第3話 地底への旅
空中に固定されたまま、須藤海斗の足元に、微かな光の帯が現れた。
それは、風でも岩でもない、空間の境界線のようだった。
観測者は何も言わない。
声も、動作も、存在の気配すら控えめだ。
だが、海斗は理解した。
「動くな」という意思が、体の全てを支配している。
光の帯が海斗を包む。
感覚は、重力も、時間も歪むように変化していった。
山の匂いも、風も、音もすべて消え、代わりに無音の宇宙に浮かぶような感覚。
「……ここ、どこ……」
思考は届く。
だが体は動かない。
眼前に広がる空間の暗さと、遠くに見える淡い光が、
海斗の理性をわずかに支えていた。
光が集中し、意識の中に直接、記録が流れ込む。
情報の洪水だ。
地形、構造、存在、歴史――
すべてが一度に伝わる。
しかし、海斗の脳はその半分しか理解できない。
理解の限界を超えた圧倒的知性の片鱗だけが残った。
残像のように、記憶の奥に引っかかる。
瞬間、視界が変わった。
目の前の景色が、完全に人間の視界を超えた地下都市に変わる。
光ゴケが薄明かりを灯し、壁は存在しても透明で、必要に応じて出現する。
都市は広大で、無数のコロニーが空間に重なっている。
海斗は吸い込まれるように、地下世界の中心へと運ばれる。
息もできないわけではないが、胸の奥に不可視の圧力を感じる。
自由を奪われた恐怖よりも、理解を超えた光景に圧倒される感覚。
そして、静かに頭の奥に触れる。
“記憶の調整”。
見てはいけないものを見た痕跡を、海斗の意識から一度だけ消す。
だが、完全ではない。
心の片隅に、薄く残った感覚がある。
潜水艦、光の揺らぎ、そして――観測者に見られたこと。
「……これは、夢……なのか……?」
疑問符だけが残ったまま、
海斗は地底文明の核心へ運ばれていく。
目に見えるものは壮麗で、冷徹で、秩序だっていた。
だが心に刻まれた恐怖と好奇心は、
決して消えなかった。
――こうして、須藤海斗の現代編は始まる。
地上人としての日常は一度破壊され、
見てはいけないものを見た者として、
地底文明の観測と管理の中に組み込まれたのだ。




