◆混沌の細工師? 前編 (転生)
【キーワード】
異世界・転生・細工師・妖精・溶ける・二流脇役顔、のち…?
トラックに轢かれて死んじゃった。
享年17歳の女子高生。
気がついたら、違う生き物になっていた。
っていう、本当の話。
信じられなくても無理はないと思う。
私だって、本気でアリエナイと思ったよ。
だけど現実は揺るがない。
目の前に広がる混沌とした世界も、それを高い位置から眺めるあたしも。
人の波に呑まれたとき、空を見上げたとき、海の荒波を前にしたときも、あたしって人間はなんてちっぽけな存在なんだろう、なんて感傷に浸ったときもあったけど、ここではそんな感傷が馬鹿らしくなるほど、事実、あたしはちっぽけな存在だ。
……どんな生き物になったのか、って?
それは――。
「おい、虫! 人の周りをブンブン飛ぶな、耳障りだっ!! 叩き落すぞ!!?」
そう、あたしは虫に、――って違うし! 違うからね!?
うぅ、いやだ、ノリ突っ込みとか恥ずかしいよぅ!
「――もうっ、虫じゃないってば!!」
「どこがだ。小さくて翅が生えてる。虫じゃないか」
「小さくて翅が生えてても虫じゃないのだっているでしょう!? 私は妖精なの! よ・う・せ・いっ! たぶんだけど!」
「――ふん。自分でさえ断言できないなら、他人の判断にくちを出すな」
「……くっ」
確かに断言はできないけど……!
でも、あたしだって17歳の女の子だ。自分を虫だとは言いたくないし、そもそも節足動物じゃないのは確かなんだから、妖精ってことにしたっていいと思う!
あたしの現在の身体はまんま人間と一緒で、ただ背中には虫の翅のようなものが生えていて、身長は人の掌くらいしかない。
うん、あれだ、ティンカーさんみたいな。
やっぱり妖精でしょう、どう考えても。
ちりんちりんと何故か羽ばたく度に小さな音を奏でる翅を、背中に感じる。間違ってもブンブンなんていう羽音じゃない。
なんてファンタジックな生き物に転生してしまったんだろうと思うけど、別に私自身が選び取ったキャラクターじゃないからどうしようもないよね。
ファンタジーは好きだし、現実に魔法があったら……なんてことも考えたことはある。だけど、現実はそんなに甘くないって、学校の試験当日に嫌と言うほど思い知らされているから、夢は夢だと諦めがついていた。
それなのに――。
今、一番現状に戸惑っていて、自分が何であるか教えて欲しいのはあたしだ。
「……何よ、レイなんて、根暗のくせにっ」
苦し紛れに小声で暴言を吐く。
「…………」
「――あ……っ」
くちに出してから、自分で自分の言葉に冷やりとした。
「…………」
今までこちらにちらりとも視線を寄越さず何か細かい作業をしていたレイ――イレイズの手がぴたりと止まった。
部屋の空気が一段重くなった気がする。部屋は初めから暗いのに、それもさらに光量が絞られたように闇の薄幕が一枚張られたような……。
重苦しい空気にあたしは思わず翅の動きを緩めて近くの台にゆるゆると着地した。
まるでその動きが見えていたみたいに、レイの視線が迷うことなくあたしの方へスライドする。
重そうな髪に邪魔をされながらも、レイの深緑の瞳は鋭く私を捉えていた。
「だからなんだよ。僕は確かに根暗だろうね。その言葉はそう間違っちゃいない。だから今さら、そんなことを言われても痛くも痒くもないさ。この工房を見てもわかるように、別に隠してもいないからね」
「…………」
だったらどうして睨むのっ。そう言いたかったけど、あまりのおどろおどろしい雰囲気に圧されて、あたしはただ唾を飲むことしかできなかった。
レイから放たれる負の気配に思わずよろける。よろけた先に触れたものに何気なく視線をやって、あたしは小さく悲鳴を上げそうになった。
「……その闇蜥蜴の細工は眼球の色に手を焼いたんだ、壊すなよ」
――闇蜥蜴ってなに!
