恋をしよう
桜がまだ残っていた。枝の先にふわりと揺れる花びらが、風に舞いながら校門をくぐっていく新入生たちの肩に落ちては消えていく。
僕。ハルキは、その群れのなかにいた。真新しい制服の襟が少しくすぐったい。胸に小さな緊張が走る。今日から高校生活が始まるのだ。
と言っても、中学からの持ち上がりだ。面子は同じようなものだ。
人の波に押されながら、体育館へと向かう。「部活どうする?」といった声。
そして、見つけてしまった。
体育館の入口で案内の先生に一礼して中へ入った瞬間、視線が吸い寄せられた。
一人の女子生徒。高校から入った人だ。
ただ静かに式の開始を待っている姿。
光が差し込む窓の下にいた。
肩までの黒髪が、春の柔らかな光を受けてわずかに透ける。伏せられた睫毛の長さまで、目に飛び込んできてしまう。整った横顔に、何か凛とした気配が宿っていた。
その瞬間、胸の奥に熱いものが灯った。
よし、恋をしよう。
頭で考えたというより、心が勝手にそう言った。
知らない人。名前も、クラスも、何もわからない。けれど、この人を知りたい。この人と話してみたい。この人に笑ってもらいたい。
そんな思いが、波のように押し寄せてきた。
ぼうっと見とれていると
「何、ぼーっとしてるの?」
不意に肩を軽く叩かれた。
振り返ると、ミサキが立っていた。なぜか幼稚園からずっと同じクラスだった。これは幼馴染と言っていいのだろうか?
少し短めに切った茶色がかった髪。ずっと一緒にいた顔だ。けれど今は制服も変わり、ほんの少し大人びて見える。
「え、いや……」
咄嗟に言葉が出ない。
「いやじゃないでしょ、絶対なんか見てたよね」
「別に」
「ふーん? そのわりに顔が赤いけど?」
「……赤くない」
「はいはい。で、どの子?」
鋭い。こいつ、僕の思考を読むのかってくらい容赦がない。
「い、いや、本当に何でもないって」
「ほほう? じゃあ、あとで追及してあげる。逃がさないからね」
ミサキは得意げに笑い、僕の腕を引っ張った。いつものように。
式が始まった。校長の話は長い。けれど、僕の意識は半分以上あの女性のほうにあった。ちらちらと視線を送っては、また正面に戻す。
心臓がうるさい。ミサキに気づかれていないだろうか。
「ハルキ、ニヤけてる」
横から小声で突っ込まれる。
「ニヤけてない!」
「してるって。わたしが保証する」
「……証明なんていらない」
僕は必死に顔を引き締めた。
入学式が終わると、各クラスに分かれて教室へ向かう。
そして見事に僕とミサキは同じクラスだった。
そして僕の恋の相手のあの方も同じクラスだった。神様ありがとう。
担任が入ってきた。自己紹介、連絡事項、そして、そして席替え。
くじを引いた結果――偶然にも、あの方が、名前はカレンさん。名前もあの方らしい‥‥‥僕の斜め前の席に座った。
近い。息が止まりそうだった。
彼女を間近で見た。
さっき体育館で見た横顔よりも、さらに鮮やかだった。整った輪郭、注意事項をメモしている。
胸の鼓動が速くなる。
――やっぱり、この人だ。
「ねえねえ、やっぱりあの子だったんだ」
背後からミサキのささやき声。ミサキは僕の後ろの席だ。
僕は思わずむせそうになった。
「しっ、黙れって!」
「ふふ、顔に書いてあるから」
「書いてない!」
「まあいいけどさ。がんばりなよ」
はげましてくれる。一応は優しい幼馴染だ。
窓から差し込む午後の光が、カレンさんの髪を透かして輝かせる。
その瞬間、僕はもう一度強く決心した。
この人を、好きになろう。
そして、好きになってもらおう。
新しい日々が、始まったばかりだ。
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