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Eins (アインス)  作者: えんじゅ
【茜覚醒編】━━2014年11月30日、〈銀〉が目覚める。
3/41

茜〈邂逅〉①

〈茜〉


街路樹が黄色い葉を道端に散らせ、街中は衣替えの真っ最中だった。

自販機には『あったか~い』の赤が目立つようになり、コンビニではおでんのセールが始まっている。

ショーケースの向こうで優雅にポーズを決めるマネキンには冬物のコートが着せられ、それに習うように、今朝は俺も冬服を引っ張り出してきた。

さすがにマフラーは早いと思ったが、首元を撫でる肌寒さには、ついぶるりと身震いしてしまう。

〈災厄〉の影響か、東京近辺の気象は東北に似通った変化をみせ、今では冬に靴が沈むほど雪が積もる日も珍しくない。

俺はのんびりと歩きながら、昨日の奇妙な鉢合せについて思い返していた。


素直に白状すると、あの状況下で最初に感じたのは安堵だった。

そして、困惑。

商店街を突き抜ける悲鳴を受け、慌てて駆けつけると、眼前には制服姿の女の子の華奢な首元へ腕を回し、周囲へ威嚇する真っ青な肌の『怪人』。

なんともベタな展開である。むしろ、ベタな展開を裏切ってるのは、こちら側『ヒーロー』にあった。

俺はとある事情から既に変身、もといコスプレ済みな訳だが、そんな俺の両隣から「変身」と掛け声が重なったのだ。

驚いて左右を見渡せば、なんと俺の他にも、名乗りを上げた『ヒーロー』が四人も居たのだ……いや、三人と一匹か。

っつか、なんで猫が喋ってんだよ。お前、それ『ヒーロー』じゃなくて『怪人』じゃね?

憐れな『怪人』は開幕一分で五人の『ヒーロー』にのされ(俺は何もしてないが)、おっさん本来の中肉でどっぷりとした腹を覗かせつつ、仰向けに失神した。

で、最初に焦点が向いたのは、一番右端に立っていた虎縞の猫だ。

真紅のヘルメットを被っていた。どうやら、それがあの猫のEins(アインスが見せる変身姿らしい。え、ヘルメットだけ?

ヘルメットが光の粒を散らして変身が解けると、猫は二本足で立ったまま「にゃ、余計な真似を。にゃあ一匹で充分だったにゃ」とにゃあにゃあ喘いでいる。悔しいがちょっと可愛い。

……いやいや、どうなってんの?

Eins(アインス)による人外的な変身は実例もあるらしいが、あの猫……変身が解けても、猫のままだし、喋ってるし。

「それはボクだって、同じデス!!」と、ややかたこと混じりに主張しているのが、反対側の端に立っていた子供だ。

燕尾服に純白のシャツ。そして赤い蝶ネクタイ。

深海を連想させる淡い蒼光に包まれたかと思うと、変身が解け、元の服装に戻っていた。

色褪せた金色の頭髪、エメラルドに似た煌めきを秘める瞳。ふっくらとマシュマロみたいな肌。

男である俺でも目を見張る美少年だった。なんだか危険な道に踏み込んでしまいそうだ。

聞く方が落ち着かない発音のちぐはぐな喋り方と、日本人離れした容姿から察するに……外国人っぽい。西洋系かな?


「もしかして、君。叶子(きょうこ)さんの妹かい?」

「はい、妹の菜子(なこ)です。姉の知り合いでしたか?」

そして、残りの二人だ。

俺の両隣りに立つ男女には、どうやら共通の知人が居るらしく、出会い頭にしては会話が弾んでいた。

「一言二言交わしたぐらいだけどね。よく似てたから。でも、どうしてこの街に?彼女は確か……」

「姉の元に召還令が届きまして、私達、つい先日、押切区へ引っ越してきたんです」

「〈七極彩〉に召還か。何をするつもりなんだろう?」

〈七極彩〉か。……そういえば、さっき叶子とか言ってたな。

つまり、二人が語っている人物は〈藍〉の式咲(しきざき)叶子(きょうこ)だろう。〈七極彩〉の中でも二、三を争う有名な『ヒーロー』だ。

残念ながら一ではない。一は誰もが認める〈赤〉にして〈七極彩〉のリーダー━━完璧超人こと赤神(あかがみ)灯真(とうま)だ。これは満場一致だろ。

「それは私にも教えてくれません」

「でも、どうして『ヒーロー』を名乗ったりしたんだい?〈一区一色〉の規定は知ってるだろう?変に噂が広まれば、押切区を任されてる(ぼく)が困るんだよ」

「……つい。ごめんなさい、えっと」

つい。で許される問題なのか?

