91 彼のことを調べる。それ自体は自然の流れだ。
まだまだラルフさんの視点で進行していきます。
彼のことを調べる。それ自体は自然の流れだ。
「ウッディ・リドルについて知りたい?今更だな。」
僕の相談に対して、署長が呆れつつも納得した様子なのは、そのためだろう。
「捜査資料の閲覧なら、いちいち許可を取る必要はないぞ。」
「そちらは確認済みです。それに、いくつかの現場には自分も立ち会っています。」
「そうだったな、あの時は助かった。」
当時の出来事を思い出したのか署長の顔には苦笑いが浮かんでいた。平和な田舎町に国際的な犯罪者が潜伏していたという大事件。それに一番振り回されたのはほかでもない署長だったろう。
「自分が知りたいのは、彼の人柄や現状です。」
「まあ、気になるよな。」
厄介だ。その思いを隠そうとしないことに申し訳ない気持ちになるが、ここで怯むわけにはいかないし、これからのことを考えるならば署長に筋を通しておく必要がある。
今の自分は復職したばかりの警官だ。ローガンの紹介で署長と面談し、そのまま現地雇用された下っ端。だから、今まではでしゃばるようなことはせず、交通整理やパトロールなど日々の業務をまじめにこなしていた。そんな自分が突然、署長室を訪ねてお願いをしている。本来ならば、門前払いされても文句が言えない愚行である。
それでも、自分がリーフ・リドルを引き取り一緒に生活していることは周知のことであり、彼女の父親であるウッディ・リドルについて調べようとすることを、署長が不審がることもなければ咎める様子はなかった。なんなら書類の確認作業を再開して、目線をそらしてしまったぐらいだ。
「人となりについてはともかく、現状については難しいぞ。」
「わかっています。」
署長の言葉には素直に同意する。
署に保管されてた捜査資料書かれていたのは、過去に在籍していた研究施設などの大まなプロフィールのみ、彼の動機や罪状については曖昧で、何よりウッディリドルの現在の状況が記録されていなかった。
『違法な薬物の存在と流通経路は極秘事項のため、以降の捜査はFBIに引き継ぐこととする。』
簡素な一文とともに廃棄予定というスタンプ。その時点で一介の警官が首を突っ込んでいい事案ではないことはわかるだろう。
「州警察を超えて、FBIが出張ってきた案件だ。それはわかってるよな。」
「はい。」
警察組織に置いて管轄と権限が絶対だ。FBIやそれ以上の組織が関わる事件に、地方警察が嘴を挟む隙間などあるわけがないし、情報だって降りてくるわけがない。それは署長であっても変わらない。
ドラマや映画のような越権行為をするのはNGだ。
「これは独り言だがな。」
でも、署長はわりとそう言うノリがある。
「ウッディリドルは、拘留された直後に、FBI捜査官に引き渡された。彼の家の地下室にある薬物や検査結果も含めてすべて持ち出された。検査官も口止めがされるほどの徹底的に情報は消された。」
それは自分も知っている。自分やローズも含めて大人が立ち会ってリーフの私物を持ち出したのち、FBIの捜査官と名乗る輩による立ち入り検査が行われ、その後は更地にされた。結果、もともと交友関係のなかったウッディリドルが街にいた痕跡は一人娘のリーフ・リドルのみとなった。彼女への聞き取り調査も行われたが、まだ子供である彼女は父親のしていたことを正しく認識していたわけでない、現状、これ以上の手がかりはない。
いや、一つだけあるにはあるか。
「調べるのは自由だ。だが、これ以上は出てこないと思うぞ。それと、ウッディ・リドルがお天道様の下を歩けることは二度とない。と、捜査官は言っていたから安心していい。」
「・・・ありがとうございます。」
犯罪者の父親が娘と接触することは、ない。自分を含めて、リーフのことを知った大人が一番に危惧すべき問題はFBIの言葉を信じれば解決している。
これで満足して藪蛇にならないにしろ。言外の言葉を正しく理解して、僕は署長室を後にした。
署長に相談しても得られる情報はわずかなものだった。だが、それは想定の範囲、あくまで彼に筋を通しただけにこと。本命は別にある。
「で、俺をわざわざ呼び出したと。トラブルはごめんなんだが。」
街外れのガソリンスタンドに呼び出した男は、サングラスの下に不機嫌を隠そうともしていなかった。いつもはピッチリ決まったスーツで、淡々とした姿なのに、今日はデニムパンツにシャツというラフな格好をしており休みの若者にしか見えない。それでも油断なく周囲を警戒しているのは流石だ。彼は自分やリーフを監視している組織のエージェント。Kと名乗っっている以外は謎の男だが、彼への連絡先だけは知っていた。
「安心を得たい。それはそんなに悪いことか?」
あの忌々しい旅館の事件。それ以来、自分のことを監視してきた組織との接触。僕の本命はこちらだ。
「お前たちには便宜を図るように言われている。同時に必要以上に情報を与えて刺激するなとも言われているんだが・・・。」
「それが組織の理念というのは理解している。安心できれば深入りはしない。」
Kと名乗る男と接触するのも一年ぶりだ。お互いの生活があるので、普段は接触はしない約束となっていたし、前回はウッディリドルの事件のせいで向こうからの接触だった。何もないタイミングで、自分から呼び出すのは初めてだ。
「で、知りたいのが、ウッディ・リドルの所在か。」
