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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
本編的断片
22/48

◇助けた豹に殺されて? 前編 (迷い込み?)


【キーワード】


異世界・迷い込み?・召喚?・獣人・黒豹・シリアスダーク


※今回、時間が細かく前後します。読みにくいと思いますが、短く纏めるためなのでご了承くだされば幸いです。





 気がつけば見知らぬ場所に居ました――などというのは、架空の物語の中だけで起こる現象だろう。

 そう仁子じんこは高をくくっていた。

 たとえ別の世界があったとしても、自分が関わることは絶対にないだろうとも。


 仁子は見知らぬトンネルを揚々(ようよう)と潜るような好奇心など持ち合わせていないし、召喚の対象になるほど何かに優れているわけでもないと自分で理解している。

 初めて会った人間に強気を返せるような度胸はなく、奇妙な思考回路だってしていないはずだから誰かに特別興味を持たれるようなことも期待できない。

 転生先まで記憶を継続させてもらえるような不幸や徳は積んでいないし、特殊な力を与えられたところで上手く使いこなせる器用さも頭の良さもない。


 つまり仁子は、大よそ誰かの意思によって異世界へと飛ばされることなど考えられない種類の人間だった。


(でも、偶然にしては出来すぎてるよね……)


 仁子は抱えていた箱と目の前に倒れ伏す獣を交互に見ながら、冷たいものが背を流れていくのを感じた。




 ◇◇◇


 とある日のとある時間。

 仁子は気がつくと見知らぬ場所に居た。

 緻密な魔方陣が描かれた召喚部屋ではなく、まして深淵なる森の中や冷厳な泉の畔でもない。周囲には魔術師も騎士も王様も存在せず、ただ一人、そこに立っていた。

 戦場の真っ只中、なんて恐ろしい事態でもなかったのは幸いだが、ある意味これには近い光景だったかもしれない。

 ――仁子の目に飛び込んで来たのは、大きな災厄が通り過ぎた後のような光景だった。


 偏頭痛持ちの仁子が自宅の薬箱を引っ張り出し、立ち上がったところで痛みが増して。その痛みを誤魔化すために片手の中指と親指でこめかみを揉み解し、あまり効果がないなと溜息をついて手を外したときだ。

 今の今まで室内に居たはずなのに、視界をほんの僅か手で遮っていた間に仁子の周囲は一変していた。


 頬をささやかな風が撫でていき、青い草の香りと土の香り、それから微かな焦げ臭さも感じたような気がする。

 感じるはずのないものを感じて、仁子は怪訝に眉を寄せながら瞬く。

 辺りを見回した次の瞬間、視界に広がった見るも無惨な家屋たちに、仁子は息を止めた。

 ともすればテレビや教科書で見た戦争の跡地よりも何処か生々しさのある崩れ方をした家々が、三百六十度、仁子の周りに残されている。

 まるで吹き飛ばされたと言わんばかりに屋根のないものもあれば、焼け落ち煤けて惨たらしいものもある。家の原型を残すものもいくつかあったが、それも壁が崩れ、あるいは見たこともない大岩が突き刺さっていたりするのだ。

 土砂が流れ込んだなんていう気配はないのに、大岩などというものがどうやって家を襲ったのか。仁子には皆目見当がつかない。

 だが、大岩よりも現実的に恐怖を感じたのは矢が無数に突き刺さっている家だった。窓ガラスは跡形も無く枠だけが残っていたから、そこから壁に刺さっているのと同じだけの矢が降り注いだのだろうと思うと、知らず仁子の身体に震えが走った。

 それらの光景を見たとき、仁子はこの場所が自分の住んでいた町ではないことを直ぐに理解した。何せ、崩れた家々は完全な木造だったのだ。

 外壁は木の色そのままで、崩れた壁の中から断熱材が覗いていることもない。現代の建築技術で建てられたとは思えない家屋たち。

 温か味はあるが少し心許無くもある家屋が、見渡す限り破壊しつくされていた。


 明らかに襲撃を受けたと思われる廃村のただ中で立ち尽くすしかなかった仁子が暫くしてふらりと足を踏み出したのは、なにも状況を把握しようなどと冷静に思ったからではない。混乱し何も考えられないまま、何かに背中を押されるようにして機械的に足を動かしただけだ。

 頼りないスリッパで瓦礫を跨ぎながら、いくつかの家ともつかぬ家を回った。

 辛うじて形状を残す家屋の中はしかし、外観よりも酷い有様だった。

 見るに耐えない惨状を呆然と見て回り、何件目かで見つけたのが漆黒の大きな獣だった。




 仁子の目の前に倒れ伏した獣は、何故が人間のように下半身にズボンを履いていた。


 他よりも数段ましな形状を保っていた家の中、生き物の息遣いを耳にした仁子が引き寄せられるようにして見つけた獣は全身を漆黒の毛に覆われ、顔は猫科の猛獣――豹のそれにしか見えない。なのに、身体つきはヒトのものに近く、投げ出された腕の先の手指もまた、全て毛に覆われてはいるがヒトのように五本が揃っている。

 明らかに仁子の知るどの動物にも当てはまらない生き物。

 仁子の頭には“異世界”だとか“召喚”だとか、“トリップ”、“迷い込み”などという言葉がチカチカと浮かんでは消えていった。


(――っありえない!)


