96 きれいな病院のイメージは徐々になくなっていた。
いよいよ対面する、ウッディリドルとラルフ・アルフレッド
きれいな病院のイメージは徐々になくなっていた。
清掃は行き届いているし、空調も防音もしっかりしているので見た目は変わらない。だというのに、そこに人がいるというだけで、何とも言えない圧迫感が増していくように思えた。
「職員の出入りもありますので、少々ご不便をかけるかと思いますが。」
こちらの戸惑いに気づいたのか、院長はそう言ってくれたが、あいまいにうなづくことしかできなかった。
エレベーターでフロアを移動しただけだ。
だが、施設の見学を目的に最低限の患者と職員しかいなかったフロアと違い、入院患者で埋まっている最上階は、行き交う職員も多く、僅かな扉の開閉の間に漏れるうめき声や悲鳴によって、まるで戦場のようであった。
当然だが、僕もレイモンドも戦場なんてものを経験したことはない。それでもそこにいるだけで自分の中の何かが脅かされるような感覚に若干の震えを覚えた。
「ご気分が悪くなりましたら、いつでもおっしゃってください。我々は慣れてしまっていますが、一般の方は、この雰囲気に戸惑いますから。」
「大丈夫です。」「やばくなったら言うわ。」
自分たちに言い聞かせるようにそう答えて、僕たちは職員たちの邪魔にならないように一列になって院長についていった。
やがて案内されたのは、廊下の中央にある管制部屋だった。
ワンルームの部屋の半分を埋めている複数のモニターと制御用のパソコン。奥のロッカーには警棒とショットガンと思われる拳銃が保管されている。
「こちらにおかけください。」
案内されるままに車輪付きの椅子に腰かけると、院長がキーボードを操作して、モニターに廊下の様子が映る。
「あらためて、ウッディ・リドルとの対面はこちらモニター越しでお願いしています。これはお互いの安全を守るためです。必要があればそちらのマイクで話しかけることも可能です。ですが、相手を刺激するような内容は避けていただきたい。」
これまた事前に説明があったことだ。生活能力が皆無な患者と面会して、風邪やばい菌などが持ち込まれた場合、致命的な影響を受けることがある。また、特定のキーワードによって発作的に暴れることもある。だから自分たちの素性や、娘のことは話してはならない。
そういった細々とした約定は丁寧に読み、理解したとサインもしてある。
「また、此方の判断で通信を切らせていただくこともあります。それと、ここでの面会内容については記録させていただきます。」
こくりとうなづき、意志を示す。もともとこちらから話かけるつもりはない。あくまで彼の今の状態を知ることが目的だ。
「では、面会をはじめてよろしいですか?」
「お願いします。」
最終確認のすえ、院長がエンターキーを叩くと、モニターに病室が映りだされた。
部屋そのものはシンプルなものだった。
真っ白な壁と照明、簡易的なベッド。そこに寝かされている男は拘束具でガチガチに固定され、口元は犬に着けるような金具で固定されていた。
頬はやせこけ、その目は骸骨のようにくぼんでいる。かきむしったの頭皮の一部が剥げている。何よりその瞳に、あの時の狂気がない・・・。
「なんだ、あれは、生きてるのか?」
「バイタルは正常。ただし意識はあの通りです。視点が定まらず、こちらからの言葉に反応はほとんどありません。ただ食事などの気配は分かるらしく、スプーンを近づけると口を開けるなどの反応は見られます。」
「それって演技ってことはないのか?」
「演技・・・。そのような仮説もありますが。しかし、24時間体制で監視された状態であれを演技するのは難しいかと。身体に異常がないわけでもありません。」
隣で話す院長とレイモンドの会話を聞きながら、僕はその様子をただ観察していた。
アレがウッディ・リドルなのは間違いない。やせ細り意識のない瞳をしているが、長年の狂気によって刻まれた皺と目力は隠しようがない。
