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第一話 十七夜

相撲二段の長谷川 力、兄弟子の髷を持って山陰地方へやって来た。どうなる一文無しの漢、気持ちは負けんでも、金は無し人情に甘えるか。


 その男が、列車から降り立ったのは、山陰では、すこしおおきな駅だった。男は、ゆっくり見渡して「米子か暑い!八月に入って余計に暑くなったようだな。賑やかなのか?ひっそりしているのか?駅前にホテルは多いな、が人は少ないか?何だか中途半端な街だなー」が、最初の印象だった。

バッグ一つと白い紙袋だけの気軽そうな男は、ダブダブのズボンとダブダブの開襟シャツを着て肩の下まで伸びた長い髪を後ろで束ね縛っただけでうっすらと髭をはやしていた。誰も近寄らないそんな姿で疲れてもないのにベンチに腰掛けて、又「暑いな~腹も減ったふうー」と、溜め息をついて開襟シャツのポケットをガサガサ探しだした。

すると、「こらー待ていー」大きな声がする方を見ると、若い男を追いかけているおっさんが、走っているのが見えた。

若い男は、速足ぐらいでいそいでいる様子だが、こっちへ来るので足をだしてみた。すると、若い男が、すってーんと、こけてしまった。

「なにするんじゃーおっさん。まくれたで」

「ごめん、ごめん、背伸びをしたら足が、ね。」ベンチの男は、とぼけた。

若い男は、額にこぶができている。

「あっ、でっかいこぶが、できている。ごめんよー。かんにんやでー」といいながら笑っていた。 

「痛い、がいなんが出来てる。こりゃいけん」と、若い男

そこへ、あせだくのおっさんが、「はあはあ」と、息もたえだえに、追いついて来た。

「おい、持って行ったものを返せ!」と、汗だくさんの。

「何の事、落とし物を交番へ届けようとしただけで、どげしょもない」と、若いこぶ男

「俺のカバンから、落ちたとこやったんで、拾おうとしたら、おまえが、持って行ったんや。」と関西なまりで、必死の表情で言いまくる。

「落とし物は、交番へとどけないと、いけんけん。」と、痛そうな若いこぶ男

「落としたのを見ていたやろ」

「しらん。まあええやろ、これ持っていきない。一割は、ええけん」

「あたりまえじゃ」

「よかったなーおっさん。」

「なにを言うとんじゃ」

「ははは・・・元気でな」

若いこぶ男は、振り向くと、

「おい、こっちのひと、このがいなこぶ、どうしてくれんねん。」

「ははは・・・どうしたの?でっかいのをこさえて。どうするの?食べるの?いたいの?」

「いたいんじゃ」

「ははは・・・つばをつけとけ。ばい菌が、入るぞ。気をつけないと。」

「いたいんじゃ」

「交番へ行ってこい。大変だったら、早く行ってこい。そこにあるで。此処におるさかい。ははは・・」

「いたいんじゃー 医者にいかんといけんなぁー」

「ははは・・・はよ行ってこい、だんだんおおきくなってきてるでー」

「交番も行かんといけんし・・」

「はよいけ」

「おっさん逃げんなよ」

「はよいけ。 あっ ちょっとものを訪ねるけど武庫って場所遠いんか?」

「えらい遠いで」

「あっ そう。はよ行ってこい交番。」

「武庫へいくんか?」

「ちょっとな」

男は、また胸のポケットに手を入れてガサガサしだした。

「おまえ、武庫って知っているんか?」男が尋ねた。

「溝口のむこうじゃ」こぶ男が答える。

「溝口に武庫ガあるんか?」

「溝口よりもっと奥のほうじゃ」

「あっそ、交番いかんでええんか?」

「ええわい!」

「武庫へ電車で行ったらどうや?」こぶ男が言うと

「電車?ただか?」男が聞く

「あほな、金はいるわいや」とこぶ男

「なら、無理」

「やっパリ」「おっ、フランスか?」男に似合わない事を言った。

「何、だらず言うとんねん」

「なんも、ははは・・・」

「おまえ、金持ってへんか?持っていたら貸してくれ。どう?」とうとう本当の事を言い出したとこぶ男は思った。

「持ってへん」

「やっパリ」

「フランスか?はは・・」「ははは・・・」二人して笑い出した。

「しかたない。歩くか」と、言うと男は、歩き出した。

「おいおい何処へ行くんや?」「歩く」

「そっちじゃないで国道百八十一号はこっち」男と反対側を指さした。

「ああそうか」

「大丈夫か?」

「腹も減っているんじゃ」

「威張んなや」

男は、こっちのほうへ歩き出した。若いこぶ男が付いて来た。

「おまえ、付いて来るんか?どこへ行くん?ん?」男が聞いた。

「おっさん、道分かってんか?」若いこぶ男が聞いた。

「わからん」

「言い切るね。分からんのに」

「案内してくれるんか?」「暇やけどな~」

「帰っていいで」「そうか~帰るかな~」

「帰れ」「ほな、帰ろ~その大きな道を右に曲がって真っすぐや」

「分かったから、帰れ!ついて来るな!」「誰がついて行くか!」

男は、暑いのか髪を縛った紐を取って長い髪を風に揺らして国道を歩き出した。陸橋からそれを見ていたこぶ男が、

「ついて行くかな~暇やし」

一度見送ったのに又、離れてついて歩きだした。

男は、長砂、宗像を過ぎるぐらいまでは、元気だったが、法勝寺川を渡り福市遺跡公園まで来るとちょっとへばったのかベンチに座り込んだ。そこへ、こぶ男ちゃんが追いついた。

