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Eins (アインス)  作者: えんじゅ
【茜覚醒編】━━2014年11月30日、〈銀〉が目覚める。
13/41

銀〈覚醒〉②

〈赤〉


「四年ぶり……か」


思わず零れ出る一言。ふわりと喉から漏れた白い(もや)が、高所を薙ぐ風に(さら)われる。

双眼鏡の狭まった視界で、二人の少年が剣戟を交わしていた。

遠く離れたこちらの耳元にまで金属音が響きそうな、荒々しい打ち合いだ。

日本の刀剣はその極端に研ぎ澄まされた刃から、打ち合いには適さないと言われている。

しかし、不適合(それ)を可能としているのは両者の過適合(Eins)にあった。

〈永久切〉のEins〈創剣〉と、〈銀〉のEins━━〈浄化〉。

〈創剣〉は文字通り、無数の刀剣を手元に創造する能力だ。

対する〈浄化〉は……。


━━何もかもが懐かしい。


純銀の頭髪、漆黒の外套、無銘の太刀。

あの変身姿をどれほど待ち侘びていた事か。

この世の中へ、Einsの不条理を示す為に、私は〈銀〉の覚醒を必要としていた。

Einsを滅するEins。それが〈浄化〉。

過適合者を殲滅する過適合者。それが〈(シグナル・シルバー)〉。

もうすぐだ。

〈災厄〉の地に鎮魂歌を。

それは夕藤茜。君にしかできないのだ。


「……っ」


刹那、昂りを遮るは、〈銀〉とは異なる懐郷の気配。

この共鳴は、……そういう事か。


「ならば、私もそろそろ変身するとしよう━━なに、ヒーローは遅れて登場するものだ」


片腕を正面へ掲げ、私はあの言葉を口にした。



〈茜〉


俺だってなぁ、いざって時にはちゃんと戦えるんだぜ。

そうやって妄想の英雄(ヒーロー)像を自らに当て嵌めた経験なら、わりと誰にでもあるんじゃないかと思う。

例えば、ばったりとひったくり犯に遭遇して、そいつに足払いを決め込む自分。

例えば、薄暗い夜道、公園の隅で強姦の現場を目撃し、その犯罪者の後頭部へ華麗なハイキックをかます自分。

例えば、街中で刃物を振り回す通り魔に気付き、阿鼻叫喚と周囲が逃げ惑う中、飛び蹴りを浴びせる自分。

どれも蹴り技ばっかじゃねぇか……いや、だって、殴るより、蹴るの方が素人には勝ち目がありそうな……偏見だけどな。

実際は大振りを外して、足首掴まれて、ゲームオーバーとかかも知れない。

けど、妄想の中ではいつだって自分が勝者として立っているものだ。


お互いの刃が(おのの)いている。

肩は小刻みに上下し、呼吸は深く短く、懸命に心臓をなだめていた。

剣戟が途絶え、束の間の静寂が辺りを包み込んでいる。

どこからともなく耳障りなサイレンが鳴り響く中、俺は猟奇的殺人者〈永久切(とわぎり)〉と対峙している。

口角をつり上げ、踵を左へ右へと(こす)らせながら距離を詰める〈永久切〉。

俺は妄想だけを頼りに刀を構えていた。

とりあえず両手で握って、とりあえず真横に振り払ってみたりして、ぎこちない動きだったが、それでも、ほぼ互角に立ち回れていたのは、変身が俺の妄想を凌駕していたからだ。

