第4話 地下へ
世界は、終わりを迎えていた。
空は裂け、
雨は止まることを忘れ、
海は陸を飲み込み続ける。
それでも――
すべてが終わったわけではなかった。
ジェレスは、
原子潜水船の艦橋に立ち、
静かに指示を出す。
「潜航を開始する」
船体が淡く光り、
原子分解フィールドが展開される。
鋼鉄の船は、
水を拒まず、
岩を壊さず、
ただすり抜けていった。
誰も声を出さない。
ここにいる全員が理解していた。
この潜航は、
後戻りのない選択だということを。
深度は増し、
光は完全に失われる。
外界との通信は、
すでに途絶えていた。
やがて――
衝撃もなく、
振動もなく、
《ファントム》は停止した。
「……着底」
誰かの呟き。
ジェレスは計器を確認し、
ゆっくりと息を吐く。
「成功だ」
ハッチが開かれる。
外に広がっていたのは、
想像とは違う世界だった。
太陽はない。
星もない。
ただ、果ての見えない闇と、
湿った空気。
巨大な地下空洞。
自然に形成されたとは思えない広さだが、
そこに文明の痕跡は一切なかった。
「……何もないな」
その言葉は、
絶望にも、安堵にも聞こえた。
ジェレスは一歩踏み出し、
暗闇に目を凝らす。
「だが――
何もない、ということは」
彼は静かに言う。
「ここから、
何でも作れるということだ」
人々は、
ようやく理解し始める。
彼らが辿り着いたのは、
楽園ではない。
避難所でもない。
文明を一から築かなければならない場所だ。
誰かが不安そうに尋ねる。
「……地上には、戻れないのですか?」
ジェレスは即答しなかった。
少しの沈黙の後、
はっきりと告げる。
「戻らない」
言葉は重い。
「地上は、
また同じ過ちを繰り返す」
彼は続ける。
「我々は支配しない。
裁かない。
神にもならない」
暗闇の中で、
彼の声だけが響く。
「だが、
人類が再び滅びに向かうなら――
見ている者にはなれる」
この時点では、
まだ名前はなかった。
ただ、
干渉しすぎず、
見捨てもしない。
そんな矛盾した立場が、
静かに生まれただけだ。
人類はこの日、
地上と地下に完全に分かれた。
地上では、
ノアの方舟だけが生き残り、
神話が紡がれていく。
地下では、
何もない暗闇の中で、
人類がもう一度、
火を起こそうとしていた。
文明は、
まだ始まってすらいない。
だが――
ここから始まる。