「おっさん道路の左を歩かんと車にでも乗せてもらえんで」「なにが?」

「遠いんや武庫は、夜中じゃ無理やで明日の朝まで歩くようになるで。何処かで車にでも乗せてもらわんと」

「そうか、あしたの朝には、付くか」「車に乗せてもらわんのか」

「どっちがええかなぁ」

意見がまとまらないまま二人は、国道を渡った。そして歩き出した。


「こぶ男ちゃん、名前を聞いてなかったな。わしは、長谷川 力と言うもんじゃ相撲は、二段じゃ。こぶ男ちゃんは?」「俺は、渡辺 渉」

「風来坊か?」「ちがう、風来坊じゃあらへんで無職なだけじゃ」

「家はあるんか?」「出て来た」

「風来坊か、やっぱり」「フランスか?」「ははは・・・」

「長谷川 チカラさんは、関取りですか?」「いいや相撲が、二段だけじゃ」

「クビになったんじゃないですか」「なってない。用事じゃ」

「強いんじゃないんですか?」「弱い!二段じゃから」

「おーい、車じゃ乗せてもらおう。おーい」

渡辺 渉が車を止めに国道に飛び出した。

「こらーあぶないじゃないか!惹かれたいんか?」

軽トラの親父が凄く怒って怒鳴り散らすと

「ちょっと、乗せて―な溝口まででもええから」と、ニコニコしながら話しかけた。

「あほっ岸本しかいかへんわ」軽トラの親父もつい答えた。

「エーエ―岸本でも、いいから乗せて」まだにこにこしてる。

「しゃーないな乗り、荷台やで」二人は、軽トラの荷台に乗って岸本方面へと行った。

「渉、話つけるのうまいなぁ~ずっとにこにこして」「それが、秘訣!ニコニコ顔にずっと怒る奴おらんやろうと思うで」

「たまに居るやろ怒る奴」「そん時は、そん時や」

 岸本に着く前に、渉が軽トラの窓をコンコンと叩いた。

「あっ、この辺でいいわ ありがとうねおっちゃん」二人が降りたのは、岸本手前のにぎやかなスーパー等が立ち並んだ駐車場だった。

「ここでええんか?」長谷川 力は、心配になり渉に聞いた。

「ここでええねん。次の車を探さないけんやろ」渉が答える。

「そうか」長谷川 力は仕方なしに納得した。

渉は、ウロウロし始めた。渉が、知っている人がいないか探している様子を見ながら男は、何処か座る所でもないか探した。渉は、何処へ行ったのかそこ等に居なかった。

 男は、トイレを探して用事を済ますと駐車場で渉を探した、

「いないな~」と、キョロキョロしながら一回背伸びをした。横に広げた手が「バッシン」と、女の子に当たった。荷物を落として女の子が倒れた。

「何をするんですか」女の子の言葉は凄く怒っている。

「おっ、と。ごめんやで、大丈夫ですか?」力は、女の子をを見た。怒っているのに、目が怒っていない、小さい笑窪がかわいい顔をしていた。助け上げようと手を出すと胸に当たった。

すると、「キャーチカンー」と、大きな声で叫ばれて手を叩かれた。

「あっ、痛い」と、男は手を引っ込めた。

「なんだ、チカン、どいつだ?」「こいつか?」「どうした。ドロボーは、こいつか?」と、人が集まって来た。

「ちがう、ちがいます。俺はそんなことをしていません」と、言い訳を言っていると渉がやってきた。男が「ほっ」とする間もなく

「チカンかドロボーかこいつか?ふふふ」と、笑いながら言い始めた。

「違う、間違いだ」と、むきになった。「違う」と言っても誰も聞いてくれない。交番から警官まで来た。警官が「交番まで来い」と、言うので仕方がないので力は、警官についていった。交番で一時間位絞られて出て来ると交番の近くで女の子と渉が笑いながら話をしていた。力は、二人を無視して歩き出した。

「ロクなことが無い、あの野郎達が、くそったれめ」と、ブツブツ言いながら歩いた。

「お~い、長谷川さん何処へ行くんでっか」渉と女の子が走って来て

「交番、どげでした?」と、聞いた。途端にバッシ―ンとひら手打ちを食らった。渉は、すっ飛んだ。起き上がれない。

「ああっ、わるかった。わるかった手加減をせんかった」

女の子が「ヒエー」と、離れて行った。

「おい、大丈夫か?すまんかったな」と、渉に言って歩き出した。

 しばらくして、「うんーん」と、気が付いた渉が起き上がった。

「凄いパンチや一発やこの俺が・・・」と、ズボンの土をはたきおとしながら

「どこ行った?」と、道路の方を見たが居なかった。

渉は、腰と頬を押さえながら駐車場の方へ歩きだした。キョロキョロ探すと、赤い車がまだ止まっていた。渉は、近づいて行って「ごめんごめん待った?」「あほ、待ちくたびれました。あいつが交番へ行ってから一時間、あんたが寝ていたから、三十分、待ちました。どげするの?これから」と、聞く女の子は、可愛い顔をして「くすっ」と、笑窪がへこんだ。

「あいつが、駅で俺に足を掛けてころがしたから何時か仕返しをしてやろうと思っていたら。丁度、陽子が居たもんで、芝居をして一泡食わせたろうと、やったは、いいが交番まで行っちゃって、その後がこれや」と、頬を押さえながらウインクをしたがひきつっている。二人は、笑った。渉は、痛いのとおかしいのとで痛笑い。それを見て陽子は、腹を抱えて笑った。

