第26話 「観測者同士」
都内・某総合病院。
白い天井。
消毒液の匂い。
須藤海斗はベッドに腰掛け、点滴を眺めていた。
「奇跡的ですねぇ」
医師が笑う。
「栄養失調はありますが、致命的な外傷はありません。半年山にいたとは思えない」
海斗は苦笑する。
「俺も思ってます」
ノック。
空気が変わる。
入ってきたのはスーツ姿の男。
四十代半ば。
静かな目。
医師が一瞬で姿勢を正す。
「……防衛情報局の」
男は軽く会釈する。
「少しお時間を」
医師が出ていく。
静寂。
男は名乗る。
「鷹宮蓮司」
海斗は一拍遅れて頷く。
「須藤海斗です」
視線がぶつかる。
静かな火花。
鷹宮は椅子に座らない。
立ったまま。
「半年間、何があった?」
直球。
海斗は目を逸らさない。
「滑落しました」
「どこへ?」
「分かりません。気付いたら洞窟にいました」
「食料は?」
「……地下水と、苔」
鷹宮の目がわずかに細くなる。
「人は苔だけで半年は生きられない」
海斗は肩をすくめる。
「運が良かったんでしょう」
沈黙。
鷹宮が静かに言う。
「山の地下に、何がある?」
空気が凍る。
海斗は一瞬だけ考える。
アインの声が微かに耳の奥で響く。
〈感情変動を抑えろ〉
海斗は笑う。
「岩じゃないですか?」
「巨大なエネルギー反応があった」
「そうなんですか?」
「君が消えた瞬間だ」
間。
視線が刺さる。
海斗は目を伏せない。
「偶然でしょう」
鷹宮はゆっくり歩き、窓際へ移動する。
「海にも異常が出た」
海斗の心臓がわずかに跳ねる。
だが表情は変えない。
「ニュースで見ました。怖いですね」
「怖いか?」
「普通は」
鷹宮が振り返る。
「君は怖くないのか」
沈黙。
海斗は少しだけ笑う。
「……生きて帰れたんで」
その言葉に、鷹宮の目が変わる。
わずかに。
「何かを“見た”目だ」
海斗は内心で思う。
(やっぱ鋭いな、この人)
鷹宮が近づく。
「須藤海斗」
低い声。
「もし山で何かに出会ったのなら」
一拍。
「それは敵か?」
空気が重い。
海斗の頭に、地下都市の光景がよぎる。
アイン。
マドラー。
発光する都市。
彼は答える。
「……少なくとも」
わずかな間。
「俺を殺す気はなかったですね」
鷹宮の瞳が揺れる。
「“それ”は理性的か」
「たぶん」
「文明か?」
海斗はほんの一瞬だけ黙る。
それが最大のヒント。
鷹宮は見逃さない。
「……そうか」
それ以上は踏み込まない。
「今日はここまでだ」
海斗が言う。
「拘束しないんですか?」
「今はな」
鷹宮はドアへ向かう。
そして止まる。
「須藤」
振り返らずに言う。
「私は敵になりたいわけではない」
静かな言葉。
「だが、国家は未知を放置できない」
ドアが閉まる。
海斗は天井を見る。
小さく息を吐く。
イヤーピースが微振動。
〈解析完了〉
アインの声。
〈彼は合理的だ〉
海斗は呟く。
「だから怖いんだよ」




