第25話 「帰還者」
地下都市・転送区画。
淡い白光が円形装置を包む。
アインが静かに言う。
「最終確認。記憶制御装置は作動する」
海斗が肩を回す。
「効きにくいんだろ?」
「完全ではない。だが断片的な消去は起こる可能性がある」
「上等」
マドラーが一歩前に出る。
「地上は以前と同じではない。監視されている可能性が高い」
「分かってる」
海斗は二人を見る。
「でも逃げない」
アインの瞳がわずかに柔らぐ。
「……橋になる覚悟はあるか」
海斗は笑う。
「もうなってるだろ」
一瞬の静寂。
光が強まる。
アインが最後に言う。
「須藤海斗。観測は続く」
「了解、相棒」
閃光。
視界が白く弾ける。
山岳地帯・夜明け前
冷たい風。
土の匂い。
海斗は仰向けに倒れていた。
「……っ」
目を開ける。
空。
薄く明るみ始めた東の空。
息を吸う。
現実。
ゆっくりと起き上がる。
「戻った……」
頭がズキリと痛む。
一瞬、地下都市の光景がノイズのように揺らぐ。
消える。
「……いや、消えない」
拳を握る。
はっきり覚えている。
アインの声。
マドラーの目。
発光する都市。
「よし」
立ち上がる。
その瞬間。
遠くで微かなモーター音。
海斗の目が鋭くなる。
「もう来てるか」
山の稜線の向こう。
小型ドローンが旋回している。
以前より高度が高い。
目立たないが、確実に監視している。
海斗はわざと、ふらついた演技をする。
「……あれ、俺、何してた?」
空を見上げる。
ドローンが一瞬ホバリングを止める。
カメラがズーム。
海斗はスマホを取り出す。
圏外表示。
苦笑する。
「圏外とか、リアルだな」
ゆっくり山を下り始める。
心臓は早い。
だが足取りは自然に。
防衛情報局・特別観測課
オペレーターが声を上げる。
「山岳監視エリア、人物確認!」
室内が一瞬で緊張する。
モニターに映る男。
汚れた服。
無精ひげ。
だが顔は鮮明。
「顔認証……一致率九八%」
沈黙。
「須藤海斗です」
空気が凍る。
鷹宮はゆっくり立ち上がる。
「……戻ったか」
画面を凝視する。
「衰弱は?」
「軽度。歩行安定」
「不自然な点は?」
「現時点ではなし」
鷹宮の目が細くなる。
「山で半年行方不明だった男が、自力で下山してくるか」
誰も答えない。
「泳がせろ」
静かな命令。
「接触はするな。追尾のみ」
一拍。
「彼が何を“持ち帰った”のかを見る」
山道
海斗は歩きながら小さく呟く。
「見てるだろ」
空へ。
返事はない。
だが。
イヤーピースが微かに振動する。
極小通信。
〈……確認〉
アインの声。
ほんのノイズ混じり。
海斗は口角を上げる。
「ちゃんと覚えてる」
〈記憶保持率、想定以上〉
「言っただろ」
一瞬だけ通信が乱れる。
〈地上側、完全監視体制〉
「分かってる」
小さく息を吐く。
「ここからが本番だ」
遠くで救助ヘリの音。
捜索隊の姿。
誰かが叫ぶ。
「いたぞー!!」
海斗は振り向く。
手を振る。
「おーい!」
だがその目は、笑っていない。
戦いではない。
心理戦。
須藤海斗は今、
地上と地下の“接点”として立っている。
そしてどこかで。
鷹宮蓮司が、静かにその姿を見つめている。