良い意味でも、悪い意味でも、妄想を裏切った点は二つ。

一つ、発現したEins無き変身に伴って刀身から燃え上がった純銀の焔は、相手の剣を砕く事。

砕くというか、熔かすというか……とにかく、焔に触れた〈永久切〉の軍刀は微光を散らせて、瞬く間に形を失っていく。

二つ、どうやら〈永久切〉のEinsは軍刀を次から次へと、半永続的に再生可能だという事だ。


〈永久切〉自体はあまり人外じみておらず、ただ大雑把に、無作為に、気の赴くままに剣を躍らせていた。

まるで遊ばれているかのような……初めから、俺を殺すつもりなんてないのだと言いたげな太刀筋。

終始、頬が緩んでおり、こちらを小馬鹿にするような眼差しに晒されている。

俺は日本刀の切っ先を〈永久切〉の鼻先へ定める。陽炎の如く揺らめく純銀色の焔が視点をぼかす。

既に大臥さんから斬り離されたEinsは消滅していた。残された腕が無残な血痕を広げている。

「〈永久切〉。どうして大臥さんを殺したっ!?」

「あぁん!?理由が必要かよ!?なら、正当防衛って事で納得してくれよな」

「……ふざけるな。そんなのが許されるかっ」

俺の罵倒をさらりと受け流して、〈永久切〉は心底、愉快だぜと腹を抱えた。

「っはは、あのさぁ、それ、さっきも言ってたけど、許さないからなんなの?あんたにさ、俺、僕が殺せるのか?なぁ、知ってるかよ?人を殺すのって罪なんだぜ?五年ぐらいは刑に科せられるらしいじゃねーか。あ、未成年はちょこっと緩和されるんだったか?っは、どちらにせよ、あんたに、その勇気があるのか?家族でも、恋人でも、親友ですらない、薄っぺらな知り合い一人殺されたぐらいで、その罪を背負う覚悟があんたにはあるのかよ、なぁおい」

話の筋が突飛している。俺は一言も殺すだなんて口にした記憶はないし、そんなつもりもなかった。

そもそもの価値観がずれているから、お互いに理解が及ばない。

そんな相手と会話を成立させる方が、斬り合いよりも余程困難に思えた。

「大人しく投降しろ」

「投降?……っは、嫌だよ、ばーか。麦わら達がラフテルに辿り着くまでは捕まるつもりなんて毛頭ないね」

「釈放されたぐらいには、ちょうど到着してるんじゃないか?」

「おいおい、ふざけんなよ。今の世の中って怖いぐらいネタばれに溢れているんだぜ。常に最先端を追ってなきゃ、ひとつなぎの感動は得られないんだって」

上手いこと言えたと思っているのか、ちょっと得意げに鼻を鳴らしている。

全然上手くねーから。

「オーガ・チルドレンにシグナル・シルバー……だったか?それって、どういう意味だ?」

俺の変身を見遂げた〈永久切〉は、それらの単語を口走っていた。

どちらも単語自体の意味は知っているが、織り成しての形に聞き覚えはない。

「なんだ、反応うっすとか思ってたけど、やっぱ知らねーのか。なるほどな……」

次の瞬間、〈永久切〉は軍刀を雑に放り投げ、変身を解除した。

「なっ!?」困惑から、両目が見開く。

淡い光が薄れ、〈永久切〉本来の服装が表出していく。

ミリタリー調の濁った色合いをしたジャケットに、黄色と薄紫の対比が目に悪い(ひし)形チャックのパンツ。

首元からは赤褐色の襟元が覗いており、(いか)つい銀細工を通したネックレスが二重に揺れている。

厚底の皮靴は爪先が剥げ掛けており、右側の太腿周りには何色かの革ベルトが巻き付いていた。

流行に(うと)い俺でも分かる。

これは悪趣味だ。ある意味ハイセンスかもしれないが、俺は絶対に真似したくない。

よく今まで捕まらなかったな。

「はぁ……、えっと、茜だったっけ?」

変身を解除した途端、気だるそうな物言いで〈永久切〉は訊ねかけてくる。

無言で頷くと、〈永久切〉は先を続けた。

「〈鬼の末裔 (オーガ・チルドレン)〉については〈七極彩〉の〈紫〉にでも聞けばいいぜ。俺、僕は口にしたくないぐらい大っ嫌いだからさ。シグナル・シルバーってのは、そのまんま……それだよ」

目蓋を重そうに半開きにしつつ、日本刀から燃え上っている純銀の焔を指差す〈永久切〉。

「〈災厄〉で過適合者を何人も殺した〈浄化〉の過適合者。それが〈(シグナル・シルバー)〉だ。なぁ、もしかしてさぁ、あんた。〈災厄〉の記憶とか失ってるんじゃねーか?」

