第7話「選別される未来」
地上は、もう完全に死んでいた。
かつて山だった場所は海の底に沈み、文明の痕跡は濁流に削られ、歴史ごと洗い流されている。
ジェレスは地下深く、岩盤に囲まれた仮設拠点の観測室で、最後の地上データを静かに見つめていた。
「……終わったな」
呟きは、誰に届くこともなく消える。
ノアの方舟。
神話として後世に語られる“救済”の物語の裏で、救われなかった世界が、確かにここにあった。
そして――
カイザーの名も、もう地上には存在しない。
彼は滅んだ。
洪水と共に。
思想と野望ごと。
ジェレスは目を閉じる。
かつて共に語り合い、同じ数式を追い、未来を信じた友の顔が浮かぶ。
「お前は……支配を選んだ」
「俺は……生存を選ぶ」
それが、二人の分岐点だった。
地下空間は、まだ「文明」と呼べるものではなかった。
巨大な空洞。
掘削途中の岩壁。
簡易的に組まれた居住区画。
酸素循環も、食料供給も、すべてが不安定だ。
ここは避難所であり、実験場であり、
そして――賭けだった。
「地上は、もう戻れない」
ジェレスは記録装置に向かって語りかける。
これは日記ではない。
未来への報告書だ。
「人類は、自然に勝てない」
「ならば、自然の“下”に生きるしかない」
地下に残された生存者は、わずかだった。
選ばれたのではない。
選別されたのだ。
技術者、研究者、管理能力を持つ者。
感情ではなく、機能で判断された人間たち。
それでも――
ジェレスは迷っていた。
「俺は……神になりたくない」
カイザーが目指した“統一された人類”。
それは、管理と支配の世界だ。
だが、この地下で同じことをすれば、
結果は同じになる。
「だから、俺は“観測者”になる」
導かない。
命令しない。
ただ、生き延びるための選択肢だけを用意する。
地下文明は、まだ名もない。
思想も、制度も、完成していない。
だがこの瞬間――
人類史は、静かに分岐した。
地上を捨てた文明。
神を名乗らない導き手。
支配を拒否する科学。
ジェレスは、地下空間を見渡し、深く息を吸う。
「ここからだ……」
まだ、何一つ完成していない。
エネルギーも、食料も、装備も、思想すら。
だが確かに――
次の世界の鼓動が、岩盤の奥で鳴り始めていた。