「じゃ、悪いけど溝口まで送ってくれる?」

「いいけど、あいつは、いいの?何処へ行ったんやろ」

「さあ、どこやろ、どげしょもないわ」

陽子は、渉を乗せて赤い車で国道へ出て溝口方面へ走り出した。

陽子の赤い車が吉定を過ぎた淋しい国道を走っていると、左に大きな人影

「おっ、こんな所を歩いている。ごくろううさん」と、渉が言うと

「どげするの?」陽子が、聞いた。

「どげもしないよ。行こう」男の真横に来た。

「いいの?」また、陽子が聞いて来た。

「なんで?いいよ。どげでも」と、言いつつ横を過ぎた。

「しゃあないな~乗りかかった舟や。止めて」赤い車が男のだいぶ先で止まった。男がだんだん歩いて近づいて来る。渉が降りて、

「長谷川さん、長谷川チカラさん乗らんね」と、力に聞いた。

「乗らん」きっぱりと、言い切った。

「そうか?ええんか?」と、又聞いた。

「ええ、乗らん」また、言い切った。

「ええ情報があるんやが?乗らんの?」「なんや?情報て?」渉の話に乗って来た。

 赤い車の外で、渉が喋り出した。

「実は、この赤い車の持ち主すなわち、陽子っていうんだけれど、武庫の住人です」

「それで?何をもったいぶってんねん」

「苗字が、橋詰と申します。どう?凄い情報でしょ」「なに、ほんまか?で?お母さんの名前は?」

「橋詰 陽 どうですか、ひ・な・た。長谷川さん。すごいでしょ」

「すごいけど、お兄さんは?」「陽子、兄さんの名前は何っていったかな?」

渉は、車の陽子に陽子の兄の名前を聞いた。

「なに~」眠そうな返事がした。

「だから、おまえの兄さんの名前」渉がもう一度聞いた。

「ああ、橋詰 明 あ・ き・ ら」

「どう?」と、渉は、今度は、力に確認するように聞いて来た。

「相撲取りの橋詰 明で間違いないか?」力は、自分から陽子に聞いた。

「相撲取りかどうかわかんないけど四年前に家出したのは、間違いない事です」と、答えた。

力は「ふ~ん」と返事をした。

「まっ、陽子のとこへいってみようよ」渉は、力に提案した。

 力は「今日、邪魔してもいいの?」と陽子に聞いてから車に乗った。

渉が「いいよなぁ陽子」

陽子は「どっちにしても、兄の事で、こちらのお兄さんが来たのでしょ?一度来てもらってからにしましょう」と、言って車を走らせた。溝口に入って陽子が「渉、帰らなくていいの?」と、聞いた。

「帰らんでええわ。あんな家。ここまで来たんやから付き合うわ」と、そのまま一緒に乗って陽子の家へ行く事になった。

 夕方は、とっくに過ぎて暗くなり始めた頃、武庫の橋詰の家に着いた。

「ただいま、陽子です。お母さん、お客さんよ」と、言いながら陽子は、家へ入って行った。外で渉と力は、待っていた。

すると、陽子の母、橋詰 陽が現れた。

「あんたたちかい、明の知り合いと言うのは、確かに明は、うちの息子じゃが、四年前から連絡がとれんのじゃ、借金ならよう払わんでな。保証人でも無いし、帰っらしっしゃい」と、けんもほろろに言ってきた。

力は「ちょっと預かり物があって持って来たんです」

と、答えるのがやっとだった。

 橋詰 陽は、もう一度力を見て「そうですか、それは失礼しました。ま、汚いとこですけど,お入りください」と、二人を招き入れた。

 家へ入ると、田舎の農家の一軒家で、昔からの土間があって床が、やや高い。土間で待っていると、陽子が、「上がって」と言って、お茶を入れて出してくれた。

「先程は、失礼しました」と陽母さんが挨拶をしながら向側に座った。

力は、紙袋をゴソゴソさがして「あっ、これやこれや」

と、紙で包んだ物を出した。

「これは、息子さんが相撲をしていた時のまげです。七月場所が済んでから、親方と言い争いをした後で、いきなり自分から「相撲を辞める」と,言ってまげを切って私に渡したんです。親方にも相談なしで、親方も怒ってしまいまして「勝手にせえ、俺は、知らん」と、言って私に「お前が預かったんだからお前がなんとかせい」と、言う訳で」私が預かって持って来たと説明した。

陽母さんは「それはそれはすいませんでしたね。それで、明は?」

と、聞いて来た。

力は「明さんは、部屋をでていったきりでどにいるのやら」と、答えた。

陽母さんは「それもありますけど、皆様に迷惑を掛けていないでしょうか。お金を借りているとか。他にもいろいろとお世話になったでしょうに」

と、我が子とお金の事を心配してあれこれ聞いてきたが、

「親方以外には、借金は無いと思います」と答えて

「部屋に居る時は、元気で今は、何処に居るか分からないだけ」と、分かるとちょっと陽母さんは安心した様子だった。

 説明してる間に陽子が出たり入ったりしていたが、兄の用事で来た人と分かると安心したのか晩ご飯の支度をしだした。

 陽母さんが陽子に「晩御飯出来たのかい」と聞きながら自分も台所に立って行った。

「何にも有りませんが食事をして行ってください」そう言って陽母さんは二人に食事をすすめた。台所でまだ陽子が何か作っている。

「本当に何にも無くて、渉ごめんね」陽子は、野菜炒めを持って来た。

「いいからいいから気にしないで、十分です」と渉が言って、出されたものを二人で全部食べてしまった。ご飯も足らないくらい食べた。

「まー男の人は、凄い」と、陽母さん言うと、

陽子が「二人は、朝から何にも食べていなかったんですって」と、答えた。

力が「申し訳ありません。ごっつあんです」と言った。みんなで笑った。

陽母さんが「今日は、だいぶ遅くなったので、とまっていきなさい」と、言ってくれた。力は、心で「助かった」と思った。渉もにこっとした。

「渉ちゃん、陽子に手を出さんといてね」渉にくぎを刺した。

渉が「とんでもない。恐れ多いことで」と言うと陽母さんが「陽子、二人が寝たら包丁をといどきや」と言った。またみんなで、笑った。


次の日、

力は、朝早く起きた。隣の布団には、渉がまだ夢の中の様子で時々わらっている。部屋を出ると陽母さんが「あら、あんた朝が早いね」と、聞いて来た。

「いつもの事ですから」と答えた。力は、家を出て外へ、外の空気を吸うと気持ちがすっきりした。力は、上半身裸になってまず四股を踏みだした。うっすらと汗をかき始めると家の横にある太い木を相手に鉄砲をやり出した。木の枝がゆっさゆっさ揺れて、漢にじっとりと汗がにじんできた。それがすむと今度は、腰を下ろして歩き出した。漢は、息が上って来た。汗でびっしょりとなって家の外にある水道で水を出して髪を縛ってあるひもを解いて頭から水をかぶった。漢はズボンを脱ぐと角力のまわしではなくて今日は、パンツだ。パンツのまま、水を被った後で髪を束ねて絞って頭から顔に掛けて手で水を落としていると、陽子がタオルを持って立っていた。「はい」と、横を向いたままで渡してくれた。「ありがと」と答えて頭から順に、体をふいた。漢は泊まった部屋へ入って着替えた。