探る様な声色が、鼓膜を貫き、脳髄へ刺さる。

再び脳が灼かれる。

激痛に膝が屈し、歯軋りが加速する。

「その苦しみ方は普通じゃねぇな。〈罪色樹〉じゃねーとすると〈七極彩〉の仕業か?」

淡々と推察を呟く〈永久切〉へ口を開き掛けた瞬間、視界を銀色が埋め尽くした。

「強制解除か。まぁ、そうだよなぁ」

日本刀と黒外套が儚く霧散する。


「茜君っ!!」


背後から、あいつの呼ぶ声が聴こえた。


〈藍〉


「折角の再会に挨拶もなしなんて、ちょっとばかし薄情じゃあないですか?」

不自然な言葉遣いに、確かに聞き覚えのある声。

七色機関仮本部の正面を抜けた私とミニスを出迎えたのは、ハザードランプを点滅させている真っ青な軽自動車と、その運転席に座る青年━━〈七極彩〉の〈青〉こと朝霧(あさぎり)蒼乃介(そうのすけ)だった。

「悪いな、蒼乃介。押切区で人的違反(シグナル・レッド)……〈永久切〉が確認されたらしい」

目尻は狐みたくつり上がっており、一見して閉じているのか開いているのかも曖昧な線の目は、瞳孔を奥へ潜めていた。

前髪を真ん中で分けており、額から眉間まで肌続きだ。後ろはうなじを超えて襟元まで垂れている。

私や菜子よりもやや色褪せた群青色に染められた頭髪はさらりと浅い風になびき、滑らかな波を立てていた。

若干、頬こけているが、私より齢四つ上とは思えないくらい、驚くほど肌が瑞々しい。

「そうでしたか……なら、送ってゆきますよ」

窓越しに微笑む蒼乃介へ、ミニスが毒を吐く。

「そーのすけ。その喋り方どしたのー?似合ってないよ」

〈赤〉こと赤神灯真を超越した完璧主義者と表現するなら、蒼乃介は徹底した適応主義者だ。

朝霧蒼乃介は周囲の環境にすぐ染まる。

感受性が豊かだとか、根が素直だとか、そういう次元じゃない。

確立した自我を持たず、囲う集団に必ず影響されていく。

そうやって周囲の望む役柄を演じる事が、朝霧蒼乃介にとっては当然なのだ。

しかし、それは蒼乃介に限った話でもない。

私や灯真も……洸でさえも。

たぶん、私達は〈七極彩〉としての偶像を演じ過ぎているのではないかと、そう、時々だが思う事がある。

その意味で言えば、蒼乃介は〈七極彩〉に求められる人物像へ最もひたむきに応えようとしている〈七極彩〉だろう。

完璧主義者の灯真とは異なる方向性だが、蒼乃介もまた優れたヒーローの一人なのである。

「そうだな。私達の前でくらい好きに話すといい」

私の許しを得た途端、蒼乃介は目尻に皺を寄せて、尚更、狐っぽい人相を強調させた。

「おおきに。助かるわー、なんや、標準語は(かた)くて慣れへん。さっ、はよっ」

尖り気味の顎を引いて、くいくいっと後部座席を勧める蒼乃介。

「ありがとねー」

ミニスに続いて、車内へ滑り込みながら、私はミラー越しに問い掛けた。

「押切駅はわかるのか?」

「あんなぁ、今はナビっちゅう便利なものがあるんやで」

「そうか、助かる。蒼乃介、ありがとな」

「ええねん、元々、一杯誘おう思っとったんや。ミニスちゃんも来るやろ?」

蒼乃介は車列の切れ目を見計らってハンドルを回す。

「あたし、未成年だよ」

「そんなん一々気にしとったら、いつまで経っても彼氏できへんで」

前言撤回だ。仮にもヒーローが犯罪を後押ししてどうする。

ちらりと横を見れば、ミニスは頬を膨らませていた。ハムスターみたいだ。

「新車か?」

車内は余所余所しくも真新しい印象を与える化学物質の臭味に包まれている。

まだ持主の匂いを覚えていない、伽藍の残り香だ。

「せやで、東京(こっち)へ転勤なるちょっと前に買ったんやけど、失敗やったわ。必要ないやんな」

「アメリカの方だと、自動運転車の実用化も始まっているんだろ?もう少し待てなかったのか?」

