。


突然の発光に襲われて、一瞬だけ喧噪が吹き飛ぶ。

なっ、こいつ正気かっ!?

濁り気味のカーキ色で仕立てられた軍服は、少年の体型に合わせて絞られており、学生服に見えなくもなかった。

詰襟が窮屈なのか、変身を終えた少年はすぐさまホックを外し、一番上のボタンを取り払っている。

少年は続けて片腕を掲げた。

僕だけでなく、近くで立ち止まった人々の焦点もが、そこに誘導されていた。

淡い微光が細長い何かを模る。

薄れていく光。残ったのは一本の軍刀だった。

なんや!?なにをするつもりやねん。


「おい、有象無象ども。恨むなら、この場に居合わせちまった事を恨めよな」


躊躇い無く振るわれる刀。

鮮血が(ほとばし)り、瞬く間に悲鳴が伝染していく。

眉間に皺を寄せたままの頭が、足元を転がった。

軍刀の刀緒(とうちょ)が宙を踊り、刃先が描く軌跡が幾重にも人を斬り刻んでいく。

突然の人的違反(シグナル・レッド)━━日常を脅かす『怪人』に立ち向かうのが、僕ら『ヒーロー』の役目なんや。


━━変身(チェンジ・オーバー)や。


「へぇ、それがあんたの変身姿か。狐のお面だなんて、いかにもあんたらしいじゃねぇかよ」


「じぶん〈永久切(とわぎり)〉やね?どういうつもりか知らへんけど、大人しくせぇや」


押切駅の改札口前はつい数分前とは一変し、あれほど蒸し返していたじめったさも退き、離れた喧噪は━━怯えや慄きなど異なる質を孕んどった。

まるで蟻の如く逃げ散る人々を遠目に、再度〈永久切〉へ呼び掛ける。


「この前の無差別惨殺事件といい、なにを考えとるんや?ただのキチガイなんか?」


「あんたが死ねば〈藍〉の傷が蘇るらしいじゃねぇか。〈藍〉が〈銀〉の枷になってるのが〈罪色樹〉としては不都合なんだってよ。だからさぁ、俺、僕がわざわざ来てやったんだぜ?」


ひらり。と切っ先が弧を描き、眼前を横切った。

〈永久切〉は左手にも軍刀を輝かし、その刃を躊躇いなく薙ぐ。

身を屈めかわすと、相手の足元を掬う様に靴先で床を擦った。

あぶねぇ。と飛び退いた〈永久切〉へ距離を詰める。

彼の手元を狙って、指の先を真っ直ぐに伸ばした。

が、〈永久切〉は届くか否かのタイミングで呆気なく刀を手放す。

翻る刀緒に指の腹が触れ、軍刀が宙に━━〈凍結〉した。


「やっぱ〈七極彩〉が相手だと、難易度も規格外(エクストラ)だな」


空中に浮いたまま、硬直している軍刀を見据えながら、〈永久切〉は愉しそうに呟いとった。


「なんで叶子の〈凍結〉を知ってるん?誰から聞いたんや?」


〈災厄〉の日。

叶子は〈金〉を……いや、菜子ちゃんを庇って〈銀〉から致命傷を受けた。

その傷を僕は〈凍結〉させとった。

僕は〈七極彩〉の中でも一番地味やと言われとる。

けど玲なんかは、そのEinsの持続性こそが〈七極彩〉に選ばれた異常だと話しとった。

僕のEins〈凍結〉はなんであれ……触れた対象の流動を止める。

そして、その効果は無期限や。変身を解いても〈凍結〉は消えへん。

僕が許さない限りは決して再動する事はない。それこそ〈銀〉の焔で〈浄化〉でもしない限り……絶対や。


「さぁな。俺、僕はただの捨て駒だからさぁ、詳しい事はわかんねぇよ。けどまぁ、……干鉛(ひなまり)(じじい)なんだろうなぁ」


〈罪色樹〉と、干鉛なんていうもの珍しい姓の結び付きは、ある人物を連想させた。

七色機関教育課の元総責任者━━干鉛(ひなまり)鉛治郎(えんじろう)

玲の前任者であり、元〈三森〉の一人。


「そういえば〈三森〉って、それぞれの名前に『森』の字を当てる決まりでもあんのかな。森堂玲とかいう兎は本名らしいけどよ、他の二人はわざわざ偽名を名乗ってまで〈三森〉を成してんだろ?」

「偶然ちゃうん?そもそも干鉛鉛治郎やて、それらしい文字は入っとらんやん」

「あれ、知らねぇのか?……まぁ、どっちにしろこじつけなんだろうけどさぁ、干鉛の爺ってさ本を書いてるんだぜ?━━安藤誠一って名前でさ。(ふじ)って、一応は植物の名前らしいじゃねぇか」

「……こじつけやん」

「っはは。やっぱそうだよなぁ。あの爺さん『僕はあの二人にとって、蔦として纏わりついていただけのお飾りでしかなかった』なんて気取った事言ってたからよ。……にしても、作家って恵まれた仕事だよなぁ。覆面作家って言うんだっけ?素性を明かさなくても働けるなんて最高じゃねぇか」

〈永久切〉の安直な発想に対して、僕は溜息を返した。

「それな、作家の方々に言うてみ?じぶん、はったおされるで?」

「んなの返り討ちだって。むしろ、俺、僕が正体を斬り晒してやるぜ」

「……そういう意味ちゃうわ」


「さて、と。六課とか来ると面倒だし、そろそろ本気出すぜ」

「その言葉、なんや、駄目人間っぽいで」

「明日から本気出す」

「あかんて」


っは!!と〈永久切〉は鼻で笑い、片方に残る軍刀を床へ放り捨てた。

「随分と余裕そうだなぁ、おい。なら、お望み通り見せてやるよ━━俺、僕のEinsをなぁ」

吐き捨てると、〈永久切〉は不可視の扉を開くかのように構えた。

そして、両腕を引き離し、真正面の空間を裂いていく。


━━(つるぎ)は層と成りて、永久(とわ)なる斬譜を此岸(しがん)に記そう。


いかにも子供らしく飾った詠唱。

目の先が無数の蛍火で埋め尽くされていく。

やがて、蛍の奔流は……映画『十戒』を思い出させる海割りとなり、お互いの視界を隔絶した。

光の層は一際強烈な輝きを発し、(もや)みたいな残光を漂わせる。


それは正しく━━〈層剣(そうけん)〉やった。


先程の詠唱が脳内で反芻しとる。

見渡せる限りを遮るは、滞空する無数の刀剣。

刃先は、まるで譜を(つづ)る筆先の如く、一様に地を向いていた。、

それらは縦へ、横へと等間隔に櫛比(しっぴ)しとり、僕と〈永久切〉との間で壁を成しとる。


「ほんっと〈罪色樹〉には感謝してるぜ。こうして……俺、僕に過去の清算の機会をくれたんだからさぁ。なぁ━━朝霧蒼乃介。あんたはどこまで耐えられるんだろうな」


〈永久切〉の笑い声だけが〈層剣〉の向こうから聞こえ、次いで、宙に整列しとった剣が一斉に刃先を(ひるがえ)した。




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