 朝御飯の支度もしてあった。陽子は、「もう、時間がない」と言って、仕事に出掛けた。

漢は、さっぱりした顔で朝飯を食べていた。そこへやっと起きた渉が出て来た。「お前、何時まで寝ているんじゃ」と漢が言うと

「あ~あ、よう寝たわ」と答える始末。

食事も終わって、漢と渉が話を始めた。

「渉お前、金あるか?あったら貸してくれ」

「持ってるわけがない。昨日も言うたやろ」

「なんで?働いとったやろ」

「残念、働いてません。文無しスカンピンです。もちろん」

「それじゃどうするかぁ」

「おばさんに借りたら、ここの」

「それしかないか、やっぱり」こうして二人は陽母さんに甘えることにした。

そこへ、家の用事を済ませた陽母さんが、やって来た。まず漢 長谷川 力が「昨夜は大変お世話になりました」と挨拶をした。

続いて渉が「泊めてまでいただきましてありがとうございました。本当に助かりました」なかなかいい挨拶ができた。

と二人が顔を見合わせてうなずいた。

すると力が頭を下げて「じつは、私と渉、二人ともお金が一文も無いんです。もしよろしかったら幾らか貸して貰えないでしょうか」と、陽母さんに借金の申し出をした。

母さんは「こんな田舎の農家のその日暮らしの家に貸す金なんかあるわけがない」と断って来た。

すると、渉が「ちょっとの間だけでいいんです。五万づつ十万円を貸してくれませんか、何とか」と、食い下がった。が、

母さんは「そんな大金すぐ有る訳がない。まして他人にお金を貸すなんて、とんでもない。ま、息子の恩人でもある訳ですが、渉君は、陽子の友達でもあるわけだし。貸してやりたいのはやまやまなれど、無い袖は、ふれないし。こまったね~」三人が考え込んでしまった。

「そうだ、こうしよう。あんたたちがこの辺の農家で働くの賃金は私が農協の人と相談して、時間給にしてもらうわ。仕事が無ければ、給金は、無しでお互い上手く行くと思うの。じゃ善は急げ早速農協に相談に行ってくるから」

と、陽母さんは、出て行った。

 漢、長谷川 力は「どうなってんだ」渉も「なにがなんだかわかりません。ま、貸す金は無いという事ですな」

「なんだか、ここら辺で働くことらしいな」「え~ここら辺で?農業やで、やった事あるんですか?」

「ない、相撲しか知らんから」「相撲二段だもんね」

「ああ、お前は、やったことあるの渉」「農家の生まれだけどやった事なんかまったくなし、それが嫌でうろうろしていたんだから」

「そうか、後継ぎか?」「ま、小さいけど一応長男だから」

「いいのう後を継ぐ物があって」そんな話をしていた。

そこへ農協から帰って来た陽母さんが「話は、ついた。時間千円や。ま、日雇い仕事や。受付は、私がやります。簡単な仕事ばかりやし農協を通してやし間違いないわ。早速やけど今日は、うちの草刈りを頼むわ畑の横と家までの通路の横を頼むわ。もう昼やからお昼を食べてからにしょ」

「お昼は、何にする?あんた達は、一文無しやったね。じゃ仕方ないねこれを食べて」と、弁当をを三つ出した。

「一つは、私の分だから、農協の売店で買ってきたの一つ四百五十円あんたたちの分は、付けとくから」

渉が「何をつけるの?」と、聞いた。すると陽母さんが「自分の分は、自分で払ってね」

「え~自分の分は自分でって?」渉が、又聞いた。頭の悪い子やなあと言いたげに「お金やがな」と、はっきり言い切った。

「ああそれからうちにに泊まるんやったら、宿泊料金をを貰うで朝晩付きで五千円や安いやろ」

今度は、力が聞いた「それじゃ橋詰さんの家に民泊って事ですか?」「ま~そうやな。うちで働いてお金を貯めて帰るってことやな」

「ふえ~肉体労働ですか?たいへんやなぁ」渉が嫌な顔をしたが陽母さんはお構いなく言った。「あんたら一文無しやろ泥棒でもするんかいな。しないやろ?するんかいな。するんやったら他所へ行ってや。弁当代を払ってな」弁当を食いかけていた渉が食べるのを辞めた。

力が「わかりました。ちょっとお世話になります」と、返事をした。渉の方を力と陽母さんが見た。口を尖らせた渉が「俺もやりますよ」と言った。

陽母さんが「ほな決まりや頑張ってな。昼を澄ましたらさっき言ったことをやってな私は近所に行って仕事を聞いて来るわ」と、言った後で三人で農協の弁当を食べた。

 昼を済ますと陽母さんは出て行った。残った力と渉は、顔を見合わせてうなずいた。渉は、口を尖がらせて「陽子の母ちゃんやるね」と、感心した。

力は、飯を食べ終わると外へ出て上半身はだかになって朝と同じように体を動かし始めた。まず四股を踏んでうっすら汗をかいたら鉄砲を木に向って木が揺れるほどやると汗でびっしょりとなってあせを吹く間もなく腰を下ろして腕を組み歩き始めた。

渉は「そんなに頑張ると疲れて仕事ができますかね?」と聞いて来た。

「体を動かさないとさびて来るようでな」「へ~そういうもんですかね」と言いながら草刈り機を持ち出した。

「なんだ、それ?」と力が聞くと「草刈り機だよ。これが無いと鎌で草を刈るようになるよ。大変だよ」「そうか」と、言いながら力は、汗を拭いた。渉が草を刈っていくとその後を力が草をまとめて行く。まとめた草を納屋にほりこんで後で畑の肥やしにする。そう云う段取りらしい。

渉は、家の周りも刈って行った。力は、それも集めて納屋にしまった。二人が草刈りを済ませて水を浴び汗を拭いた頃に陽母さんが帰って来た。

「ま~きれいになって草も納屋に入れてくれてありがとうございます。これが、明日の予定です」と、言ってメモを渉に渡した。

「こんなに~明日やるんですか?出来ますか?陽ママ」と、渉が陽母さんの事を「陽ママ」と、言うと「出来んかったら明後日に回したらええがな」と、答える陽ママ「やれるだけでええがな」陽ママは「場所を変わる時は、家の軽トラに乗って行ったらええやんか。ガソリン代は負けとくわ」と言って笑い出した。

「それから、今日の日当や四時間で四千円やお昼を引いて三千五百五十円。今日の宿泊代五千円で千四百五十円のマイナスや」とニッコリした。

 そこへ、陽子が帰って来た「ただいま。あれ、渉まだ居たの?帰らなかったんだ。おかあさん渉たちまだ居るの?」と陽ママに聞いた。

「ああ、暫くいるらしいで、陽子ご飯は多めに作ってや」と、他人事の様に答えた。「ふえ~この人たちものすごく食べるで。いいの?」と心配そうに聞き返した。心配した通り二人は大盛ご飯をお代わりして食べた。陽子と陽ママの食べる分まで食べた。陽子と陽ママは見合わせてうなずいた。食べる物を又作って二人はニッコリと、又うなずいた。