とは言っておきながら、運転者を排除した自動運転車。(まさ)しく自動車には問題点が山積みらしい。

それは技術面ではなく、主に政治面や環境面などに偏る。

アメリカを原則自由国とするなら、日本は原則禁止国であり、新しいものに対して否定的だ。

この国の保守体制には、Einsを保持する七色機関も散々苦渋を味わされた。

私もあまり詳しくはないが、当時は〈三森〉の三人を筆頭に、根回しへ多大な資金や時間を割いたらしい。

〈災厄〉に国会議事堂を奪われた日本最高機関は議事に年単位の遅延を来しており、また議員の多くが失踪、或いは辞任していた。

それらの背景を考慮すれば、自動運転車の実用化はまだまだ先になるだろう。

「僕は反対やで。つまりは、自分の命を機械に預けるっちゅう話やろ。そんなん無理やわ」

「私は本が読めるなら、歓迎だがな」

「ほんま、活字中毒者は言う事が一味違うわ。けどな、たぶん……酔うだけやって」

信号が移ろい、流れが阻まれる。

静穏に満たされた車内で、私達の会話が深々と続く。

「酔っても読むさ」

「あかんわ……」

「でも、叶子さんって、免許持ってるの?」

窓の外を眺めていたミニスが不意に口を挟む。

「ペーパーだが、一応はあるよ」

菜子と暮らし始める際に必要だと思い取得したが、今の所は身分証明書としか活躍していなかった。

隔たりを無くす努力を怠ってきた私にも原因はあるのだが、あの子は……私をあまり頼ってくれない。

式咲叶子と式咲菜子は家族だが、親族ではない。それを無意識に悟っているだろうか。


「……っ!?」


━━突然。


私の心臓を、(こが)すような痛みが襲った。

この感覚は……まさかっ。


「叶子さん?大丈夫?」


私の変化に気付いたミニスが不安そうな声色で呼び掛けている。

灼熱を孕んで臓を蝕む焔。

……間違いない。


━━〈銀〉の焔だ。


「……蒼乃介。〈凍結〉が……熔けているのか?」

既に深刻さを察知していた蒼乃介は車を道の脇へ停止させていた。

シートベルトを外し、私達の座る後部座席へ身を乗り出し、彼は顔色に焦燥を滲ませた。

「直接的やない。せやけど、〈凍結〉が熔けとる。これは……〈浄化〉の銀が活性化しとるんや。叶子、〈無咏(むえい)の蝶〉はどうや?」

息を吸う度に灼熱が勢いづき、吐けば凄まじい痛みが杭となって臓を貫く。

かろうじて、私は言葉を形作った。

「わからない。……菜子に会わなければ」

「〈無咏の蝶〉まで浄化されとったら、洒落ならんで」

「〈無咏の蝶〉?」

蒼乃介の言葉を鸚鵡(おうむ)返しするミニス。

しかし、蒼乃介はミニスには一瞥もくれず、左手を顔面へ被せた。

そして、あの言葉を口にする。


━━変身(チェンジ・オーバー)や。


深く澄み渡った青空を想起させる水色の発光が車内を満たす。

やがて淡く飛散した光の奥から、白塗りの厚化粧を施された狐面が浮かび上がった。

「直接〈凍結〉させとけば、さすがに残り火ぐらい鎮められるやろ。大人しくしててや」

蒼乃介は左手を伸ばし、私の額へ触れる。

優しい冷たさが脳へ、心臓へ、全身へ伝わっていく。

「そーのすけ!!叶子さんは大丈夫なの?」

「あぁ、その場しのぎやけどな」

蒼乃介のEins〈凍結〉に身を委ねる最中、脳裏では色褪せた筈の〈災厄〉の光景が蘇っていた。


血に塗れた漆黒の外套、私の胸を深々と貫く無銘の太刀。そして、素顔を遮蔽するフルフェイス形ヘルメット。


━━あの日、私は〈七極彩〉に刃向かう〈(シグナル・シルバー)〉によって……。



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