97 面会、もとい観察している時間は10分も満たなかった。
家に帰るまで、安心してはいけない。
面会、もとい観察している時間は10分にも満たなかった。
「ありがとうございました。今後の糧となる体験でした。」
「たしかに、だが、ここはそっとしておくべき場所だ。」
そう言って面会を終える僕たちを、院長はエントランスまで送ってくれた。
大層な準備にわりにあっさりとした面会であったが、院長は気を悪くした様子はなく、分かっていますという微笑みを浮かべていた。
「それは何よりです、今後あなた方の人生に我々が関わるようなことがない事をお祈りしています。」
去り際の言葉は冗談のようだが、そこに医者としての覚悟を感じ、内心同意する。院長や職員の勤務態度は尊敬はするが、こんな場所はない方がいい。
実は、必要とあれば非合法な方法で情報を集めることも想定していた。しかし、ウッディ・リドルの姿を目にした僕は、これ以上アレに関わる気は失せていた。アレはこのままゆっくりと朽ちていく、もうそれでいい。
荷物を受け取り、そのままゲートまで案内される。見送りはここまでで、あとは駐車場に停めてあるレンタカーまで歩く必要がある。幸いなことにまだ日は高いので遭難なんてことはないだろう。それでも自然と足が速いのは、リーフとホーリーの顔が浮かんだからだ。
早く帰ろう、そう思っていたのだが・・・
「はなせー、いれろー。」
僕たちは期せずして、この病院の抱える負の側面を垣間見ることとなった。
なぜか急に閉まっていくゲートと、あわてた様子でこちらを追ってくる案内の人。そしてゲートの向こうから聞こえる何やら争う気配に、僕たちは足を止めて、首を傾げた。
「申し訳ありません。ちょっと厄介なお客様がいらしているようでした、こちらでしばしおまちください。」
何度も頭を下げられながら、ゲートの近くにある小屋へと案内される。椅子を勧められ、コーヒーまで用意されたあたり、長期戦になりそうだ。
「これ、俺らここに居て大丈夫なやつ?」
その気配にレイモンドが気を利かせたことを言うが、首は横に振られた。
「いえ、念のために安全の確認をしているだけですので、かかっても10分ほどでお車までご案内できると思いますので、よろしければこのままお待ちください。」
安全の確認?
「はい、いえ、なんといいますか。アポイントメントを取らずに飛び入りで見学を希望される来客がありまして。ああ、それ自体は問題ないのですが、お二人の方が先客でしたので、お待ちいただいいていたんです。」
「なるほど、お互いに顔合わせをしないようにここで待って欲しいというわけですね。」
「その通りです。ご不便をおかけして申しわけない。」
ブラインドでふさがれた窓の向こう。防音がしっかりしているので外の様子は分からないが、今は新しい来客が通っているということなんだろう。何度も言うが、必要な施設であり、悪い事ではない、ただこの場所を来訪することを人に知られたくないと思う人は多いだろう。僕たちだってそうだ。
「面会や見学の希望ってそんなに多いのか。」
「そうですね、時期にもよりますが、週に一件程度でしょうか、そうなるように予約を調整させていただいます。おや、準備ができたようです。」
宣言通り、10分と待たずに僕たちは再びゲートへ案内された。ゲートはすでに解放され、行きはいなかった警備員らしき職員が二人ほど加わり僕たちを見送った。
「それでは、またのお越しをお待ちしておりません。」
そう言ってウインクする3人と僕たちを隔たる様にゲートの扉が閉まる。なんともユーモアにあふれる見送りに僕たちは目を見合わせ、肩をすくめるしかなった。
気を取り直して駐車場まで歩きながら、僕はある違和感に気づいた。
「飛び入りの来客って言ってたよな?」
「そうだな、かなり急いでいる様子だったが。」
だというのに、駐車場までの道に人が通ったような痕跡がないような気がする。石畳の敷かれたきれいな道であったが、雨でもふっていたのか、濡れている場所があり。その所為か、僕たちが歩いたあとはには足跡が残っている。だというのに駐車場へ向かう先にはわずか足跡もない。コーヒーをもらっている間に乾いたのかもしれないけれど、まるで清掃したてのようにきれいな道にはどこか違和感があった。
「ほかにも道があるんじゃないのか?隠しておきたい秘密もあるだろうし。」
「そうかな?」
レイモンドは気にしていないようだったけど、僕の疑念はさらに高まった。
なぜなら、駐車場に戻ったとき、駐車場には僕たちの車しかなかったからだ。
僕たちが来たときと同じたった一台の車があるだけだった。
「考え過ぎだって、近くまで送ってもらったのかもしれないだろ?それに職員用の駐車場とかがあるのかもしれない。」
「それはそうかもしれない。」
これだけ辺鄙な場所だ、施設専用の車両や駐車場を用意していないはずがない。アポイントメントなしの急な来訪でも受け入れたというのだから、関係者かそれ相応のVIPなのかもしれない。
「推理ごっこはそれくらいにしておけ。運転はお前だからな。」
「ああ、そうだな。」
確かに考え過ぎだ。これだけの規模の施設なら入口が複数あっておかしくない。来客同士がすれ違わないように気を利かせてくれたんだと思う。
「今日は、近くの街で一泊、飛行機は明日だったな。」
「レンタカーは空港で返すんだっけ?」
「10時を過ぎると延長料金が取られるから寝坊するなよ。」
明日の予定を確認をしながら、車に乗り込む。当然だが、乘りつけたときのままだ。各種メーターも雑多に置いた荷物の配置も変わった様子はない。ガソリンも空港まで充分もつだろう。
「「さあ、帰ろう。」」
期せずして揃った声に苦笑しながら俺たちはランバート精神病院を後にした。
家に着くのは明後日になるだろうか。
今回の遠征中、リーフはローズさんのところに預けていたけど元気にしているだろうか。一週間ぶりに会う娘の顔が恋しくて、ついついアクセルを踏み込んでしまうのはご愛敬だ。
だからである。僕たちはその様子をこっそりと観察している視線に気づかなかった。気づいていたらもう少し慎重に動いていたと思う。
ウッディ・リドルは退場です。それでも不穏な気配は終わらない。




