第10話 子らの願い
「これで、お母さん……元気になるよ!」
夜、仕事から帰った息子が、真っ先にそう言って、ひと束の薬草を誇らしげに差し出した。
その手のひらは煤け、節くれだった指先には薄く皮がむけていた。
何日も働いて、少しずつ貯めた銭で買ったのだという。
私は、その薬草を受け取ったまま言葉が出なかった。
それがどんなに高価だったか、どれだけの想いが込められていたか……手のひらから伝わってきた。
娘が息を弾ませながら湯を沸かし、震える指先で煎じ始めた。
針仕事で刺した跡を隠すように、布を巻いた小さな手が震えている。
「お母さん、飲んで……きっと治るから」
娘に差し出された椀を、私は両手で受け取った。
湯気が立ち上り、土の匂いを含んだ薬草の苦みが鼻をくすぐった。
ひと口すすると、舌がしびれるような強い苦味が広がる。
けれど、身体の芯がじんわりと温かくなった気がした。
(効き目なんかじゃない。この子たちの想いが……私に沁みている)
息子はまっすぐにこちらを見て、娘は少し不安げに顔を覗き込んでいた。
二人の目に、疑いはなかった。
この薬草が、すべてを変えてくれると、信じきっていた。
(こんなにも小さな体に……どれだけの希望が詰まっているのだろう)
私は無理やり微笑んだ。
その笑みがどれほどぎこちなくても、二人にとっては答えになったようだった。
「もう大丈夫なんだね」
「明日になったら……きっと、もっと元気になるよ」
そう言って、ふたりは並んで座り、眠りについた。
雨は止まず、遠くで鈍い雷の音が鳴っていた。
(私は……明日を迎えられるのだろうか)
心の奥では、もうわかっていた。
薬ではもう、追いつかない。
この身体はゆっくりと、確実に終わりに近づいていた。
けれど、それを言葉にはしなかった。
子どもたちの“願い”を、壊すことだけはしたくなかったからだ。
(たとえ一日でも、もう一度、あの笑顔を見られるのなら……それだけで)
私は目を閉じた。
温もりが、まだ腕の中にある。
その重さだけが、私をこの夜に留めていた。