6年生のプールそうじ
天神杜小学校に、プール開きの季節がやってきました。今日は6年生みんなで、水を抜いたプールをきれいにそうじするのです。
夏になるまでに、プールはびっしり緑や茶色の藻が生えて、ぬるぬると汚れています。6年生たちは体操服を膝上までまくり上げて、1人1本デッキブラシを持ちました。そして、一斉にプールの底を磨き始めます。
プールにこびりついた藻や落ち葉は、ブラシでこするとすぐにとれました。黙々とこすり続ける生徒もいれば、わいわいとおしゃべりしながらこする生徒もいます。また、一部の生徒は、すぐに飽きてしまって、悪友と駆け回る始末でした。
そんな中、6年2組のカナエは、プールの隅っこをしげしげと眺めていました。
「どうしたの、カナエ」
親友のアンナがカナエに呼びかけます。カナエは変な顔をして振り返りました。
「なんかね、ここに藻が集まって山みたいになってんの」
カナエが指さす先には、たしかにこんもりとした深緑色の山がありました。アンナも顔をしかめます。
「うわ、きったない」
声を聞きつけて、マサコも顔を出しました。
「なあに? それ」
「そうじしてるうちに集めちゃったのかな」
「にしては大きくない?」
そう言いながら、3人はじりじりと藻の山に近づきます。これをきれいにしないことには、そうじは終わらないからです。
ところがその時、山がひょこっと動きました。
「ひっ!」
「え? 動いた?」
「まさか……」
3人はぎょっとして、動きを止めました。目の前で、藻のかたまりはたしかにゆっくりと動いています。
「……生きてるよ」
「動物?」
カナエは、ブラシの先で藻をつつきました。すると……
『いたーい』
優しい声がかえってきたので、今度こそ3人はびっくり仰天。アンナは尻もちをついてしまいました。
緑の藻をかき分けて、小さな小さな人間が顔を出しました。ぬれてぺっとりした長い髪も、肌も、着ている服も、みんなきれいなエメラルドグリーンがかった青色なのです。目が、波に照り返す太陽の光のように、きらきらと輝いています。
「あ、あ、あなたは……?」
その小さな人間は、3人を見上げ、にっこりと笑いました。
『あたし、もずく。海から来たの。ねえ、ここにはお水がたっぷりあったのに、干上がっちゃったの?』
もずくと名乗ったその子は、さみしそうな顔で水を抜いたプールを見回します。
「ううん、水をいったん抜いて、きれいにそうじしてるだけ。もうすぐ、水を入れるよ」
カナエがそう教えてあげると、もずくはうれしそうな顔をしました。
マサコが、目を丸くして質問します。
「あなた、もしかして妖精さん?」
図書室の本で読んだ妖精にそっくりだと思ったのです。
もずくは、首をかしげました。
『妖精ってなあに? もずくは、海の泡から生まれたの』
3人は、顔を見合わせます。
「本物の妖精だ……」
「ねえ、水の中にいなくて大丈夫なの?」
『ちょっとの間なら、だいじょうぶ。水の中でも外でも、息はできるから。でも、体がかわいちゃうと、大変なの』
「どうやってここに来たの?」
『長い長いトンネルをくぐってきたよ。海にずっといるのは飽きちゃったから、冒険中なの』
「じゃあ、まだここにいる?」
アンナが、わくわくしながら聞きました。もずくと、遊んでみたくなったのです。
もずくは、にっこり笑ってうなずきました。
カナエ、アンナ、マサコは、こっそりバケツに水を入れて、その中にもずくを入れてあげました。それから、他の同級生__とりわけやんちゃな男子どもには知られたくなかったので、バケツの上にふたをして、一生懸命プールをそうじしました。
お昼休み前にやっとそうじが終わると、先生たちがきれいな水を入れてくれます。消毒のためにたくさん塩素を入れるので、プールからはつんと夏のにおいが漂ってきました。
カナエたちは、青々と水を張ったプールにもずくをそっと下ろしてあげました。もずくは、喜んで泳ぎ回ります。3人も、水着に着替えてプールに飛び込みました。今年初めてのプール。しかも、友達になったばかりの妖精も一緒なのです。しっかり者のカナエも、気の強いアンナも、のんびりやのマサコもこの時ばかりは低学年のようにはしゃぎました。
ところが、だんだんもずくの元気がなくなってきたようなのです。
「もずく、どうしたの?」
もずくを手にのせて、アンナがたずねると、くったりとしたもずくは小さな声で答えました。
『……なんだか、気持ち悪いの』
「たいへん!!」
3人はプールを飛び出し、急いで着替え、職員室に走りました。担任のミヤシタ先生に相談すると、水にたくさん入れた塩素がよくないのだろうと教えてくれました。また、先生は海の水に近い塩分濃度の水を水槽一杯ぶん作ってくれたので、さっそくもずくをその中に入れました。
「もずく、どう?」
もずくは、ちゃぷちゃぷとせまい水槽のなかで泳ぎながら答えました。
『うん、気持ちいい』
「よかった……」
ほっとした3人は、もずくも交えてあれこれとおしゃべりを楽しみました。
もずくは、理科室の水槽でくらすことになりました。他の生徒ももずくを見ようと理科室にたびたびやってくるのですが、主にお世話をするのはカナエたち3人です。
ところが……やっぱり、もずくはだんだん元気がなくなっていくようです。3人は、水槽を抱えて先生に相談しようと理科室を出ました。
廊下で、教頭先生とサワミ先生が、掲示物の張り替えをしています。
「おお、どうした、お前たち」
サワミ先生に声をかけられたので、カナエはもずくのことを相談しました。
水槽の中で膝を抱えて座り込むもずくを見て、サワミ先生はあっさりと答えました。
「そりゃ、こいつにとっては海の中が一番いいに決まっとる」
カナエ、アンナ、マサコは、がっくりとうなだれました。3人も、うすうす分かっていたのです。
サワミ先生は、言いました。
「どれ、今から港に連れてってやろう。いいかな? 教頭先生」
教頭先生も、うなずきます。
「ええ、いいですとも」
そこで、3人ともずくは、サワミ先生の車にのって港までやってきました。波止場で、もずくにお別れのあいさつをします。
「バイバイ、もずく」
「元気でね!」
「ありがと、楽しかった」
もずくは、にっこり笑って、3人の手に順番に抱きつきました。
『みんな、海に遊びにきてね』
そして、カナエの手からぴょんと飛び降り、波間にすうっともぐっていったのでした。