 浮かんだ単語の全てを否定してみても、現実は消えてくれない。


「――グルゥ……」


 急激に不安が押し寄せ、じり、と仁子が後ずさったとき、まるで呼び止めるように獣が低く喉を鳴らした。

 それは小さな呻きだったが、他に生き物の気配を感じない廃墟の中にあっては仁子の意識を引き付けるに十分だった。

 逃げ腰ながらよく見れば、獣の下には赤が滲んでいる。漆黒の毛は所々だまになり、口は半開きで苦しそうに短く息をついでいる。口には肉食獣特有の鋭い牙が並んではいるが、あまりに苦しげな呼吸では恐ろしさを覚えることもできなかった。


(…………)


 仁子は抱えていた薬箱を見た。それはどこの家庭にもあるだろう普通の救急箱だ。

 そういえば偏頭痛はなりを潜めている。

 仁子は再び息絶え絶えな黒い獣に目を向けた。


(――これで助けろ、ってことっ?)


 背をひんやりとした感触が撫でていく。

 仁子は獣の荒い呼吸音を聞きながら、自分がこんなおかしな場所に放り出された理由をまざまざと突きつけられたように感じた。


 自分と獣しか生き物の気配を感じない廃墟の中、仁子は薬箱を手にしていて、目の前には怪我をした獣がいる。


 これをただの偶然と思うほどには、仁子は浅い思考をしていなかった。


(でもこんな救急箱で……)


 仁子の母親は心配性――もとい、用心深い人であったため、もしかしたら普通の家庭よりはある程度のものが揃っているかもしれないが、弱りきった獣を回復させるまでには至らないのではないかと思う。

 そもそも、人に使う薬を獣に使用していいものか……。


 「グ……ゥ……ッ」

 「!」


 動揺のまま視線を彷徨わせていた仁子は、しかし獣の苦しげな呻き声を再度耳にし、目の前がパチンと弾けたような気がした。

 医療の知識はなく、助けられる命を助けずにどうする、などという奇麗なことも言えない。それでも無視して逃げ出したことの罪悪感を抱えて生きていけるほど、仁子は強くもない。それだけだった。




 ◇◇◇


「グルァア――ッ」

「――ッ!」


 獣の動きはほとんど見えなかった。

 仁子は声も出せず、何の反応も出来ず、気がつけば黒い獣に押し倒され、首元にずぶりと鋭利な牙が沈むのを感じていた。


(なんで……)


 ゆっくりと視線だけを下げる。鼻筋に深い皺を刻んだ凶悪な黒豹の顔が見えた。

 威嚇のための恐ろしい形相だというのに、黒豹からどこか戸惑いを感じたのは仁子の願望だろうか。


(助けたのに……)


 瀕死のように見えたときから獲物に跳びかかれるまでに回復したことを喜ぶべきだろうか。

 医療知識もなく、大した道具もなく、機転も利くとは言えない仁子にしてはよくやったじゃないかと自分を褒めるべきだろうか。

 仁子は考え、どちらも相応しくないと思った。

 助けた命に自分の命を奪われるという笑えない状況が、なんだかおかしくて堪らない。

 獣の回復によって自分のこの世界での存在価値が失われた。そういう意味だろうかとぼんやりと思った。


 ただ、仁子が助けた、そして今仁子を殺そうとしている目の前の獣の瞳は、こんな状況にありながらとても奇麗だと、仁子は何故か感心していた。

 治療中ずっと閉じられていた瞳は、夕焼けの赤と宵口の青が入り混じる鮮やかな赤紫で。

 ほんの短い間にしか見られない、どこか寂寥感を漂わせる不思議な色合いをしていた。

 それを確認した直後、仁子の意識はふっつりと途絶えて夜より深い闇へ沈んでいった。






以前、拍手で頂いたリクエストを参考に練ってみた作品です。

『刺青師?』ではリクエストに色々私の好きなテイストを加えさせて頂いたんですが、今回はリクエストの要素中心に^^

リクエストの内容は“トリップ獣人もの”で“ガチモロ顔が獣”“身体は人っぽく”。

それと、シチュエーションで“最初は嫌われてたり敬遠されてる主人公orヒーロー”というのも合わせて頂いていたので、合体させてみました^^


最初はかなり甘さ控えめですが、最終段階はハッピーエンド予定の作品です。

リクエストくださった方、ありがとう御座います!



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