 ちょっとみんなが寝静まったころ、力が起きて部屋を出て外へ星が綺麗な夜空を見上げて両手をあわせて祈る様に「今日一日ありがとうございました。」と言いながら先ず四股を踏みそれから両手を仕切り線と思う所につくと、小さい声で「はっきょい」と言うと一人で相撲を取り始めた。片足でたたらを踏んだりのけぞったり相手がそこに居るように相撲を取って居る。漢は、相手を想像して相撲をとっている。

それを縁側から陽子は見ていた。陽ママも陽子の隣りに来て「神様と相撲をとっているみたいや。」と言った。陽子は、漢の姿を見て涙が出て来た。

 次の日の朝も力は早起きをして

まず四股を踏んで鉄砲をしようと木に近ずくと「それは、家の大事な守り木やでもう鉄砲は、やめてくださいね」と陽ママに断られた。仕方がないので隣の大石を相手にした脇を閉めて腰から突き上げる様に石を押した。その後腰を下ろしてすり足で歩いた。すっかり汗びっしょりになった。又水道で水を被った。今日は、もうタオルが水道の横に掛けてあった。力は小さい声で「ごっつあんです」とタオルを使った。

 朝飯を済ますと、渉は「今日はまず隣の田んぼの周りの草刈りや」と言うので準備をしていると「ああ、隣の仕事の時は、隣の道具を使ってね」と陽ママが言ってきた。

「わかりました」と大きな声で渉が言うと「声で稼がんでいいからね」又言われた。渉が隣に行って段取りを始めた。力は、陽ママを見て「にこ」として鉢巻をした。

 渉が隣のおじさんと話をしている所へ力が行くと「おお、立派な体のにいちゃんやな~頑張ってや」渉が「おっちゃんこの草刈り機燃料が無いで」と言うとおっちゃんは「そうやねん無いねん」と簡単に言って来た。渉が「無いんじゃなくて壊れているんじゃないの?」と又聞いた。「そうか~」おとぼけオヤジの言う事にゃ「無理してきたからな~」渉は「仕方がない」と言って陽ママの所から草刈り機を持ち出した。

「陽ママは、知って居たんじゃね。壊れて居るのを」と、力が言うと。渉は、知らん顔をして草を刈り出した。お惚けオヤジは「にこにこ」しながら見ていた。力は渉が刈った後を熊手で草をまとめて行く。二人とも汗でびっしょりになりながら草刈りを何とか終わらせた。もう昼になっていた。

そこへ隣のお惚けオヤジが「こっちこっち」と二人を呼んだ。そこには、冷たい麦茶とおにぎりとおかずの入った重箱があった。「暑いやろ、な~んも無いけどお昼にして体を休めてビールは無いけどははは・・・」笑いながら二人に勧めた。

昼の休憩をしながら渉が「リキさん、長谷川さん今日はどうする?」と聞いて来た。「どうするとは?」聞き返した。

「暑すぎるこのままじゃ二人とも倒れてしまうで」「飯をくったしなぁ。はい、さいならと言う訳には行かんやろ」「それもそやが、なんせ暑すぎる」「そやな」二人は、相談をした。昼の後で少し仕事をして休もうと言う事にした。昼からは、田んぼの中の草取りで、むかしながらの稲の間を引く奴で交代しながら草を取り除いた。「こりゃ疲れ切るわ」さすがの力も音を上げた。渉は畔に倒れ込んだ。しばらくして渉が隣のおじさんに説明した。「もう、今日は無理」と、隣のおじさんも頷いて「あつすぎる」と、言った。

渉と力は家に帰って水を浴びた後、床に倒れてそのまま寝てしまった。力は、夕飯の臭いで目を開けた。渉はまだ伸びている。力はキョロキョロしていると陽子が、きれいな浴衣姿で「もう少しかかります。ちょっとまっててね」力は、「どきっ」とした。思わず「綺麗だ」と言いかけて「あれ?今日は、どうしたの?」と聞いた。

「今日は十七夜の練習があるから」と、答えた。「十七夜?何それ」力は、陽子を見ながら聞いた。

「お盆の最後の日の踊り」力は「ふ~ん」と聞いて居るのか居ないのか陽子に見とれていた。

そこへ陽ママが来て何も言わずに夕飯の用意をしていた。力はまだ見とれていた。渉が起きて陽子を見て「陽子ちゃん、馬子にも衣装だね~」と言うと、陽子は「おほほほ・・お言葉にお気をつけあそばせ下々の方」と上品ぶって渉をからかった。渉も「お~ひいさま、今日は何処へお出掛けで」「十七夜の稽古ですわ。おほほ」「あ~もうそうなりますか」

力は二人のやり取りを見ながら、まだ陽子をちらちら見ていた。「さあさあご飯だよ」陽ママが言うので「あっ」と我に返った力は、「そうだった」と訳の分からない事を口にした。

渉が「後で見に行ってもいい?」と聞いた。「良いけど、静かに見てよ」と陽子、「勿論です。決してお邪魔いたしません」と答えて力の方を見てウインクをした。力は「ああ」と言った。

 食事が済むと陽子は、出かけて行った。しばらくくつろいでいた渉と体のストレッチをしていた力に「そろそろ行って見ますか?」と聞いて来た。「いいのか?」と力が言うと「別に遠慮する理由が無いでしょ」と言いながら二人して出かけて行った。公民館で音がしていた。

 渉と力二人で公民館を覗いた。陽子がいた。「かわいいな」と渉が言うので力は、うなずいた。踊りを習っているようだ。渉が声を掛けようと近づくと

「おっと、邪魔をせんといて」若い青年団員であろうか渉の前に立った。

渉は、知らん顔をして「陽子ちゃん」と、手を振った。それで「カチン」ときたのか青年が「邪魔をするなといっているだろ」と強く言い出した。すると渉が「なんだお前ケンカ売ってんか?」相手も「なんじゃお前」と言い出した。力が「渉!やめとけ」と言いながら渉と青年の間に入った。

