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第五話 焚き火の前で語る過去

朝だった。瞼を開けた瞬間、全身に鈍い痛みが走る。


「……っ、痛いな」


昨日の戦いの傷が、時間差で体にのしかかってくる。動かすたびに軋むような感覚。どうやら思っていた以上に無茶をしていたらしい。首元に触れる。冷たい感触。例の首飾りだ。


――この力、軽く見てはいけない。


助けられたのは事実だが、それに頼り過ぎれば代償を払うことになる気がしてならない。理由は分からない。ただの直感だ。それでも、嫌な予感だけははっきりと残っていた。洞穴の外では、ハクが見張りをしているはずだ。


「よ、ハク!」


声をかけると、すぐに返事が返ってきた。


「……あ、クタイ。もう起きたの?」


入口からひょこっと顔を出した彼は相変わらず狼の耳をぴくりと動かしている。.


「さっきな。見張り大変だったろ。少し中で休んでいいぞ」

「うん、あるがと」


ハクは素直にうなずき、中へ入ってきた。


外に問題がなさそうなのを確認して、俺たちは消えかけていた焚き火の前に座る。火種を整えると、炎はすぐに息を吹き返した。揺れる橙色の光が洞内を照らす。ハクはその火をじっと見つめていた。何かを考えている顔だった。


やがて口を開く。


「ねえクタイ。昨日……僕の話したよね。今日は君が話す番だって」

「あ……そうだったな」


俺は苦笑した。


そして家族のこと、街に預けられたこと、戦争のこと、街を離れたこと、山でハクを見つけるまで――


必要最低限だけを語った。


長く話すつもりはなかった。語りすぎれば、記憶が鮮明になりすぎるからだ。


「……まあ、そんな感じだ」


短く締める。ハクは少し黙ってから言った。


「僕たち……似てるね」

「ああ。同じ道を歩いてるのかもな」


火が小さく弾ける。


しばらくの沈黙のあと、ふと思った疑問を口にした。


「なあハク。ひとつきいていいか?」

「なに?」

「なんで俺たち普通に話せてるんだ? ケモノ族って人の言葉話せないって聞いてたんだけど」


ハクはきょとんとした顔をする。


「人の言葉? 僕はいつも通り話してるだけだけど?」


……妙だ。


本来なら通じるはずがない。それなのに、俺には彼の言葉が自然に理解できる。


首元のネックレスに触れる。


――これの力なのか?


確証はない。だが偶然とは思えなかった。


炎の揺らめきの中で、ハクがぽつりと呟く。


「……僕の村のこと、もう少し話していい?」

「ああ」


彼の視線は炎の奥――過去を見ているようだった。


*********************************************************************


ルナガード村は、小さくて静かな場所だった。


森に囲まれた集落。朝には鳥の声が響き、夜には焚き火を囲んで皆で食事をする。貧しくても、笑い声の絶えない場所だった。


父は強くて、母は優しくて――

それが当たり前の世界だった。


けれど。


「―昨日の夜……全部終わった」


夕食の時間だった。突然、外から怒号と金属音が響いた。

兵士だった。


パラドニア王国の軍勢。


理由なんてなかった。ただ通り道だったから――それだけで村は踏み潰された。


男たちは抵抗し、斬り捨てられた。女たちは連れて行かれた。


ハクの声が震える。


「父さんも……母さんも……」


俺はなんも言えなかった。その続きを知っているような気がしたからだ。


「僕と何人かの子供は森に逃げた。でも……」


隠れる場所を探して彷徨う途中、盗賊に見つかった。捕らえられ、王国へ売られる途中——


「そこで君に会ったんだ」


ハクが小さく笑った。悲しい笑顔だった。


*********************************************************************

しばらく沈黙が続いた。焚き火の炎だけが、ぱちぱちと音を立てている。俺はぽつりと呟いた。


「……もしかして、俺たちって同じ道を歩いてるのかもしれないな」


ハクは少し驚いたようにこちらを見たあと、小さくうなずいた。


「うん……そうかもしれない」


炎の光が、彼の銀色の毛並みに揺れている。ふと、さっきから気になっていたことを思い出した。


「なあハク、ひとつ聞いてもいいか?」

「なに?」

「俺たち、どうして普通に話せてるんだ?」


ハクの耳がぴくりと動く。


「……どういう意味?」

「ケモノ族って、人間の言葉は話せないって聞いたことがあるんだ。だから最初に会ったときから、ずっと不思議だった」


ハクは少し首を傾げた。そして、本当に分からないという顔で言う。


「人間の言葉?僕はいつも通り話してるだけだけど……」

その答えに、俺は思わず黙り込んだ。本来なら、理解できないはずなんだ。それなのに、俺には彼の言葉が当たり前のように聞こえている。


視線が、自然と首元へ落ちる。そこには、あの首飾り。冷たい金属の感触が指先に伝わる。


(……やっぱり、これか?)


確証はない。だが、偶然とは思えなかった。確証はない。だが、偶然とは思えなかった。もしあるとすれば――


この首飾りの力以外に考えられない。だが、その力がどこまで働いているのか、俺自身まだ何も知らない。炎の向こうで、ハクが小さく欠伸をした。


森の朝は静かだった。だけど、俺たちの旅は――


まだ、始まったばかりだった。


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