お巡りさん違うんです
今北産業!
うさぎの 名前は うさぎ。
「今日は忙しくて買い物に行けないわ」
朝からお母さんが忙しそうにバタバタ家事をしている。
「ではわたしが代わりに行ってきましょうか?」
空気がピタリと止まった。声の主がうさぎだったからである。
朝。
リビングの時計がカチカチと小さく音を刻んでいる。
母はエプロン姿で財布を開きながら焦った声を上げた。
「今日は忙しくて買い物に行けないわ」
テーブルにはまだ洗い終えた皿が並んでいて、
外は気持ちいいくらいの快晴。なだけど空気が慌ただしい。
「わたしが代わりに行ってきましょうか?」
その声が響いた瞬間、空気がピタリと止まった。
名乗りを上げたのはもちろん“うさぎ”。
胸に手を当てて真剣な表情をしている。
その表情だけ見ればまるで童話の騎士か何かだ。
「じゃあ、お願いね」
母はあっさり笑顔で頼んだ。
え。行かせていいの?信じるの早くない!?
わたしの脳内に何らかのパニックや事件の予感が駆け巡った。
「うさぎ一人で外!? いや、やめといた方が――!」
わたしが止める間もなくうさぎは買い物袋を持って、
玄関でサムズアップしていた。
「では行ってまいります!」
後光が射しているのかのように太陽を浴びたその雄姿に筋肉が反射し、風がそっと耳をなびかせた。
どう見てもヒーローの出陣シーンだ。
「気をつけてね〜」
母はのんびりと手を振る。
わたしは口を開けたまま見送るしかなかった。
ドアが閉まる。しばしの静寂。
「キャーー!!!」
どこからか聞こえてくる女性の悲鳴。そして
「ウーウーウー!!」
パトカーのサイレン。
「でしょうね!!!!!」
わたしは窓際に突進してカーテンをめくった。
住宅街がなんだか騒がしい。原因は考えるまでもなかった。
その騒動の中心に白くてデカくてやけに堂々とした何か。
うさぎだ。間違いない。
朝日をサンサンと浴びながら職務質問を受けてる。
ああもう!こうなる未来しか見えてなかったのに!
その後、玄関の扉が開いてうさぎが戻ってきた。
その横にはお巡りさん。
お巡りさんは特に何も言わずメモ帳を閉じて「お気をつけて」とだけ残し去っていった。
どうも着ぐるみのコスプレか何かの悪ふざけと思われたみたい。
よかったね!怪しい研究所に連れていかれなくて!
うさぎは耳を垂らし申し訳なさそうに笑った。
「すみません。少し誤解されてしまいまして。」
「そりゃそうでしょ!!外にマッスルな二足歩行うさぎいたら通報されるに決まってるじゃん!!」
ツッコミが止まらない。
なのに本人は真面目な顔で「次は気をつけます」とか言ってる。
いや“次”ある前提やめて。
すみませんと謝りつつもポージングをするのをやめない。
1回ひっぱたいて辞めさせた方がいい?これ。
とそこへ。
部屋の空気がふわっと光った。
「ふむ。外に出られないのは困ったね」
あの胡散臭い神様だ。
また唐突に現れた。
スーツでもローブでもなく今日の格好は“ゆるめのパーカー”。
神様のくせにカジュアルかつラフ。
胡散臭さの演出にも手抜きが見える。
「……なにしに来たの?」
わたしがジト目を向けると神様は髪をかき上げて言った。
「いやぁ困ってる様子が上から見えたので。つい。」
部屋着のまま着替えずに来ちゃった、とペロリと舌を出す。
「こほん。そうですね。」
神様は軽く咳払いして仕切り直しうさぎの方を見た。
「では少し調整をしましょう」
パチンと指を鳴らす。光がパッと広がって部屋が白く染めた。
「ちょ、ちょっと! どういうこと!?」
わたしは叫びながら腕で顔をかばう。
目の前でうさぎの身体がふわっと光を帯びた。
「もうこれで大丈夫ですよ」
街の通りをうさぎとわたしが並んで歩いていた。
最初は一人で行くというのでわたしが止めた。
お巡りさんも2回目はヤバいってば。
太陽の光がまぶしい。そういえば引っ越してから一度も外に出てなかったな。
うさぎは堂々と胸を張って進む。特に悲鳴を上げるものも通報するものもいない。
いや、っていうか。誰も反応してない? うそ。
「こんにちは〜」
買い物袋を持つおばさんが通りすがりに声をかけてきた。
「どうも」
うさぎが自然に会釈した。
「なんで!?!?!?!?」
わたしの声だけが浮く。
周りの人全員スルー。いや逆に怖いっ!!
