第5話 暗闇の中で
地下には、朝がなかった。
時間の感覚は、
船の計器と人の体内時計だけが頼りだった。
《ファントム》を降りてから数日。
人々は巨大空洞の一角に仮設拠点を築いていたが、
それは「住居」と呼べるものではなかった。
湿った岩肌。
冷たい空気。
限られた酸素。
そして――
光が、無い。
携行灯の電力は有限だった。
食料も、地上から持ち込めた分だけ。
誰も口には出さない。
だが全員が理解していた。
このままでは、
いずれ詰む。
「……ジェレス」
若い技術者が声をかける。
「地上に戻る、という選択は……」
その言葉は最後まで続かなかった。
ジェレスは否定もしなければ、
怒りもしなかった。
ただ、静かに答える。
「戻れば、生き延びる者はいるだろう」
沈黙。
「だが、
同じ理由で、
また滅びる」
彼は周囲を見渡す。
疲れ切った顔。
子どもを抱く母親。
計器を睨み続ける科学者。
「ここで生きる方法を見つける」
それは命令ではなく、
覚悟の共有だった。
最初の問題は、
エネルギーだった。
装置を動かすにも、
空気を循環させるにも、
光を生むにも、
すべてに力が必要だ。
だが地下には、
燃料も太陽もない。
「……いや」
ジェレスは岩盤に手を当てる。
「ある」
足元のさらに奥。
遥か下で、
地球そのものが鼓動を打っている。
「地熱だ」
掘削は危険だった。
崩落の恐れ。
高温高圧。
未知の地層。
最初の試みで、
装置は壊れ、
一人が軽い火傷を負った。
それでも、
誰もやめようとは言わなかった。
次に問題になったのは、
食料だった。
地上から持ち込んだ作物は、
光がなければ育たない。
菌類、苔、藻類。
可能性はあるが、
地下環境では成長が遅すぎる。
「光を作る必要がある」
誰かが言う。
「人工照明では、
エネルギーが足りない」
ジェレスは考える。
光を“作る”のではない。
光を“生む存在”が必要だ。
その発想が、
後に“光ゴケ”と呼ばれるものの
原点だった。
そしてもう一つ。
地下での作業は、
人の体を簡単に壊す。
崩落、圧力、熱、放射線。
「人が直接やるには、限界がある」
ジェレスは言った。
「人を守る“殻”が必要だ」
それは武器ではない。
兵器でもない。
生きるための装置。
後にアトムスーツと呼ばれる概念は、
この瞬間に芽生えた。
だがこの時点では、
まだ図面すら存在しない。
あるのは、
問題と、
諦めない意志だけだ。
地下文明は、
一夜にして生まれたわけではない。
失敗と、
疲労と、
絶望の中で――
それでも続ける選択から始まった。
ジェレスは、
暗闇の中で呟く。
「神はいない。
だが、考える人間はいる」
その言葉が、
この文明の礎になった。
光は、
まだ無い。
だが――
確かに、
未来は見え始めていた。