「七色機関派遣課第二支部所属、古賀(こが)大臥(たいが)だ。押切区の『(ヒーロー)』を任せられている。よろしくね、菜子(なこ)ちゃん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。大臥さん」

なにやらよい雰囲気で見つめ合う二人。

二人は俺が猫や少年に気を取られていた間に、変身を解除していた。

垣間見た印象だと、大臥って人はちょっと赤かったけど、菜子って女は白かった気がする。

大臥さんの方は黒革のライダースーツに、こんがりと小麦色の肌が映える好青年って感じだ。日焼けした頭髪が茶色く跳ねている。

菜子って女は清楚なお嬢様っぽい。濃紺色の髪は腰辺りまで伸びており、眉間を覆う前髪が幼い印象を与えていた。

日本人離れした山吹色の瞳に陰るまつげが儚さを覗かせている。

水兵服を真似たと思われるマリンカラーなシャツとVネックニット、腰下はミニスカートの裏から黒タイツがすらりと伸びていた。

そこら辺のアイドルよりはよっぽど可愛いと思う。葵には負けるが。

残念なのは起伏に乏しい上半身だろうか?

なんとも可愛らしい私服姿だが、その絶壁は見てるこっちが居た堪れず目を伏せてしまうものだ。

「なんだか不快な視線を感じます」ばれてーら。

「ところで……」

と、大臥さんが俺を振り向く。

真っ直ぐこちらを見据えて、彼は一瞬、瞳孔を(しぼ)めた。


「……それ、Eins(アインス)でもないだろう?生身で『怪人』に立ち向かうなんて正気の沙汰とは思えないよ。今回は僕や……他に過適合者が居たから良かったものの。まったく、もう二度とこんな真似をしては駄目だよ」

この人、自分以外を『ヒーロー』と呼びたくないのだろうか?