「神様、説明!」
わたしの怒号に呼応するように頭上の雲がもくもくと動いた。
その上からのほほんと神様の顔が覗く。
雲の上で体育座りしてる。なんかいちいち腹が立つなぁ。
「この世界の人をね。ちょいっと、ね。このうさぎを見ても疑問に思わないようにしてあげたよ」
指先をひょいと動かしながらのほほんと説明する。
軽い。軽いなぁ!仕事が軽い!
そして何気にヤバいこと言ってない?と思ったがあえて気にしないことにした。
「そんな魔法の使い方ある!?」
ツッコミが止まらない。
「たぶんちょっと大きなうさぎがいるなぁってくらいしか思わないんじゃないかな」
神様はそう言い残すと満足げに笑って雲の奥に消えていった。
いやこんな大きいうさぎがいたらその地点で大問題なのよ。
「いらっしゃいませ〜」
肉屋の店員が声をかける。
うさぎは財布を取り出し「鶏胸肉を300グラムください」と真顔で言った。
普通に成立してる。
お金を渡してお釣りを受け取り礼までしてる。
お肉屋さんもニコニコ。
わたしだけが現実に取り残された。
「いや、それもどうなの……」
店の外でじとっと呟く。
ツッコミ担当は孤独だ。
帰り道。
うさぎは買い物袋を片手に、
もう片方の手でわたしをひょいと持ち上げた。
「ちょ、ちょっと!? なにして――」
「危ないので。車が通りますから」
そう言ってわたしを肩の上に乗せる。視界が一気に高くなった。
穏やかな町並みをゆっくりと進むうさぎの背。
風が耳を撫でて、それがたまに頬に当たる。
少しだけ心地いい。
「いや~助かったわ。お買い物ありがとうね」
玄関の前ではパートから帰ってきていた母が笑顔で出迎えた。
「ただいま」
うさぎは娘をそっと肩から降ろした。
ちょうどそのタイミングで父も帰宅した。
「ただいま」
スーツの袖をまくりながら笑う。
母が嬉しそうに報告する。
「今日ねうさぎといちごちゃんがお買い物行ってくれたのよ」
「そうか、そうか。お出かけできたのか」
父がわたしの頭をぽんと撫でる。
その手がちょっとくすぐったい。
「まぁ……普通のお出かけじゃなかった気がするけど」
つい口に出てしまった。
なんだかんだ、久しぶりのお出かけは悪くはなかった。
ずっと家で過ごしてたから外と風にあたって。それが気持ちよかったのかもしれない。
「次は何を買いに行きましょう?」
うさぎが目を輝かせる。そしてまた一緒に行こうねとばかりにわたしを見た。
まぁ……たまになら付き合ってあげなくもないよ?
実際、ちょっと楽しかったしね。
ちょっとだけ、ね。
つづく
第3話ご覧いただきありがとうございます。
少しずつうさぎのドタバタに巻き込まれつついちごちゃんが成長していく様子が描けれてたらいいのですが...(笑)
次は家族でお出かけするお話です。もちろんうさぎも一緒。
次回、ショッピングモール。家族でステーキ。




