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終章

 息を吸うたび、胸の奥が焼けるように痛んだ。

 咳が止まらず、喉の奥から何かがせり上がってくる。

 止めようとしても、もうどうにもならなかった。


 ──ごぼっ。


 口の端から、赤いものが溢れた。

 布団に滲んでいくその色を、私はただ見つめた。


「お母さん……?」


 娘の声が震える。

 隣にいた息子が、すぐに布を手に取り、私の口元を拭おうとした。

 その仕草があまりにも幼くて、愛しくて、胸の奥がまた痛んだ。


(ごめんね……怖がらせたね)


 私は、顔の筋肉を振り絞るようにして笑った。

 笑顔になっているかどうかなんて、もう確かめる余裕もなかった。

 けれど、娘が少しだけ安心したように見えた。


「もうすぐ……朝になるね」


 息子の言葉が、どこか遠くから聞こえるようだった。

 灰色の雨はまだ、静かに降っている。


(この子たちは──これから、どう生きていくのだろう)

(でも、もう……私の手を離れても、大丈夫だね)


 ふたりの手を、そっと握る。

 温かさが、指先から確かに伝わってくる。


(ありがとう。ここまで、強く生きてきてくれて)


 この街で、生きた。

 あの村で、愛した。

 ただ、それだけのことが、奇跡のように思える。


 もう、雨は冷たくなかった。

 もう、涙は流れなかった。


 私は、子どもたちの姿を最後に目に焼きつけて、

 灰色の雨の降る世界で、静かに、まぶたを閉じた──

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