他の二人と一匹をあえて過適合者(かてきごうしゃ)と括る辺り、差別的な裏が見え隠れしていた。

過適合者とは、Einsで変身を遂げる者達の総称だ。

そもそもEinsは、人々の暮らしを支える補助機能としての認識が正しい。

七色機関が立ち上げた教育支部へ通い、Einsとの適性を安定させた者には、晴れてEinsの所有権利が認められた。

しかし、稀に過適合と呼ばれる━━Eins本来の変化とは異なる変身を遂げる者達がいた。

彼等、過適合者は変身と共に、非現実的な能力を得る。

Eins自体、まだまだ科学的な解明は成されていないが、過適合者が巻き起こす超常現象ってのは、更にぶっとんでる訳だ。

「ま、まぁ俺にもちょっと事情がありまして」

「なんだい?」

話せば長くなるんだよな。

「ちょっと……妹に『ヒーロー』だって嘘ついちゃって」

あ、一言で収まりきったわ。っつか、苗の奴……逃げたな。せめて、写真だけは撮っておいてくれよ。

「それで、『ヒーロー』の真似事をしたのかい?」

「そういう事になります」

「しょうもない奴にゃあ」

あぁ、猫にまで蔑まれている。

「……ぷっ」

口元を手で覆い、ぴくぴくと笑いを堪えている菜子。なんかこいつ性格悪そう。同じ美少女な葵はあんなに天使だと言うのに。

「でも、そのスーツカッコいいデス!!」

男の子がきらきらと瞳を輝かせて、俺を見上げている。

やめて、それ、追い打ちにしかなってないから。ドン○ホーテさんで買えたから。

俺はいわゆるコスプレ姿な訳で、現在、全身が燃えるような赤に染まっている。

秋も終わりかけ、夕日も沈みかけ。布、薄いです。正直、寒いです。

けど、これも可愛い可愛い葵の為だ。

俺は葵の為なら〈七極彩〉とだって戦ってみせるさ。


……と、回想に耽ってる間に、川直高校の校舎が見え始めていた。

黒ずんだコンクリートの外装、どこか哀愁を漂わせる円時計。

校門脇のプレートは錆び付いていて、校名がほとんど読み取れない。

校庭中央に築かれた石碑は、角が欠けているし、雨粒に流されてか、線を引いて色褪せていた。

たしか今年で25回目の建立記念日だった筈だから、それなりの歴史は有しているのだろう。

お世話になっていた(大好きな)雨頃家(葵)を(と)離れ、一人暮らしを余儀なくされてでも、俺が川直高校へ入学した理由。

それは、ちょっとでも……〈災厄〉にて地図から消えてしまった中央区へ近付きたかったからだ。


俺は〈災厄〉を境に、それよりも昔を覚えていない。


夕藤茜として、俺が積み上げてきたものというのは〈災厄〉からの四年間だけだ。

別段、それを不憫に感じた事はないし、生活に支障を来すような欠如に困るなんて経験もなかったから、失われた記憶自体にはそれほど固執していない。

けれど、親の顔ぐらいは思い出したかったりする。

高校へ入学するまで……つまり、〈災厄〉以降の中学生活にて、懇意に接してくれた(とおる)叔父さんが話すには、俺の両親は妊娠をきっかけに駆け落ち紛いの婚約を結んだのだとか。

父親の方は天涯孤独の身だったらしいが、母親の方の両親が結婚に猛反発しており、それ故、二人は了承を得ずに上京。

そして俺が生まれたらしい。

上京以降、実家とは疎遠だったのだと聞かされた。

だから幼い頃の写真ぐらいしか残ってないらしい。

その写真とやらが郵送で雨頃家へ届けられた事もあった。

茜なんて名前の所為か。

どうやら生まれた子供を女の子だと思っているらしく、宛名には孫娘へ。と記されていた。

俺はなぜか、その開封を頑なに拒んでいる。

親の顔を知りたいと話しながら、親の幼少時の姿を残す写真を拒むとは、はたから見れば矛盾以外の何ものでもなかっただろう。

その感情については、自分でも言葉に表現できなかった。

勇気がなかったのだろうか。親の顔を見る勇気が……それとも、怯えているのだろうか。もしかしたら思い出すかもしれない記憶を。

なんにせよ、現在、両親については記憶ごと〈災厄〉に奪われたままだ。


「おいっす!!茜。おはよう」

聞き親しみのある声。肩をぽんっと叩いて、横に並ぶ悪友。

「……」

「えっ、ちょ無視しないで。いや、昨日はほんとごめんなさい。許して茜たん」

「死ねっ。あ、声に出てた」

「確信犯でしょ!?」

昨日の夜、奇妙な鉢合せを終えて帰宅した所、見計らったかの様な絶妙なタイミングでクラスメイトの苗からメールが届いた。



差出人:告蜜(つげみつ)(なえ)


(件名なし)

2014年11月19日 20:17


ごめーん、写真撮るの忘れちったー。てへっ



対して、俺は一言。



宛先:告蜜苗


(件名なし)

2014年11月19日 20:18


死ね



と、返信。

俺がコスプレしてまで『怪人』へ立ち向かった経緯は、最愛の妹、雨頃葵とのメールに起因する。

お互いの近況報告を交わしていると、葵が『ヒーロー』に助けられたのだと「すごくかっこよかったのです(ここ重要)」などと言い出すではないか。

嫉妬の獄炎に身を焦がす俺は、咄嗟に見栄を張ってしまったのだ。

あぁ、うん。実はさ俺もなんかEinsに過適合しちゃって『ヒーロー』見習い中なんだ、と。

それに対する葵の反応が思ってた以上に強かったので、なんとかして誤魔化そうと思ったのだ。

結果、苗に協力を頼んで、証拠たる写真を撮って貰う手筈になっていた。

そして戦隊衣装(コスチューム)を鞄に詰め込み、街中を張ること一週間。『怪人』が登場したまでは概ね俺達のシナリオ通りだった。

苗が「ぶっちゃけ変装姿だけ撮影すればよくね?」などと的外れな意見を述べた時は、俺も思わず「葵を馬鹿にするな」と激昂してしまった。

『怪人』に立ち向かう姿の方が信憑性は強いし、何よりかっこいい(ここ大事)。


「だってさー昨日のあれ。ヒーローがいきなり五人も駆けつけて、でワンパンKOな訳じゃん?こっちとしては踏切待ちしてたら、線路にジェリーが飛び出してきて、それをトムが追い掛けていく。みたいなさ、めまぐるしい状況変化だったのよ」

