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異世界のかけら -断片集-  作者: 滝底
本編的断片
12/48

◆異世界人だらけの異世界? 前編 (強制就職)


【キーワード】


強制就職によるトリップ・異世界人だらけ・巨大図書館・眼鏡・潔癖・冷静沈着……と見せかけて振り回される美形・ブルーハワイ






 カッカッカッ、と短く高い靴音を響かせて、足早に廊下を歩いていく。

 青年は今まで生活してきた中で、これほどに早く歩いたことは早々無かった。いつも冷静沈着に。状況判断を欠かさず。不意の出来事にも難なく対処できるように。隙など見せてはならない。必要に迫られて駆けることはあっても、これほど苛立ち紛れに靴音を響かせたことは無かった。

 そんな青年が何故これほどイラつきながら早足で廊下を歩いているかというと、原因は向かう先にある。


 「――ライカッ!」


 バンッと勢い良く扉を開け放ちながら、青年は室内に向かい、部屋に響き渡るほどの声で怒鳴った。

 見慣れた部屋は青年が今朝出かける前に見た光景と変わらずすっきりと整頓され、塵一つ無いかのように清潔感があった。ただ一つ、あるはずの無いものがそこにある。

 青年がフレームのない眼鏡の奥の瞳をギラギラと光らせながら睨みつける先には、シングルサイズのベッドがあった。朝には綺麗にベッドメイクされていたはずのそこに、こんもりと出来上がった山。

 青年の怒声に反応したのか、ベッドの上の小山から小さく呻る声が聞こえて、やがてそれはもぞもぞと動き出した。青年は待ち構えるように腕を組み、仁王立ちでその様子を睨みつける。もぞもぞしていた塊は暫くして、バサリと音を立てて掛け布を払いのけた。予想通りの人物の顔に、青年は片眉を跳ね上げた。

 掛け布から出てきたのは、盛大に寝癖を立てた、まだ何処か幼さの残る一人の少女だ。寝心地のいいベッドですっかり寝こけていたのだろう少女――来夏らいかは、まだ完全に目覚めていないのか茫洋と一点を見つめている。

 そのだらしの無い姿を確認すると青年はさらに眉を吊り上げ、ついでに眼鏡も人差し指の甲でぐぃっと押し上げて、ツカツカと少女へ歩み寄った。顔に掛かるアッシュブロンドの髪を払いながらベッドの前まで行き、低く地を這うような声で言う。


 「ライカ、貴女は一体ここで何をしているんです。待ち合わせの場所にも訪れないで!」


 高い位置から見下ろす青年に来夏は視線を上げ、その形相にも気づかずぼんやりと瞳を瞬かせた。まだ半分夢の中にいるのか来夏の反応は薄く、纏う空気は青年とは反対にひどく緩やかだ。

 少女は青年を見上げたまま数度瞬きした後、徐に青年の腕を掴んだ。寝起きにしてはその動きは驚くほど俊敏だった。

 しかし、――これもいつものことだ。

 最初の頃こそ身構えることもなく不覚を取ったが、経験を積んだ青年はもはや動揺などしなかった。


 「ふっ、甘いですね、ライカ。この私がそう何度も同じ手に……うわッ」


 勝ち誇ったように口角を上げて足に力を入れ、いつものようにベッドへ引きずり込まれないように踏ん張ったというのに。少女は予想に反して青年の方へ体重を掛けてきたため、思い切り後ろへ押し倒される形となってしまった。

 自分と少女の体重を受けて床に強か打ちつけた腰が痛い。

 顔を歪める青年に、少女はぽつりと呟いた。


 「……ぶるーはわぃ……」


 青年がはっとしてスカイブルーの瞳を見開いたときには遅かった。

 倒れた衝撃でずり落ちた眼鏡はいつの間にか来夏に奪い取られ、視界にはぱっくりと大きく開かれた口が――。


 かぷっ、と青年は左目にかぶり付かれた。


 歯を立てられる恐怖か、それとも別の何かに対してか。青年は肩を震わせ身を固める。来夏の肩を掴む手に無意識に力が入った。

 来夏は青年に馬乗りになったまま、何度か唇で食むように甘噛みした後、ぺろりとその瞼を舐める。生温かい感触が瞼を撫でて、青年の背中を何かが駆け上がった。

 嫌悪だ。これは嫌悪以外の何ものでもない。と青年は自分に言い聞かせるも、彼の心拍数は上がり、短く吐き出す呼気の温度がいや増す。身体の底から湧き上がる衝動に抗い難い魅力を感じる。制止の声は確実に聞こえてくるのに、打ち崩すような奔流が全てを打ち流す。


 クソッ――。


 らしくもなく悪態をついた青年は、しかし堪えきれず、来夏の肩を掴む手に一層力を込めてその細い肩を引き寄せようとした。だが、当の来夏が唐突に身を放した。

 引き寄せようとした力の何倍ものそれで突き放される。来夏の急な動きと、それによって生まれた二人の隙間に空気が流れ込み、濡れた感触の残る瞼が外気に触れて冷たく冷えるのを感じた。

 しばし見つめ合ったあと、来夏は音がするような勢いで頬を染めた。その目には茫洋とした濁りはなく、はっきりと意思の光が見える。ようやっと目が覚めたらしい。しかし、現実を見て朱を上らせた来夏とは逆に、青年の頭からはすっと熱が降りていくようだった。

 何か途轍もなく血迷った行動に出るところだったような気がするが、きっと気のせいだ。自分は何もしていない。ただ、目の前の痴女に襲われたに過ぎない。そうだ、まさか万に一つも応えようなどと……有り得ない。絶対に。


 「ニ、ニヴル、いつ帰って来たの? ……というか、なんか、ごめん……ね?」


 痴女はまるで乙女のように恥らって言う。白けた気分だ。

 ニヴルは来夏から眼鏡を引っ手繰るようにして奪い返すと、懐から専用のハンカチを取り出して腹立ち紛れに力を込めて拭き始めた。傷がついてしまうかもしれないが、それよりも自分の所有物に他人が触れたことが気に入らない。

 一頻り来夏が触れたであろう所を念入りに拭いたはいいが、ニヴルは再び掛けなおすことはなく懐に仕舞う。どうせ度など入っていないから問題はない。

 ニヴルは未だ己の上に乗ったままの来夏に構わず身を起こした。


 「! いっ……たーいっ!」


 当然バランスを崩してすっ転んだ来夏がどこかぶつけたようで抗議の悲鳴を上がったが、それを冷たく見下ろし、ニヴルは言い放った。


 「自業自得です。そんなところに座ってないで、さっさとその汚らしい涎を何とかしなさい」

 「“汚らしい”とか言った! “汚い”じゃなくて“汚らしい”とか言ったーっ! 女の子にむかって酷いよ!!」

 「汚らしいものを汚らしいと言って何が悪い。どこに女性がいますか、連れて来なさい。それが確かに女性であれば誠意を込めて謝罪しましょう。まず無理でしょうが。いやそれよりも、貴女の所為で私の布団が穢れました。どうしてくれるのです。責任を持って洗濯屋に出しておきなさい」


 私は貴女の汚らしい涎で汚れた顔を洗ってきます、と言いおいて、ニヴルは足音荒く洗面台へと向かった。

 捲くし立てるような台詞に、来夏は打ちつけたお尻の痛みも忘れてぽかんと見送るしかなかった。







キーワードの内容がほとんど出てこず……。

次話あたりである程度の説明なんかを入れられるといいなと思いますorz



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