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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
本編的断片
18/48

◆異世界で刺青師? 前編 (迷い込み)


【キーワード】


異世界・迷い込み・刺青(のようなもの)・御守り・魔道具・主人公は店主・美少年・美青年・美女・魔猫・マッチョもいるかも






 「……っ」


 息を吹きかける度にヒクリと艶肌が揺れる。

 頭上からは押し殺した呼吸音と時折飲み込み損ねた苦悶の声が。

 私の両脇にはしなやかで、でもまだ発達過程にある太腿があり、そのすぐ脇には椅子の肘掛をギュウと握り締める細く節張った長い指。


 「……ぅっ……」


 ふぅっともう一度息を吹きかけ、なだらかに隆起する腹筋を撫でると、両脇の太腿が僅かに震えた。


 (なんだろうなあ……すごくイケナイことをしている気分……。)


 まさか前日になって睡眠促進効果のあるアロマを切らしていることに気づくとは。

 ええ、決して故意ではありませんよ。不慮の事故、想定外です。

 アロマに頼れないと知ったときの少年の強張った顔といったら。あまりに申し訳なくて「また今度にしようか?」と聞いたら、負けず嫌いなのか何なのか、忘れたいだろう過去さえ振り切って「いえ、平気です」とキリッと断言した彼には心の中で拍手喝采したものだ。

 しかし今の様子を見ると、結果的に後悔する事態に陥っていそうだけど。


 ――ふぅ……


 「――!」


 そっと息を吹きかけると、また少年の奇麗な腹筋が引き攣った。敏感ですね。……あ、いえいえ、何でもないです。うん、もう終わるからもうちょっと我慢してください。

 アロマで眠らせるのは別に痛みがあるというわけではなくて、作業の部位によってはお互いに気まずい思いをする可能性が多分にあるからだ。まあその、性的な意味で。……ええ、既に経験済みですが何か?


 「――はい、終わったよ」


 出来るだけ素知らぬ顔でペチッと剥き出しの硬いお腹を叩き身体を起こすと、背凭れを少し倒してある椅子に背を預けていた少年が、大きく息を吐いた。

 同時に随分力んでいた身体から力が抜けていくのがわかる。

 そんなに緊張するなら素直に断ればよかったのにね。

 それにしても。


 「ん~、いい出来栄え」

 「……」


 私が目の前に晒されている芸術的な腹筋を遠慮なく眺めていると、少年が居心地悪そうに身動ぎをした。


 (ああしまった、私としたことが自分の腕前を自画自賛するのに夢中で……。)


 少年の大きく開かれた両足の間を長々と陣取っていた自分に気づいて、ちょっと慌てる。流石にここは恥らうところでしょうか。……いやいや、私が恥らったら逆にもっと居た堪れなくなるよね、うん。

 あ、少年はちゃんと下穿きを履いているからね? クリーム色の少しダボッとしたヤツ。膝下あたりから八分くらいまで包帯のような布でぐるぐると止めてある、現代には無い感じのズボンですが。

 いくらなんでも下も履いていなかったら私でも平気な顔でこんな場所に陣取りません。


 「ユト、どう? 身体に違和感とかない?」


 私は平静を装って出来る限り明るい声でユト――ユティオル・ヴォルディエントの様子を窺った。


 「……いえ、いつもながら特には」

 「そう、ならよかった」


 異常なしの返事を聞いて安堵し、ユト少年の赤金色の髪から覗く耳が赤いのには気づかなかった振りをして私は立ち上がった。

 テーブルの上の籠から生成りのシャツを取ってユトに手渡すと、律儀に「ありがとうございます」と軽く頭まで下げられた。相変わらず礼儀正しく、そしてちょっぴり堅苦しい子だ。

 緩くウェーブを描く磨き上げられた銅のような赤金の髪は柔らかそうで、でも前髪から覗く大きな紫水晶の瞳は少し吊り気味。眉も気性を表すようにスッと一直線なお陰で、ふんわりとした淡色の髪から受ける甘い印象を引き締めている。

