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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
拍手お礼再掲とおまけ
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◆おまけ 後編の前編




「わぁ、すごく明るい世界だねぇ」

「これが“明るい”程度ですか? “目に痛い”の間違いでしょう」


 来夏が“キジ太”と呼んでいた(ぬえ)が開いた扉。それを(くぐ)った先が本の中の世界だ。来夏とニヴルは今、あの月や星、動物がメルヘンちっくに表紙に描かれていた本の中にいる。

 扉を潜った瞬間、目の前に広がったのは本の表紙を思い起こさせるような、パステルカラーが目立つ建物、色とりどりの花、燦々と降り注ぐ太陽の光、である。確かに薄暗い鵺館(やかん)から突然のこの景色は、少し目がチカチカするかもしれない。

 だが来夏は扉を潜ったこの瞬間がとても好きだ。

 潜書の度に素敵な世界に来られるわけではないし、あくまで仕事であることも理解している。だが、元の世界では有り得ない、本の中の世界に入れるということ。直接、物語の世界に触れられること。それを実際に体験できるのだ。物語が好きな人間であれば一度は夢見ることではないだろうか。


「ニヴルはこの物語を全部読んだ?」

「えぇ、ひと通りは。何処かの何方かが持ってくるのが遅いので、微に入り細に入りとはいきませんが、主要人物や話の流れ、結末は把握しています」

「……うん、そうなんだ、ごめんなさい」


 この人はいちいち嫌味を挟まねば喋れないのだろうか? と来夏は常々思っているが、もはやニヴルの嫌味は通常営業と言っていいだろう。突っ込むだけ面倒である。


「それで、何かおかしなところは見つかった? 新人の導書師さんが目立つ書魔は鎮めているらしいんだけど」

「……それはこの手の本が苦手な私を知っていて『わからない』と言わせたいんですか?」

「ち、違うよ!」


 突っ込むのは面倒ではあるが、嫌味で会話にならないのはどうかと思う。来夏は普通に、普通に会話がしたい。


「あっ、待って、一人で行かないでよっ」


 早く仕事を終わらせるためか、色鮮やかな本の世界をスタスタと歩き出したニヴルの背を慌てて追いながら、来夏はこの物語を思い返す。

 この物語は、主人公である村娘と幼馴染の二人の恋と冒険が描かれている。同じ村で育った二人は一度離れ離れになるが、紆余曲折を経て無事再会し、幼馴染の少年が村娘へ告白をしてハッピーエンドとなる。とても王道な物語であるが、表紙や今目の前に広がっている街並みの雰囲気をあまり裏切らない、爽やかで優しい話だ。子供が読めば小さな憧れを抱き、大人が読めばホッとするような純粋な物語だった。

 だが恋愛系や子供っぽい物語が苦手なニヴルには良さがわからないようだ。いや、きっと心が冷たく凍っているから温かい話を読んでも心に響かないのだ。……と、来夏は日ごろの嫌味返しも含めて考えているが、もちろん口には出さない。口に出したが最後、コテンパンに言い返されるだけである。


「私もこの本を読んだけど、流れはおかしくなかったよね? 最後はちゃんと女の子と幼馴染が両想いになっていたし」

「そのようですね」


 どうでもいいですが、と聞こえたような気がするが気のせいだろう。これも仕事である。ニヴルは仕事には真面目なはずだ。数少ない尊敬できるところなのだから、裏切らないで欲しい。


「この街並みも歪みらしい歪みもなさそうだし……」


 来夏はぐるりと賑やかな街並みを見て呟く。

 書魔が生まれると世界に歪みが現れることが多い。例えば、わかりやすいもので言うと、パステルカラーの建物の中に一つだけ暗い色調の建物が混ざったり、太陽が真上にあるのに影が長く伸びていたりすることがある。あくまで本当にわかりやすい例だが。

 一目見てわかる歪みはそれだけ発見しやすく危険度は低いように思われるが、歪みイコール書魔本体とは限らないため、まずは書魔を探すことから始めなければならない。基本的に歪みは『書魔が確実にいる』とわかるだけの目印のようなものだ。

 だが一番厄介なのは、歪みを及ぼさない、けれど確実に蔵書に潜んでいる朧蟲(ろうちゅう)と言われるものだ。来夏たち導書師はこれを単に(むし)と呼んでいるが、もちろん昆虫ではない。


「やっぱり蟲かなあ。館長が潜書するように言うってことは、書魔になる可能性のある蟲なんだよね、きっと?」

「まず間違いなくそうでしょう。書魔になってからの方が対処しやすいようにも思いますが」


 朧蟲は大きく二種類に分けられる。

 一つがほとんど害はないが、ときどき誤字や脱字を引き起こす程度の蟲。

 一つは物語に出てくるアイテムや登場人物の台詞を喰う蟲だ。

 どうやら後者が成長すると書魔となり物語の歪みを大きくしてしまうらしい。


「でも書魔になんてなったら、最悪、物語をもとに戻せない場合もあるよ」

「えぇ、貴女にしてはわかっているようですね」

「…………」


 どういう意味だそれは。というかわたしの方が導書師の先輩なんですけど!?

 と、来夏が口に出して言えるような性格であれば、あるいはニヴルもこれほど嫌味ったらしい態度は取らないのかもしれない。……いやどうだろうか。

 とにかく来夏は物理的に噛み付きたい衝動を、手にした本を握りしめることで耐えた。忍耐力はある方である。


「とにかく導入部に蟲がいるとは思えないので、さっさと先へ進みましょう」

「……はい」


 釈然としないながらに来夏は手にした本の(ページ)を捲った。






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