第四話 鎖の音、獣の叫び
反射的に剣をよけた。
刃が空を切る音と同時に、俺の身体は獣耳の横をすり抜けていた。考えるよりも先に身体が動いたのだ。あの首にかかった鍵――あれを壊せば、この獣は自由になれる。そう信じて、俺は鎖へと手を伸ばした。
その瞬間だった。
「――後ろだ!」
声が届いた時には遅い。
背後から叩きつけられるような衝撃。反射的に鎖を掴み、そのまま攻撃が来た方向へ振り回す。金属が砕ける乾いた音がした。鎖は壊れた。だが同時に、別の衝撃が身体を貫いた。
剣が――俺の脇腹を裂いていた。
「やだっ!」
獣の悲鳴が森に響く。
耳をつんざくような、必死で、恐怖に満ちた声。
……なんでだ。
なんで俺は、名前も知らない、言葉も通じないはずのこの獣を助けようとした?
あの時、獣の言葉を聞いた瞬間に逃げていれば、今も俺は生きていたかもしれない。
なのに、どうして――。
「馬鹿ガキめ、弱すぎるんじゃないか?もっとやれると思ってたんだがな」
盗賊の嘲るような声。
別の男が短く笑った
「ヒャ!」
「テメェ!!!」
怒鳴り声と同時に、獣が俺の前へ飛び出した。
「僕を助けたこの人間、僕守るのじゃ!」
……なんなんだよ。
助かったくせに、なんで戦うのか。
逃げろよ。生きろよ。
俺と一緒に、死ぬな――。
視界が暗転した。
*
目を覚ますと、俺は横穴の中に横たわっていた。
湿った土の匂い。微かに差し込む光。隣には木皿が置かれ、その中には虫と水があった。傷口は草本で丁寧に覆われている。
……生きてる、のか。
一気に水を飲み干し、虫を口に放り込む。
噛んだ瞬間、思ったよりも味があった。
空腹というものは、味覚すら裏切るらしい。
外から、足音が聞こえた。
「見つけたぞ!獣ちゃん!」
「やだ!行きたくない!!」
……また、捕まったのか。
もういい。今回は見捨てよう。生き残るためには――。
そう思った、その瞬間。
胸元のネックレスが、激しく光を放った。
「おい、なんだあれ!?横穴から、光が……!」
次の瞬間、俺は立っていた。身体が軽い。痛みがない。思考より先に、世界が遅くなる。
一瞬で盗賊の剣を奪い、そのまま一撃。骨が砕ける感触。男は声も出さずに倒れた。
「なんだあれ……!」
「またこのガキか!お前、死なないのかよ!」
剣が振り下ろされる。だが、届かない。
見えない何かが、俺を包んでいる。剣が、止まっている。
俺が剣を振ると、風が生まれた。剃刀のように鋭い風が、二人の盗賊と森を切り裂く。世界が、真っ二つに割れたように見えた。
獣耳のやつは、間一髪で避けたらしい。
戦いが終わると同時に、ネックレスの光は消えた。膝が震え、地面に崩れ落ちる。
頭痛。めまい。吐き気。そして、底のない虚無感。
……なんだ、この力。俺は、何を持ってしまったんだ。獣が、震える手で俺の服を掴んだ。
「……生きてる?」
「ああ……たぶんな」
その夜、焚き火の前で、獣はぽつりぽつりと話した。仲間を失ったこと。捕らえられ、売られそうになったこと。そして――俺が、初めて手を差し伸べた人間だったこと。
俺は空を見上げた。家族を失った日の夜と、同じ空だった。
これは、ただの始まりだ。
この力も、この出会いも。
もう、戻れない場所へ――俺たちは足を踏み入れたのだから。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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