 鼻梁は高すぎず筋が通り白い頬には薄っすらと赤味が差して、薄い唇は桜色。

 まさに美少年。

 そんな彼は出会いの一件から、今や私の 実 験 台 だったりする。


 「それで、今回はどんな魔画メヘンディなんですか?」

 「ああ、今度のはねぇ――」


 気持ちを切り替えるようにして切り出され、私も便乗してわざとほんのちょっと得意気な調子で答える。


 魔画――メヘンディ。

 それはたぶんこの世界では私にしか施すことの出来ない特殊なだ。


 さっきのイケナイ妄想を起こさせるような状況も、決して邪まな感情を伴ったものではなく――いや、正直に言えばちょっと嗜虐心が疼いちゃったりしたけど――あれも魔画に関係するもので、立派なお仕事の一環なのだ。

 まあ、仕事と言っても表向きのものではなく、裏でこっそり限定的にやっているお仕事なんだけれども。


 「――毒除けの魔画を描いてみたの」

 「解毒ではなく毒除け、ですか?」

 「そう。ほら、ここにベルゴルの葉のモチーフを入れてあるの、わかる?」

 「ああ、ええ。――ではベルゴルの毒を回避することができるのですか?」

 「うんうん。理論的……というか、私の見込みではそうなるね」


 魔画の見た目を説明するのに一番想像され易いのはタトゥ、和名では刺青、だと思う。

 肌に描かれるという意味では同じ。

 ただ、おっかないヤのつく人たちが描くような毒々しかったり厳ついもの、派手なものではないし、描くのは写実的なものでもなく、どちらかというとデフォルメされたデザイン的なものばかりだ。色も青や赤を入れたりはせず、単一黒一色。あ、たまに濃紺は使ったりするけど。


 もう一つ刺青と違うのは皮膚に直接色を刺し込むわけじゃない、ってところで、加えて用途を考えても本当はどちらかというと元の世界のインドで魔除けなどに使われていたメヘンディ――所謂『ヘナタトゥ』とか『ヘナアート』と呼ばれるものの方が似てる。

 魔画、って書いてメヘンディって読むことにした理由はそこにある。

 命名が安易だけど気にしない。名前なんて分かり易いのが一番だ。


 インドのメヘンディはヘナという植物をペースト状にしたもので肌を染める。染めるだけだから刺青と違って1~2週間で消えるし、デザインがとても凝っていて奇麗だからお洒落で描いたりする人もあちらの世界には多くいたかな。

 一方で私の描く魔画は特殊な溶液を使って肌に描き、私が息を吹きかけることで固定化する。刺し込むのでも染めるのでもなく“塗る”と言った感じだね。刺青のような痛みはないし、ヘナタトゥのように時間を置いて流したりもしなくていい。身体をキャンパスにして絵を描くだけだ。

 ただ細い筆を使うから施される側はくすぐったいし、息を吹きかけられるのもくすぐったい。場所によってはその……まあ、疼いちゃったりもするわけで。……うん、その結果のユトの反応なわけですが。

 ああ、溶液をそのまま残すけど皮膚呼吸できないなんて問題もないみたいだから安全だよ。落とすことも特殊な洗浄液を使えばあっという間に落ちるし。

 デザインも本場のメヘンディまではいかないけどそれなりに考えて描いているし、お客様にはかなりお褒め頂いてる。


 「――ベルゴルの葉は用意してありますか?」

 「うん。紅茶に入れられたりすることが多いんだっけ?」

 「ええ、ベルゴルの葉は効力は弱いですが無味無臭なので、毒として使われるなら料理や飲み物に混入されることが多いです」

 「なるほど」


 で、私の描く魔画が元の世界のメヘンディと決定的に違うのは、その効果にある。

 メヘンディは元の世界では魔除けや願掛け、運気の向上などのために使われていて、効果のほどはたぶん日本の御守りとかと同じで劇的なものではなかったと思う。


 でも私の魔画は目に見える形、あるいは実感できる形で効力を発揮する。


 精神的なこと作用するものもあるけど、顕著なのはやっぱり肉体強化かな。力を増幅したり、皮膚の一時的な硬化を図ったり。

 もう一つすごく特殊なものがあるけどそれはまた追々。

 魔画の効果はモチーフとして描くものによって様々で、元の世界のメヘンディで使われているものからそのまま引用してこっちでも使っているものもあれば、こちらの世界のモチーフを使って新たに考えたデザインもある。

 実は何を描くかはそこまで問題じゃなくて、要は私のイメージが大切なんだ。魔画に力を込めるのは私だから私が念を込め易いモチーフを選ぶのが最優先になる。つまり、モチーフが効果を上げるわけではなく、効果を発揮させるためにモチーフを使うのだ。

