第20話:観測者の矛盾
崩れかけた制御室。
赤い警告灯が断続的に明滅し、天井のパネルから火花が散る。
マドラーは倒れたまま、荒く息をしていた。
アトムスーツの装甲はひび割れ、エネルギー警告が点滅している。
海斗はその前に立った。
「……終わりだ、マドラー」
マドラーがゆっくりと顔を上げる。
「終わりだと? 違うな……これは始まりだ」
「何がだよ」
「地上の連中はもう動いている。お前がここにいる間にもな」
その言葉に、海斗の心臓が一瞬だけ跳ねた。
「どういう意味だ」
マドラーは笑った。血が口元を伝う。
「観測は常に一方通行ではない……ということだ」
その瞬間――
制御室中央の立体ホログラムが強制起動した。
地上の映像。
複数の軍用ドローン。
山岳地帯上空。
強力な地中探査波。
海斗の喉が乾く。
「……俺が消えた場所を、探ってるのか」
アインが低い声で言う。
「可能性は高い。君の失踪は“事故”として処理されたが、異常なエネルギー反応が記録されている」
マドラーが叫ぶ。
「見ろ! これが現実だ! 地上は必ず辿り着く! 我々が何もしなければ、やがて侵略される!」
「だから先に支配するって言うのか?」
海斗が振り返る。
「それは守ることじゃない。恐怖だ」
「綺麗事だ!」
マドラーが立ち上がろうとする。
「我々は四千年以上、隠れ続けた! だが地上は変わらない! 戦争、争奪、破壊! あの世界は病んでいる!」
海斗は静かに言った。
「……それでも俺は、地上の人間だ」
制御室の空気が凍る。
「俺はあの世界で生きてきた。嫌な奴もいる。腐った奴もいる。けどな」
一歩踏み出す。
「それでも全部が腐ってるわけじゃない」
マドラーの目が揺れた。
「友達もいる。家族もいる。笑う奴もいる。夢見る奴もいる」
「感情論だ!」
「違う」
海斗の声が低くなる。
「可能性だ」
沈黙。
アインが静かに前に出る。
「マドラー。君は恐怖に基づき未来を選ぼうとしている。だが我々は“観測者”だ。支配者ではない」
マドラーが震える。
「では……どうする?」
海斗が答えた。
「俺が行く」
二人が同時に振り向く。
「地上に戻る」
「無理だ!」アインが即座に言う。
「戻れば記憶は再び干渉される可能性がある。最悪、完全に消去される」
海斗は笑う。
「その装置、俺には効きにくいんだろ?」
アインの目が揺れた。
「……強い意志は残滓を残す」
「だったら何度でも思い出す」
マドラーが低く呟く。
「お前は……愚かだ」
「そうかもな。でもな」
海斗はアインを見る。
「俺、ここ好きなんだよ」
アインの瞳がわずかに開く。
「お前らの世界。綺麗で、静かで、ちゃんと未来を考えてる」
一拍。
「だから壊させたくない」
マドラーは言葉を失う。
アインが静かに言った。
「……戻るなら条件がある」
「何だ?」
「観測は続く。だが介入は最小限だ。君は橋になる」
「橋?」
「地上と地底を繋ぐ、意志の媒介だ」
海斗は肩をすくめた。
「ヒーローってやつ?」
「……孤高の、な」
三人の間に奇妙な静寂が落ちる。
外ではまだ警報が鳴っている。
だが今、何かが変わった。
マドラーがゆっくりと視線を落とす。
「……もしお前が裏切れば」
海斗が即答する。
「その時は、止めに来いよ」
その言葉に、マドラーは初めて小さく笑った。
「気に入らんが……面白い男だ」
アインが制御パネルに手を置く。
「地上帰還ルートを準備する」
海斗が振り返る。
「アイン」
「何だ」
「敬語、外したんだよな」
アインはわずかに微笑む。
「……ああ」
海斗がニヤリとする。
「じゃあ頼む、相棒」
一瞬。
ほんの一瞬。
アインの感情制御が遅れた。
「……了解だ、海斗」
遠く、地上ではドローンが地面を探査している。
地下では、観測者が新たな選択を始めた。




