第9話「始まりの設計図」
地下に逃れた人類は、生き延びた。
だが――
生きているだけでは、文明とは呼べない。
空間は限られ、資源は不確定。
地上のように「奪えば補充される」世界ではなかった。
最初に問題となったのは、
エネルギーだった。
ジェレスは地下深部の観測データを前に、静かに言った。
「太陽は無い。風も無い。水力も不安定だ」
「だが……この星そのものは、まだ生きている」
彼が指したのは、
地下深くから立ち上る熱の流れ。
地熱。
それは枯れないが、制御を誤れば全てを焼き尽くす
――諸刃の剣だった。
人々は理解した。
ここでは、力を振り回す文明は生き残れない。
制御できる文明だけが、生き残る。
次に立ちはだかったのは、
光と食料。
地下は闇だった。
完全な闇は、人の精神を確実に蝕む。
ジェレスは「灯り」を
単なる照明としてではなく、
生態系の一部として設計する必要があると考えた。
「光は、心を支える」
「食料は、命を支える」
「ならば――同時に生み出す」
その発想が、
後に地下文明の象徴となる技術へと繋がっていく。
だがこの時点では、まだ
構想に過ぎなかった。
そして、最大の問題。
人類そのものだった。
限られた空間、限られた資源。
地上で当たり前だった「所有」は、
ここでは争いを生むだけの毒になる。
ジェレスは、全員の前で宣言した。
「資源は、個人の物ではない」
「奪い合えば、全員が滅びる」
一部から反発の声が上がる。
だが、代案を出せる者はいなかった。
ここでは、
全てが計算され、管理されなければならない。
それは理想郷ではない。
だが、現実的な生存戦略だった。
こうして地下では、
静かに、しかし確実に
新しい文明の設計図が描かれていく。
・地熱を基盤としたエネルギー循環
・光と食料を同時に生み出す生態技術
・完全管理型の資源共有
・軍事という概念の排除
それは地上文明の延長ではない。
地上文明の反省から生まれた、別系統の文明だった。
ジェレスは記録に、こう残している。
「我々は、神に選ばれたのではない」
「ただ――選択を誤らなかっただけだ」
地上では、
再び国家が生まれ、争いが芽吹き始めていた。
地下では、
争いを“成立させない構造”が、静かに形を成していく。
同じ人類。
同じ起源。
だがこの瞬間、
進化の方向は、完全に分岐した。
そして――
この地下文明は、
やがて自らをこう呼ぶことになる。
**「オブザーバー」**と。
――大洪水の時代、その真実
その日、空は割れ、
大地は水に呑まれた。
人々は言う。
それは神の怒りであり、
選ばれし者だけが救われたのだと。
だが真実は、
もう少し静かで、
残酷だった。
人類は、
二つの道を前にしていた。
力によって統べる道。
分かち合うことで生きる道。
雷鳴の下、
一人は空を仰ぎ、
一人は地の底を見つめた。
選ばれたのではない。
選んだのだ。
水が全てを覆い尽くした後、
地上には物語だけが残った。
神話、伝承、戒め。
地下には、
名もなき記録が残された。
それは祈りではなく、
誓いでもない。
ただの、
観測記録だった。
人類は滅びなかった。
だが、同じ人類でもなくなった。
そして今日もまた、
空の下で人は争い、
地の下で誰かが見ている。
神は語らない。
だが、
観測は続いている。
――第一章 完