 本当は私が念を一番込め易いのは“漢字”で、だからモチーフの中に上手く崩しつつも漢字を入れることも多い。漢字だけではつまらないし、モチーフだけだとイメージが固まらない。だから二つを合わせてることにしたんだ。


 今回描いたベルゴルの葉は、元の世界には無かったものだ。

 ベルゴルの葉には毒が含まれていて、ユトが言った通り無味無臭なので暗殺などに用いられることも多いらしい。

 さっきユトのお腹に描いた魔画は、毒除けの効果があるようにイメージして描いた。

 ベルゴルの葉の中に“跳ね返す”という意味で『反』という漢字をいくつか葉脈の中に崩して入れ、葉の周辺には“あなたを守る”という花言葉を持つ『カランコエ』という元の世界にあった花をデフォルメして散りばめてみた。

 一応しっかりイメージを注ぎながら描いたから効力の方は大丈夫だと思うんだけど……。


 「紅茶に葉の汁を数滴垂らしていただければ飲みます」

 「うん、ありがと!」


 話が早くて助かる。流石、私の実験台!

 失礼極まりないことを思いつつ、急いで紅茶を用意してユトに差し出した。

 実験台と繰り返すくらいだから、ユトには私が新作の魔画を描いて、それが本当に意図したような効果を発揮するかを試してもらっているのだ。

 ユトも慣れたもので、最近ではどうやって効果を試すかは自分から考えて実行してくれたりする。気が利くので本当に助かります。いくら私でも相手に「試しに毒飲んで」なんて軽くは言えない。


 ――それにしても、陽光の差し込む中いまだ肌蹴たシャツのままで少し緊張気味に紅茶のカップを持つユトは、……絵になるな。

 美少年は伏し目になっただけで憂いを含んだ色っぽさが出る。さらに日差しを浴びて輪郭が少しだけぼやけ、赤金の髪がキラキラ光を弾く様と言ったら……。


 ごちそうさまです。


 などという馬鹿な考えはおくびにも出さず、私はユトに声を掛ける。


 「わかってると思うけど、最初は舐める程度にしてね。もし失敗してたら大変だから」

 「はい」


 割と冷静な返事が返ってきてちょっとだけ安心する。

 まだ十代だというのに、ユトには年齢を忘れさせるような落ち着きがある。

 しかし魔画を描いている最中のいちいち反応する様子は初心で……って、これってセクハラ? 確か女の人からでもセクハラは成立するんだよね? 危ない危ない。


 ユトがゆっくりとカップに口をつける。

 このときばかりは私もおかしなことは考えずに彼の反応を静かに待った。


 「――っ」


 紅茶の湯面が揺れた直後、ユトが眉を顰めた。薄紫の瞳を細め、少し首を傾げる。


 「どうかした……?」


 少し不安になって聞いたんだけど、ユトはカップを持っていない方の手で制止のポーズを取ったので、私は大人しくユトの動向を窺うことにした。

 実験台とか言ってユトに新しい魔画のお試しをさせてはもらっているけど、私のこの能力はどうもチートくさくて、今までに失敗したことがない。つまりあんまり実験の必要性は感じないので、ユトはあくまで念のための実験台要員だ。ユトが捕まらないときは自分で実験台になったりもする。というか自分で実験する方が多い。

 本当は他人で試すのは気が引けるから、ユトを実験台にするときは失敗しても問題ないようなものを選んでいるんだけど、今回は自分の身体では描きづらい場所だったからユトに描かせてもらった。

 ちなみに描く場所はどうしてもそこじゃないといけないということは無いんだけど、でも結構描く場所には意味もあるし効果の強弱にも多少影響するので、あえて効果の薄い場所は選ばないようにしているんだ。


 ユトが意を決したようにカップを傾け、先ほどよりも多くの紅茶を口に含んだ。


 「ッ!! ぐっ……げほっごほっ」

 「ユト!」


 紅茶を口に入れた途端、苦しそうに咽たユトに慌てる。

 スカートのポケットからハンカチを出して渡し、慌てて水差しからコップに水を注いでそれもユトに渡した。


 (やばい、もしかして初の失敗……!?)







説明が分かりづらかったらご一報ください。


ユトは18歳くらい。主人公は24歳くらいを想定しています。

18を少年というのは微妙ですが、主人公の感覚で20歳未満=少年なのでお許しを。

あとユトは西欧系にしては童顔で成長も遅いというどうでもいいような設定があったりします。まだ成長期。



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