「ああ、ちょっとな」と渉言うのが相手の気に障ったのか、相手が「なんじゃ二人かお前ら」と、言い出すと奥の方から「なんだ」「どうした」と五六人が出て来た。今度は、渉が「なんじゃやるんか。こっちこい」とケンカが始まった。力は今度は奥からの青年を止めようと向きを変えた。そこへ誰かのパンチが頬に当たった。力は、身体を鎮めると両手を広げて青年二人を抱え込んで押した。すると後から来たもう一人と三人が後ろにこけた。渉は、最初の青年とやり合っていた。力は、五人に囲まれて睨み合っていた。すると誰かが、「やってしまえ」と、言い出したので、力は、大きな声で「覚悟は出来てるんか」と聞いた。「ケンカは良いこと無いで」と言いながら両手を広げて「どこからでもこいや」と、言い放った。それから相手を一人ずつ睨み据えた。相手は、さっきのチカラを見ているので後ろに下がった。力はすかさず「待っとけ」と言うと。渉たちの方へ行って二人を離して二人ともにびんたを二三発くらわした。二人はぐったりした。「おい、こっちを連れていけや」と後ろの五人に言うと、渉を背負って公民館から帰って行った。

家に帰ると外の水道で渉に水を頭からかけ出した。顔を腫らした渉が気が付いた。「びんたであごが外れるかと思ったわ」と負け惜しみを言うので「今度は手加減なしで行くか」と、力が微笑んだ。そこへ陽子が帰って来た。二人をにらんだ。「あんたたちは、もう」陽ママが出て来た。「なにか、会ったんか」と聞くので「おかあさん、聞いて」と陽子が言い出した。陽ママが「そうか、で、勝ったんか?」と、聞いて来た。陽子は「まあ」と言い、陽ママが「そうか、負けたら舐められるからな」と言う始末。「うちは、女ばかりやからね、頑張らんと」言いながらニッコリした。

 次の日も朝早くから顔が少し赤い漢、力はいつもどうり四股を踏んで石に鉄砲をして腰を下ろして歩くと汗びっしょりになった。いつもの水道で汗を流そうとすると陽子がタオルを持って待っていた。「あほ」と一言言うと家の中へ入って行った。漢、長谷川 力は、「あほたれです」と独り言を言った。

渉は、「俺、今日は、休んでええか?」と聞いて来た。「まだ、身体中が痛いし顔も腫れて口もあんまり開かないし」力は「ふふふ、身から出たさびや、休んでいいで」と、一人で出かけた。

 力が今日の現場に歩いていると途中に麦わら帽子を被って八月の日差しに用意万端の陽子が立っていた。「手伝って、あげる」と、近づいて来た。「いいの?暑いで」二人は、並んで歩いた。陽子は、黙々と歩く力に話しかけた「昨日は、大変だったでしょう」力は「なに、あんな事は、日常茶飯事だから」「え~あんな事を毎日やっているの?」「毎日じゃないよ。時々かな。ははは・・」「でも凄いわね。男の人って、あんな事を簡単に始めちゃうんだ」「あんな事って?」力が聞くと、陽子が「ケンカ」と答えると力が「陽子ちゃんが綺麗で可愛いからかな?」と顔が赤くなる様な事をやっと言った。

「え~そんな事ないわ」「あるから、面白いんだ」「そうなの?面白いの?わたし?」そんな話をしながら今日の仕事の場所に着いた。仕事に取り掛かると一時間もすると汗びっしょりになった。陽子が「ちょっと休憩しよう」と言って来た。力も「ああ、そうしょう」と答えて木陰に入って来た。陽子は「はいっ」と、水筒のお茶を力に差し出した。「ありがとう」と言いながら力は、陽子の方を見た。陽子は、向こうを向いている時に、胸の汗を拭いたみたいでチラッと胸のふくらみが見えかけていた。すぐ力は目をそらしてお茶をガブのみし、タオルで汗を拭いた。良い臭いがする。「ああ、それ、わたしの」と言ってタオルを取り上げようと力に身体を押し付けて来た。陽子の臭いが力を包み込んだ。汗が出た、陽子のタオルでもう一度顔を吹いた。左手で陽子の腰のあたりに回して「グッ」と引き寄せた。陽子は「あっ」と口を半開きにして「ジッ」と力を見つめた。力も見つめ直した。

「お~い、陽子ちゃん」の声で陽子を見つめたまま漢 力は左手の力を抜いた。陽子も力を見つめたまま、手を下ろした。

仕事を頼んだ人が出て来て「今日はご苦労さん明日からお盆だから今日はこれ位にしないや、おしまいにしましょう」と言って来た。

一緒に来たおばさんが「陽子ちゃん、あんたら、夫婦に見えたわ。後で家に寄って帰ってね」と言って来た。陽子は「はい」と返事をして力の方を見た。力は、赤くなった顔をタオルで隠すように汗を拭いていた。。

 陽子がさっきのおばさんの所に寄っている間、力は手持ち無沙汰で家の外で空鉄砲をしていた。腰を少し沈め腕を腰の横に持って来て手のひらを広げて物を押し出すようにゆっくり右、左と前に出した。それを何回か繰り返して又汗が滴り落ちた。そうしている間に陽子が出て来た。「あっ、待って居て暮れたん。おまたせ」と言いながら野菜を籠にいっぱい持って出て来た。力は、それをひょいと持って肩に担ぎ陽子と歩き出した。「ちょっと、おばさんに聞いたんだけど兄を、米子で見た人がいるらしいの」「えっ、ああ、明さんをみたって?帰って来ているんですかね」「どうも、そうらしいの」「家に帰ってくればいいのに」「そうなのよね~」二人は家に帰って来た。陽子はすぐに母の所へ行った。

力は肩の籠を台所に置いて。又、水道で水を浴びた。すっきりした顔で渉の居る部屋へ入ると、渉がいない。「どこへ行ったんだろう」とちょっと思ったが横になるとだらしが無いと思い座って深呼吸をした。そこへ、陽ママと陽子が来て「明が米子迄帰って来て居るらしいの」と陽ママが言うのを座ったままで聞いているのはこの家の主人みたいに見える。力は「米子まで迎えに行きますか?」と聞いた。「出来たらそうして欲しいんだけど、他の人に迷惑をかけていないか心配で」「はい、わかりました」と、こたえたものの何処に行っていいか分からなかった。「陽子と一緒にお願いします」陽ママは、陽子に財布からなんぼか出して渡した。「こういう時はちゃんとしてる」と力は思った。

