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我が家にうさぎがやってきた。

わたしはいちご。小学一年生。

でも学校には行っていない。

幼稚園からの進級のタイミングでお引越ししたせいで友達はいない。

友達がいない学校なんて楽しくない。

だから行きたくない。

そんなある日、ずっと家に引きこもってるわたしのために

両親が“うさぎ”を連れてきた。

まっしろで、ふわふわで、かわいいうさぎ――のはずだったのに。


次の日の朝、目を覚ましたら、

ベッドの隣にいたのは全長2.5メートルの白い巨体。

筋肉ムキムキのうさぎだった。

「おはようございます。わたしがあなたを守ります。」

……え、なにこれ、こわい。

春の朝はやさしい。やさしいけれども―

胸の中の空白はそのままだ。

カーテンの縁から漏れた光が、わたし、いちごの頬だけを白く撫でた。

抱きしめているぬいぐるみの耳は指の汗で少ししっとり。

天井の木目を目でなぞり五、六、七…。数は進むのにわたしだけが取り残されていく感じ。


カチャと金網の触れる音。


昨日両親が「いちごのために」と連れてきた白いうさぎ。

ほんとはすぐに名前を考えるつもりだったけど、眠気に負けてしまった。

今日も学校には行かない。

ここがわたしの“一日をやり過ごす場所”。


「おはよう」


落ち着いた声が空気の膜をやさしくたたいた。

わたしは布団の端を握ったまま目だけ動かす。

朝日、白い毛並み、そして胸板の盛り上がり。え?なにこれ。


「やぁ」


片手がふわっと上がる。毛のきらめきが筋の線をなぞって影が彫刻みたいに硬い。

隣に立っていたのは白いうさぎ。のはずなのに、形がわたしの知っているそれではない。

いや上腕二頭筋が主役って何?

こんなものがうさぎと呼ばれていいわけがない。


「だ、誰!?」


声が裏返った。

わたしは布団を胸まで引き上げ枕を盾の角度に構えた。

心臓が緊張でパンと跳ねて指先が熱い。


「なんだなんだ!?」近づく父の足音。母もすぐにわたしの部屋に到着した。

ガチャっとドアが開かれる。父の背に反射で隠れる。見えるのはシャツのシワと肩越しの白い影。


「お邪魔してます」


うさぎは胸に手を当て礼儀正しく会釈した。

声は落ち着いていて妙にちゃんとしているのが逆にむかつく。


「どなたですか?」


父は眉を寄せつつ、大人の言い回しを保つ。

その父に「うさぎです」即答して控えめに力こぶ。

ささやかなのに視線が吸い込まれる。


父は数秒じっと見て昨日我が家に迎え入れた“普通の白いうさぎ”の映像を脳内に呼び出し

――それから肩の力を抜いた。


「な〜んだ、うさぎか」


「いや納得早っ!?」


わたしのツッコミが朝の静けさにズバッと刺さる。

うさぎはこくりと頷いた。

襟も袖もないクセに“きちんとしてる感”だけはある。不思議。


そのとき窓辺の空気がほんの少しあたたかくなり光が薄く集まった。

その光の中から男の人が一歩床に影を落とす。

つやのある靴先の周りで埃がふわっと舞った。


「そこは、わたしから少し説明しましょう」


やわらかな笑み。どこか舞台めいた立ち姿。そこはかとなく怪しい雰囲気。


「だ、だれ!?」


その男は「神様ですよ」落ち着いた声で名乗り、ポケットから薄い光の布みたいなものをスッと取り出す。

壁にかけるように軽く広げ、部屋の色を少しだけ明るく神っぽさとうさん臭さ演出はした。


「昨日いちごちゃんのところに来たうさぎですね。事情は、そうですね。要点だけ」

神様はその胡散臭い光を少し抑えつつ人差し指をピンと立てながら話し出した。


「この子、つまりうさぎさんはですね、いちごちゃんを守りたいと願いました。

だからわたしは人間の言葉と少しばかり力を与えました。……見ての通りその”少し”っていう塩梅がむずかしくて」


「“少し”の基準ミスってますよね?」わたしが刺すと、神様は苦笑して肩をすくめた。


「まぁこの子は人の言葉が話せることと、筋肉がムキムキなこと以外はごく普通のうさぎです」


「なるほど。人の言葉が話せることと筋肉がムキムキなこと以外は普通のうさぎ、なんだな」父はゆっくり復唱した。


「ところで、この子は何を食べるのかしら?」


母が真顔で尋ねる。


「いやそっち!?もっと他に聞くことあるでしょ!?」


反射でツッコミが先に出る。

しかし母は「大事でしょ、食事」と完全に実務モード。強い。


神様は一拍置いてから静かに続けた。


「食事は基本何でも。草も野菜もたんぱく質も。体質的には丈夫です」


うさぎは気まずそうに耳を触った。

耳だけがちゃんとうさぎなのずるい。



そして朝食。

コーヒーの湯気の向こうで父と母が座る。わたしとうさぎのようなものも並ぶ。


「すみません」


やや控えめにうさぎのようなものが手を挙げる。


「なにかしら、うさぎさん?」


母は何事もなかったかのように返す。


「プロテインはありますか」


「プロッ!?」わたしはむせて、箸をあわてて置く。


「う~ん、きなこで代用できないかしら」


母はそうつぶやきながらキッチンに向かっていった。ツッコミ役がわたししかいない。


朝食が終わると父はネクタイを締め鞄を持つ。


「じゃあお父さんは仕事行ってくるからね」


「……うん」


「お母さんもパート行ってくるわね。困ったら電話してね」


「うん」


両親を見送って玄関を閉める。家の音が薄くなって時計の秒針だけが残る。

食卓にはうさぎのようなものが取り残された。マグカップを両手で包むように持っている。

心なしか耳が少しだけ下がって見えた気がした。


わたしはそのまま一緒に座る勇気が出なくて部屋へ戻ってベッドに倒れ込んだ。

天井の木目を一本ずつ数える。木目が川みたいに流れていく。吸って、吐いて。二回、三回。


その天井の川をふいに何かが遮った。


「気持ちが暗いですよ」


突然目の前に現れたそれを反射的に右手が動きぺしっと叩いた。


「ぁ痛っ」


神様が額を押さえる。


「いきなり視界ジャックしないで!」


額をさすりながらゆっくり起き上がってくる自称神様。


「失礼。けれど、ひとつだけ」


神様は距離を半歩だけ下げ、声を落とす。


「うさぎを一人にしておくと寂しくて死んじゃいますよ」




心臓が、変な跳ね方をした。


「――っ」


言葉より先に体が動く。

ドアへ飛び、廊下をダッシュ。急いでキッチンへ向かった。


するとそこには。

食卓の隅で三角座りのままちょこんと固まっている巨大なうさぎ。

耳だけしゅんと下がって目がビー玉みたいに潤んでいる。

冷めきったマグカップの飲み口だけがこちらを向いたまま寂しさと悲しさのようなものを訴えていた。


「こんなとこだけうさぎ!!」


叫んだツッコミが部屋の空気をばつっと割った。

うさぎは顔だけこちらに向けて困ったように笑った。


つづく

第1話を読んでくださってありがとうございます。

もともとは4コマ漫画ように作った出オチの物語をラノベ風にアレンジしてみました。

この先このうさぎがどんな騒動を引き起こすのか。

またいちごちゃんは学校に行けるのか。

ドタバタな日常を見守ってあげてください。


次回、名前を付けてやる。

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