出会ったのは3回もないだろう。だが、その時に向けられた感情と暴力、その後に穴が開くほど見た資料に添えられた写真のおかげで、自分には見間違えようもない。
「ぐ、ぐあわあああああああああ。」
突然、ウッディリドルが白目をむいて暴れだす。その細身のどこにそんな力があるのか、拘束具をガチャガチャとならし、唸り声をあげて首を振る。
研修時代に拘束具を着た事がある。絶妙に手足が縛られるからこそ力を込めたから動くというものではない。あれがガチャガチャしているのは、全身が震えているのだ。
「発作ですね。失礼。」
その様子に院長は慌てる様子もなく、キーボードを操作して、どこかに指示をだす。
「発作的に暴れて、身体を傷つけてしまう患者は多いです。その場合は鎮静剤やガスなどを使って落ち着かせるのですが、なぜかアレにはそういった類が効きません。」
そう言っている間に、壁の一部が開いて、数人の職員が入ってきて、暴れる彼を押さえつける。
「落ち着いてください。」
「大丈夫ですからねー。」
淡々と伝えつつ、職員が注射器を取り出して、首元に注射をする。
「うわあ、あれは痛いぞ。」
「残念ながら、手足を自由にすることはできません。自由になっているとき発作が起きると、真っ先に自分の眼球を潰そうとします。」
素早く注射をして職員たちが離れるが、ウッディ・リドルの発作が収まることはなく、むしろ、職員たちから距離を取ろうとさらに暴れていた。
「今回の配合もだめだったか。」
残念そうに肩をすくめる院長に、僕たちは目で尋ねる。
「先ほども言ったように、彼には鎮静剤や麻酔などが通じません。常人ならすぐに眠ってしまうような薬品でも発作を止めることはおろか、和らげることもできません。今回投与したのは、事故現場などで使われる即効性の麻酔です。一分も経たずに痛覚が消えているはずにもかかわらず、アレは痛みにもがいているんです。」
「それはなんだ?普通は薬で眠るもんじゃないんですかい?」
「ええ、体質的なものなのか、それとも発作の原因によるものなのかわかりませんが、有効な対処方法は見つかっていません。現状は発作で身体を傷つけないように対処しながら、症状を抑える方法を模索しています。」
「うがあああ。」
身体の底から無理やり絞り出すように声をだしてうめくウッディ・リドル。その姿は狂っているというよりは、お腹を押すと音のでるおもちゃのように見えた。
「ゆ、ゆるじ。」
不意に聞こえた許しを請う声は、きっと気のせいだろう。あれは、生物としてなにかが壊れている。
「憐れだな。」
彼の過去については、履歴でしか知らない。
彼が何を狙っていたのかは、娘であるリーフにも分らない。他人である自分たちにはなおのことだ。
だが、ウッディ・リドルは「リドル」を求めた。
リドルの力で、どうしようもないほど愚かで切実な願いをもっていたのだろう。
かつて、「不老不死」なんてものにすがって、自分や仲間たちを含めた多くの人間を地獄へ招いた老人のように。
その姿を見たら、憎しみが生まれるかと思った。
かつて老人からされた仕打ちを思い出し、リーフを傷つけた代償と正当化し、暴力なり暴言なりがでるかもと思った。
だが、アレの末路を見てしまった今となっては、ウッディ・リドルに対しては何の感情もわいてこなかった。
憐れと思ったのは、事故や病気の人間を見たときの反射的なものだと思う。
「アレはもう帰ってこれないですね。」
「・・・残念ながら、希望は薄いですね。」
何を願い、何を失ったのか。
ウッディ・リドルが人の形をした地獄に閉じ込められたことを知り、僕はそっと席を立ち、面会を終えるのだった。
ウッディ・リドルの顛末については、
「ep.13 失敗を認めない人間はおろかだ。」から変わっていません。」
https://ncode.syosetu.com/n6017kt/13