周囲に人気がないことを確認して、Kの質問に黙って同意する。FBIが担当すると報道されている違法薬物の事件、その実態はもっと上の組織が担当している。ならば、そこから情報を引き出す。それが本命だった。
「情報は流せないという約定に同意していたよな?」
「少しぐらいいいだろう。別に何か影響があるわけじゃない。むしろ影響を無くすためだ。」
彼ら組織の目的はよくわかっていない。以前された説明では「リドル」と世間を隔離して文明社会を守ることを目的とした国際組織だとか。その目的のために、彼らは僕があの体験を口外することを禁止し、対価として生活と身分を保証するという約定を提案された。廃人寸前だった自分は、深くは考えずに同意しそのままこの街へと引っ越した。組織としては、このまま俺が世間から隔離されて、「リドル」の存在が広まるのを防ぎたかった。しかし、この街で「リドル」が発見された。
この街で「リドル」に関わる事件が起こったのは偶然だ。しかし、組織の人間はラルス・アルフレッドとリドルの間に、何かしらの因縁があることを疑っている。Kが情報を出し渋っているのもそれが原因だろう。
「踏み込みすぎるのはどうかと思うぞ。知らぬが仏という言葉が日本にはある。」
「それでも知っておきたい。」
それ以上言葉を重ねることはなく、しばしのにらみ合う。折れたのは相手の方だった。
「くそ、わかったよ。」
がりがりと頭をかき、不本意、不機嫌を表現しながら、Kは答えた。
「まず、ウッディリドルが社会復帰をする可能性は0だ。違法薬物の生産と販売と表向きの罪状だけでも十数年は監獄に入ることになるし、過去に行われていた違法な実験による罪状も加われば人生3回分は塀の中だ。」
「司法取引の可能性は?あるいは、どこかの組織に引き抜かれたり。」
「リドル」を求める人間は多いらしい。その研究者であるウッディ・リドルを確保したいと思うのは政府も同じではないだろうか? 僕の本当の心配はこの可能性だった。
「それもない。」
だが、その心配はあっさりと否定された。
「ウッディ・リドルは事件以来、精神を患っていて、会話もできない状態らしい。」
「はあ?あれがおかしいのはもともとだろ?」
一度だけ遭遇したときの狂いっぷりは薬物中毒者のそれだったし、周辺の聞きとった人間性は、偏った父親といった感じだった。なによりリーフから聞いた彼の言動は狂っているとしか思えないものだった。
「そうじゃない。思想云々ではなく、意識が混濁してしまっているんだ。声掛けに反応することもなく、まともな会話はできず、日常生活すらおこなえいほど挙動不審になっているそうだ。」
そこまで言われて、あの夜のウッディ・リドルを思い出す。血走った目でローガンや職員に襲い掛かり、取り押さえたときの抵抗と暴れようは手が付けられなかった。敷地を出たとたんに大人しくなったから気にしていなかったが、あの状態が発作のように起こるのであれば、日常生活に支障があるだろう。
「そんな状態だから、FBIは彼から情報を引き出すことを諦めた。今は、彼の資料から関わりがありそうなルートをたどっているそうだが・・・」
その先を言い淀むあたり、捜査は上手くいっていないのだろう。
「そっちはどうでもいい。関わる気はない。」
自分や2人に火の粉が飛んでこない限りは「リドル」に関わろうなんて思わない。アレは不幸しかもたらさない。ウッディ・リドルが無害と確信できればいい。
「ランバース精神病院。今はそこに収監され、拘束した状態で寝たきりだそうだ。」
「そんな・・・病院で大丈夫なのか。」
Kの言葉は、その思いを満たすには足りなかった。それが伝わったのか、Kはさらに説明してくれた。
「病院とは名ばかりの収容所だ。犯罪者や治療不可と言われる患者を監禁し、世間から隔離しておくための施設だ。ウッディ・リドルは、隔離病棟で拘束され、24時間体制で監視されている。設備そのものの警備は厳重だから、脱走はおろか、許可なく面会することもできない。だから心配するな。」
そういう施設があることは、噂に聞いたことはある。まるでコウモリなヒーローコミックに出てくる収容施設のような場所だ。コミックではよく脱走者がでているけど、現実はそう簡単ではない。
「なるほど、そんな場所にいるなら。世間に戻ってこれないな。」
「事実上の終身刑。奇特な精神科医とかいうイカレ野郎に観察日記をつけらるだけの日々さ。万が一の場合もすぐに連絡が来る。」
脳裏に浮かんだのは、鎖につながれて見世物になっているウッディ・リドルの姿。あのくそ野郎にはふさわしい末路かもしれない。
「いいか、譲歩できるのはここまでだ。くれぐれもおかしなことはするなよ。」
「しないって。ありがとう、安心できた。」
社会の裏というか、闇の存在を垣間見た気がして、複雑な気分になる。言われなくても、そんな物騒な場所に関わる気はないし、関わらせる気もない。
ウッディ・リドルは罰を受けて、二度度戻らない。
事実をぼかしつつ、この結果を2人にどうやって伝えるか、新しい悩みを胸に抱きつつ、僕は給油を終えてガソリンスタンドを出発する。その時には、Kの姿はどこにもなく、僕らの接触は誰に知られることもなく、お互いの生活へと戻っていった。
アメリカの警察機構がややこしいので、執筆に悩みました。舞台となっている街の警察は小規模の地方警察であり、自治体運営なので、署長の裁量で人を雇うこともできるかもですが、ラルフは元警察官ということで復職とした方が自然だとなり、今回の話になりました。
ラルフさんの一人称ですが、基本は僕ですが、相手によっては俺になります。