早速陽子の運転する車で米子へと出かけて行った。心配そうに陽ママは見送った。

 「あれ、渉は」今更ながら気が付いたように陽子が聞いた。「わからん、帰ると居なかった。どこへ行ったんだか。皆目見当も付かない」

車が溝口の楽々福神社の前に差し掛かると男がぶらぶら歩いている。「あっ、渉」と、陽子が気が付いた。「どこ?」力が聞くと「あそこ、神社の杜の前」車を道路の端に寄せると、力が降りて「お~い渉」と声を掛けた。それに気が付いた渉がにっこりして近づいて来た。「二人してどうしたの、俺を探しに来たの」「あほ!探すか」

渉が陽子の方を見て「どうしたの」と又聞いた。陽子が「兄が帰って来て居るみたいなの」「どこに?」「米子」「で?」「探しに行く所」「じゃいっしょに行こうか」と言いながら車に乗った。力が「なにをしとったんや」と聞くと「なんも」と答えた。「そうか」とそれ以上は、力は聞かなかった。

 渉が「陽子ちゃん兄ちゃんは何処に居るのか分かっているの?」と聞いて来た。「分からん」と陽子。「何処か見当が付くか?」と力が聞くと「さあ、どこやろ」渉も考えた。

「飲食店なら朝日町や角盤町やけどな。駅前も有るか」「いっぱいあるか」と力が聞くと「狭いとこやがいっぱいあるな一日じゃ無理かもな」「全部探す気」と陽子が言うので「なにか?」「おばさんの話だと角盤町らしいわ」渉が「それを早く言ってほしかったね」と、笑った。

 陽子たちは車を高島屋の駐車場に止めてもう日の暮れかかった繁華街角盤町へと歩いた。「何処等辺りが、あやしいの」と渉が聞いた。陽子は「焼肉屋だと思うの」と答えるとガラス越しに近くの店を覗いた。不案内の力はキョロキョロするばかり渉は、近くの焼肉屋へ入っては訪ねて訪ねてはまた違う店に入って行く。ちょっと疲れた力が休みがてら車止めに座ろうと腰をおろすと向こうから初めて知った顔を見つけた。

「明さんじゃないか?」焼肉屋から出て来た陽子と渉が力の方を見た。それから力の視線の先を見た。そこに渉より一回り大きな男がこっちへやって来る。「明さん」と言いながら近づいて行く力、近づくと力よりも背が高い事が分かった。

「おっ、力じゃないか。こんな所で何をしているんだ」

力は「あんたの事でここまで来たんじゃありませんか」と答えた。「おっ、こっちは陽子じゃないか?久しぶり」陽子は、涙を貯めて「お兄ちゃん!お兄ちゃんを迎えに来たんだから。一回家に帰って来て」渉は横で明を見上げていた。明が「ちょっと店に話してくるわ」と、店に入って行った。

話をしたのか店から出て来ると「ちょっと歩こうか」と言って歩き出した。朝日町を抜けて寺町の手前を左に鳥大の前を通って湊山公園へ少し暗く成って来た公園で明が話し出した。

「力、迷惑を掛けたな。一人でこんなとこまで来たんか?」

「ああ、あんたのまげを持って来たんだ」

「そうか、それはありがとうな、部屋のみんなは元気かや?ま~俺がいなくなっても変わらんやろうけどな」

「みんな、心配してたで」

「みんなによろしゅう言うといて。陽子おかん元気か?」「うん」

「泣くな、こいつ誰や」「渉君」「どうも」

「彼氏か?」即「違う。友達」「そうか、良かった」「え~」渉は、陽子と明を交互に見た。

 陽子が「お願いだから帰って来て」と、明を引っ張った。明は、「まだ帰れん、家出したことをまだ怒っているやろ、おかん」

「もう、怒ってなんかいないよ」

「何にも持っていないし。好きな相撲で恩返しをしょうと思っていたんだがケツを割ってしもたし、合わせる顔がないわ」

力が「そんな事ありませんて、陽ママも心配してますて」「陽まま?なにそれ?」「お母ちゃんのことやんか」「陽ママが?確かにおかんの名前は陽やけど。ママ?」「ははは・・・」「渉、何がおかしいねん!」

「最近ちょっとお世話になりまして呼ぶのに困りましてついなれなれしく陽ママって呼んでます」

「そうか、本人が承知ならいいわ」

力が「帰らんのですか」と聞いた。「帰らん」明が答える。

陽子が「一度、帰って来て、お母ちゃんに顔を見せて、それからにして」

陽子の言う事で心が「グラッ」と、来たのか、明が「む~ん」と考えこんだ。

渉が「埒がいかん、あっ、そうや相撲で決めたらどうですか?ねえ明さん?長谷川さんと相撲を取って負けたら帰る。勝ったら米子これでどう?」渉のアイデアだが力は「明さんに勝ったことがない」と言い出した。明は「ふふんいいですよ」と答えた。力は「勝ったことが無い」と又言った。陽子が「お願い勝って!」と、力に言った。

「じゃ、ここでいいかこの芝生が土俵やおれにかてるか?」と、明が聞いた。

力は「どうする?」と、自問した。答えは、「やる、勝つ、陽子の為にも自分も世話になった明さんの為、陽ママの為、これだ」後は分からない。

二人は公園の芝生の上で向かい合った。両手をついた。

渉が「はっきょい、のこった」と声を掛けた。「ガツン」と音がした。陽子は目をつむった。薄く目を開けると、力が押している「勝って」と、手を合わした。普通の相撲なら兄を応援するはずが陽子は力をじっと見ていた。「押して押して押し倒せ力!」陽子は瞬きを忘れた様に目を見開いた。明が止めた。力の押しを下から下からすくい上げた。力の押す手が明に届かない。力は腰を沈めて両手で明の胸を押して相手のバランスを崩そうとした。明は右手を伸ばして力の腰の辺りをつかもうとした。が普段はあるはずの回しが「ない」仕方なしに服ごと力の肉をつかんだ。「いたい」ちからは、肘を相手の腕の下へ入れて明の右手を外した。「肉がちぎれるかと思った」これは、後の話。