カートゥーン・アニメが好物な苗の例え方はいまいち理解に困るが、言わんとしてる事は把握できる。

「まぁ、昨日はしょうがないか。苗、もう少しだけ協力して貰ってもいいか?」

「今度、奢りな」

びっと親指を立てて片目を瞑る苗。その中指ではEinsの指輪が、黄土色の鈍い輝きを放っていた。


告蜜苗(こいつ)は二年前に東北地方で勃発した〈鬼祭り〉にて『ヒーロー』である父親を失ったらしい。

元〈七極彩〉の〈紫〉━━悪鬼こと東雲(しののめ)紫於(しお)の離反。それに乗じて多くの過適合者が暴れ出し、二年前の東北地方はまさしく混沌と化していた。

当時の断片的な報道でも恐ろしさは十二分に伝わり、俺は〈鬼〉の魔の手が南まで伸びない事を切に願っていた。

結局〈鬼祭り〉は『ヒーロー』側に唯一の生存者を残して、終局を迎えた。

そして、〈鬼祭り〉におけるたった一人の『ヒーロー』となった黒鳴(くろなり)命琉(めいる)は、紫於の抜けた穴埋めとして、僅か10歳にして〈紫〉の名を継承する。

史上最年少の〈七極彩〉が誕生する瞬間だった。


過適合したEinsは、その当人にしか扱えないらしく、苗が言うには、指に通しているEinsはあくまで父の形見であり、Einsとしての役目は既に終えているのだとか。


「助かる」

「茜は妹の為になると人が変わるよなー」

「大好きだからな」

「それ、シスコンな」

()めるなよ、照れるじゃん」

「褒めてないよ!?」

他愛のない会話を繰り返し、教室へ辿り着くと、案の定というか、期待を裏切らないというか、教室内は既に、昨日の『ヒーロー五人伝』の話題で持ちきりだった。

という事はだ。

「おーい、茜ー。お前、生身で『怪人』に立ち向かったんだって?あほくさ、なにやってんだよ!!」

「お前等、最近さ、よく二人で街中ふらふらしてたからな、どんだけ暇人なんだよって思ったけど、そんなくだらねーこと企んでたのな、あはははっまじ腹いてーわー」

「もうやめとけよー下手したら七色機関に連行されちまうぞ」

などと茶化すクラスメイト達へ一々突っ掛かっていると、甲高いチャイム音が校内に響き渡った。

残響する耳鳴りにぼんやりと思考を空にしていた。

瓶底みたいな丸眼鏡に、への字に曲がる口元。

生徒達全員を見下ろせるほどの高身長を猫背にし、教室への扉を抜ける担任の姿。

その背後には、川直高校とは異なる━━ブレザー型の制服に身を包む女子生徒が続いていた。

「……なっ」

椅子の前脚を浮かして、後ろの席へ寄り掛かっていた俺は、思わずがたっと転げ落ちそうになった。

「茜、あれって、もしかして……」

後ろの席の苗も気付いた様子で、俺の耳元に囁いている。

「えぇ~突然ですが、転入生を紹介します……えっとぉ……京都のー……京都だよねぇ?……」

担任の締まらない紹介に痺れを切らしたのか、彼女は自ら名乗り始めた。

「初めまして。京都から来ました。式咲(しきざき)菜子(なこ)です。四年前までは東京で暮らしていたので、言葉遣いはこちらに慣れています。少しでも早くクラスの皆と仲良くできればいいなと思います。よろしくお願いします」

模範的な自己紹介に続けて、優雅な一礼を見せ、終いにはにっこりと微笑む菜子。

「なぁ茜、こっち見てねーか?」

苗の潜めた声へ、素気なく返す。

「知らねーよ」

俺は窓の外へ視線を逸らし、押切区の街へ影を落とす雲泥を眺めていた。



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