そんな質問は無意味だとこの数日ばかりで思い知らされているので、間違ってもしない。
それより、この工房内と同じようにどんよりと暗い影の映り込む深紅の瞳に睨まれているようで、あたしは慎重にその闇蜥蜴とやらの頭から手を離した。
この工房は、不気味なもので溢れている。
窓には昼間でも分厚いカーテンが引かれていて、蝋燭の明かりだけが光源になっている。橙色の薄明かりに照らされるのは、ぬらりと光る、レイの作品たちだ。
そのモチーフはどれも薄気味悪いものばかりで、一番多いのは髑髏だ。人間、動物問わず、黒っぽい髑髏たちが所狭しと並んでいる。他にはさっきあたしが触れていた蜥蜴、蜘蛛なんてものもある。コウモリに似た何かわからない生き物もあったりする。
そのどれもが妖しく、そして陰鬱とした雰囲気を湛えていて、どう贔屓目に見てもここはホラーハウスとしか言いようがない場所だった。
だけど何より驚くのは――。
「怖いんだろう、ナナ? 君はどうやら僕の作った飴はお気に召さないようだ」
そうなんだ、これ、この気持ちの悪い闇蜥蜴とかいう黒い蜥蜴や髑髏たちは、全部実は飴細工なのだ。
だから、工房には作品と雰囲気にそぐわない甘い香りが漂っている。だけどどこかスパイシーな香りも混ざっていて、やっぱり純粋に飴細工の工房だとは感じないんだけど……。
あたしが想像していた飴細工っていうのは、カラフルで可愛い動物のものとか、本格的なパティシエが手がける華やかで鮮やか、そして繊細な細工ばかりだった。
明るい日差しの中にあるような、ひと目見れば心躍り、そして一口舐めれば甘さに顔が綻ぶような。
それなのに、そんな飴細工の工房であるはずのここは黒魔術でも始めそうな蝋燭だらけの暗い部屋で、しかも作り出されるものと言えば、髑髏やら蜥蜴やら、蜘蛛やら……可愛らしさの欠片もない作品たちだっていうんだから、やっぱり何か色々間違っていると思う。
闇蜥蜴から距離を取って、だけど反対側にあった髑髏に驚いて飛び跳ねる。慌てて飛び立った先では、毒々しい色の蜘蛛の飴細工と鉢合わせして、一人で軽いパニック状態に陥っていると、下から盛大に鼻を鳴らす音が聞こえた。
「周囲に震えながら根暗な人間を罵るくらいなら、さっさとここから出て行けばいい。僕は別に居てくれなんて頼んでない」
レイの言葉には作品同様、甘さの気配は微塵もない。……ひどい。
「ご、ごめんったら。今のはほんの可愛い仕返しで、レイのことは本当に根暗だなんて思ってないよ!」
「…………」
慌てて弁解したけれど、そのときには既にレイは作業に戻っていた。
飴細工は時間が命だ。あっという間に固くなってしまうし、レイいわく、何度も柔らかくしては飴の質が落ちるんだとか。だから一発勝負。らしい。
わかるよ。散々説明されたから、それはわかるんだけど! 会話くらい、最後まで続けてくれたっていいのに……!!
以前リクエストを募集した際に、嬉しいことに四つほど案を出してくださった方がいらっしゃいました。
そのうち、
・桃太郎やかぐや姫みたいに異世界の植物の中にトリップ。
というものがありまして、これをアレンジさせていただきました。
断片としてまとめるため、転生直後の場面は省いてしまいましたが、主人公は花の飴細工の中から生まれたという設定です。
純粋に植物の中にトリップするというお話はどこかで拝見した記憶がありまして、被ってしまうといけないのでこんな形になりました^^




