プロローグ
とある記者による手記。
2014年、現在。
四年前の〈災厄〉における被災地であった東京都は、中央区を中心におよそ半径20km程が立ち入り禁止となっている。
植物は枯れ、動物は朽ち、人間が退き、生物と呼べる存在が全て消え去った暗黒地帯。
〈災厄〉以降、印刷された地図上では該当範囲が黒く塗り潰されており、実際に近寄ってみれば、境界線上には分厚いセメント壁が視界を遮って連なっていた。
また上空より観測すれば、奇怪な現象を一望できる。
〈災厄〉の地は四季を通して、残雪に覆われていた。
長い年月が過ぎ去った今でも〈災厄〉の真相は謎に包まれたままだ。
深く関わっていたと疑わしき、当時の〈七極彩〉の〈赤〉━━赤神仁衛は消息不明。
また『ヒーロー』を管轄する七色機関の頂点である三人〈三森〉は一貫して関与を否定している。
私も一時期、記者としてか、はたまた好奇心からか。躍起になって〈災厄〉を調査していた。
しかし、まことしやかに虚偽が飛び交う昨今の情勢下において、掴めたものなど僅かだった。
七色機関が誇る『ヒーロー』の最高峰。
〈七極彩〉と称される七人の過適合者。
彼等にはそれぞれ、赤橙黄緑青藍紫の名が与えられている。
しかしながら〈災厄〉には〈七極彩〉の八人目が関わっていたとする都市伝説があった。
私が掴んだもの。それは……。
噂を肯定する記録映像。
携帯機器を媒体に撮影されたのだろう。
あまりにもぶれが酷い。
瓦礫が築く小山の頂に、その姿は映り込んでいた。
Einsと思われる変身姿。
人影の周囲は、七色とは異なる輝きに満ちていた。
その色合いはまるで……。
先の文字が汚れていて読み取れない。
手記を残した記者は既に他界しており、真相は杳として知れぬままだった。
七色機関によりEins(effect incarnate nerve suit)が公表され、世間を騒がせたのが、今からもう八年も前の話だ。
普段は指輪の形状をとるEinsは、一動作での変化を可能とし、人間を補助する面で大いに重宝されていた。
例えば片腕の筋力を増幅させ、例えば声帯の幅を広げ、例えば指先に機械じみた精密さを与えた。
ただし、Einsは誰もが簡単に扱える訳ではなく、運転に免許が必要であるのと同じで、Einsにもまた、資格が求められた。
七色機関はEinsの公表と同時に教育課の設立を表明。
すぐさま国内に幾つもの支部を設立した。
働く上でも有利となるEinsの資格は、多くの人の足を教育支部へ向かわせた。
Einsの資格を取得できたものは、その中でも一握り程ではあったが、ゆっくりと着実に、価値は普及しつつあった。
しかし、普及に沿って、ある危険性が露見される。
Einsの暴走。
本来の性能とは異なる変化を━━変身を引き起こしたのだ。
過適合と命名された変身は、時に人から理性を奪い、時に人を人外へ導いた。
批判が殺到した七色機関は〈七極彩〉を選出、過適合による問題の解決に努めた。
『怪人』と『ヒーロー』の起源である。
とはいえ、当時はまだ発生する確率も天文学的な数字を示しており、利便性と危険性を秤に掛けても、Einsを選ぶ人は珍しくなかった。
そう〈災厄〉までは。
〈災厄〉に紛れて、七色機関の管理下から散ったEinsを非合法に悪用する組織が現われ、状況は一変。
Einsは人々へ牙を剥け始めたのだ。
再び誹謗中傷の矛先を向けられた七色機関は対策として、各地へ『ヒーロー』の派遣を宣言。
ここに改めて派遣課が設立され、七色機関の現体系である開発課、教育課、派遣課による三本柱が築かれた。
誕生の経緯もあってか『ヒーロー』に対する世間の目は冷たかった。
七色機関に所属していなければ、まともな収入も得られない。半ば慈善活動のようなものだ。
そういった裏事情もあり、派遣には〈一区一色〉なるルールが設けられた。
『ヒーロー』は起源であり頂点でもある〈七極彩〉にあやかってか、七色の符丁に分類され、分類基準は例外を除けば、Einsが変身時に見せる色合いに基づいていた。
━━東京都郊外、押切区。
しかし、今現在……突如として押切の街中に姿を現した『怪人』の眼前には、名乗る『ヒーロー』が、なぜか、五人いる。
うら若き乙女の甲高い悲鳴の元へ、颯爽と駆けつけし五人の『ヒーロー』。
彼等は声を揃えて名乗り上げる。
「怪人め!!覚悟しろっ!!(してください)(するデス)(するにゃ)。俺が(私が)(ボクが)(にゃーが)、押切市を守るヒーローだ!!(です)(デース)(だにゃ)」
えぇー……。
立ち上げた会社が倒産し、多額な借金が残り、縋る一心でEinsに手を出した『怪人』。
彼は宇宙人紛いに変貌した真っ青な眉間に皺を寄せて呟く。
「こんなん、無理げーやっあばっ!!」
同時に下された正義の鉄槌が、『怪人』の嘆きを掻き消す。
こうして今日もまた、押切区の平和が『ヒーロー』によって守られたのだった。