力は、両手を明のわきの下に入れて頭を明のあごに付けた。そのまま押して明のバランスを崩して倒した。「ちから~」と渉が大きな声で片手を力の方へ上げた。「勝った」陽子は、二人の方へ走って行った。それまで座っていた明は、「強くなったな、力」と手を出した。それをつかんで明を引っ張って起こした力は、何度もうなずいた。

「兄さん約束よ」陽子が言うのを「ああ、約束だ」と、返事をした。

 角盤迄帰って来た四人は、店の人に話をしなければと言う明から「分かった後で高島屋の駐車場へ行くわ。陽子待っといて」と言うので三人は、車で明を待つことにした。しばらくして明が荷物も無しでやって来た。「兄さん、荷物は?」「ないよ」と答える明「じゃ、陽子たのむわ」陽子は車を出した。もう真っ暗になって居た。岸本、溝口を過ぎて暗闇の中を江府に着いて武庫の自宅に着いた。「お母さん、お兄ちゃんが帰って来たよ」母に声を掛けて「早く入って」陽子が急かした。

明は外で玄関の形や大きさを見て昔を思い出している様だった。大きく息を吸うと玄関から一歩入って行った。入ると母親が両手をを付いて

「おかえりなさい」と頭を下げた。明は「うん、ただいま」と言ったきりそこに立ち尽くした。母親も頭を下げたまま上げない。泣いていた。

力と渉は外で顔を見合わせて家から離れて行った。二人は遠くから橋詰の家を見ていた。渉が「いろいろあるね~」

力も「さあこれからや、まだまだいろいろあるやろ」と言うと

渉がしんみりと

「あの家の中も外も」といいながら力の方を見た。力は「なにがや?」と聞き返した。

渉は「もう、盆じゃ、明日は十六日、明後日は、江尾の十七夜じゃ」武庫の盆の行事を口にした。力は陽子の踊っている姿を思い浮かべた。


しばらくして、陽子が二人を探しに出て来た。「あっ、やっと見つけた。なにしていたの?」渉が「腹がへって、倒れていた」と言うと、陽子が「やっパリ」「フランスか?」と力が言ったので三人は見合わせて笑い出した。

三人が橋詰の家に帰って来ると、陽ママが「おかえり」と迎えてくれた。いつもより嬉しそうに迎えてくれた。陽子が、明の方を見て二人に「実は、お兄ちゃん一人じゃないんだって」と言い出した。渉が「女の人?」力が「彼女ですか?」すると、明が「彼女じゃない。嫁じゃ」渉が「え~嫁さん?」明が「嫁のお腹には子がおる」力が「やっパリ」誰も何も言わない。

陽ママが、「と、言う事ですので、又改めまして皆様にはお知らせをさせて頂きます。今日はご苦労様でした。何にもありませんが食事をしてください」

渉と力、橋詰家の家族でワイワイと食事をしてその日も暮れた。夜遅くなって、力は、また外に出た。星の綺麗な夜だ。力は、両手を合わせる。「ありがとうございました」誰に言うでもなく小さくつぶやく。そして、四股を踏む、足先を腰まで上げて、ゆっくりおろす地面に着くときに力を入れる。足の裏から根っこが出る様に足が土に沈む様に右、左と四股を踏む。今日、明に勝った時の様子をもう一度繰り返すように脇を占めて両手を相手の脇に入れてかいなを返す。頭を付けて押す。もう一度小さく「はっきよい」と言いながら繰り返す。また「はっきょい」と繰り返す。納得がいったのか。やめて汗を流がしに水道へ行くと陽子が待って居た。「今日は、本当にありがとうございました」と頭を下げた。力は、じっと陽子を見つめた。陽子が「はい」と言ってタオルを差し出した。良い臭いがする「ああ、ありごっちゃんです」と、しどろもどろに答えた。二人は見つめ合ったまま微笑んだ。

微笑んだまま陽子が力に寄って来て「キス」をした。力が両手を陽子に回して抱きしめた。「苦しい」と言って唇が離れた。力は両手の力を抜いた。すると陽子の指が力の口を押して来た。陽子が離れた。「おやすみ」の一言で家の中へ消えた。立ち尽くす力は「どすこい」とつぶやいた。

次の日、力は毎日の日課である四股と鉄砲をすると水道で汗を拭いていると、明と陽子が車で出かけて行くのが見えた。「嫁さんを迎えに行ったな」と思いながら部屋に入ると陽ママが待って居た。

渉も居た。食事の支度が出来ていた。食事を済ませた後で陽ママが「昨日は本当にありがとうございました。仕事も昨日でけりがつきましたので」と挨拶をした。続けて「昨日までの清算と少しですがお礼をさせてください」と言って渉と力の前に封筒を二つづつ置いた。一つには明細書が入っていた。二人はそれを「ありがとうございました」と受け取った。昼前になっても明と陽子が帰ってこない。

「じゃ、そろそろ時間が」と渉が言うので「そげだね、汽車の時間だね。明と陽子が帰って来ませんけど、また改めて挨拶をすると思います」陽ママが力を見た。力もうなずいた。

力は、バッグ一つで渉は紙袋で橋詰の家を出ると二人は陽ママの軽トラで江尾の駅まで送ってもらった。「じゃ、ここで」と陽ママが言うので「こちらこそお世話になりました」と二人が言うと。陽ママが「また、息子が二人も出て行くみたいや」と言いながら目に涙がこぼれていた。陽ママと改札で別れて二人はホームに立った。渉が国道側を改札側を力が見ていると改札口に陽子と明が、若い女性が陽ママとお辞儀をしているのが見えた。力が渉に肘で合図をした。渉が「よかったなぁ」と言ったので力は「ほんに」と返しながら陽子の姿を目に焼き付け用と陽子ばかりを見ていた。陽子が改札を入って来た。力は「えっ」と思って階段の方へ一歩二歩動いた。すると列車が入って来た。

陽子は走って階段を上った。二人は列車に乗った。陽子が階段を下りてふたりを探した。渉が陽子に「陽子ちゃん」と声を掛けた。ドアが閉まった。力は、陽子をじっと見つめたまま陽子は力を見つけて手を振りながら涙を流していた

列車が動き出した。陽子は力を見たままずっと手を振っていた。力も何か言いたげに見つめていた。陽子がだんだん小さくなった。

渉が「リキさん陽子に何をしたの?」と力に聞いた。

力が「フランスか~」と答えると、

渉が「やっパリ」と返事をした。


漢、長谷川 力何処へ行く。

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