90 彼の様子がおかしい、そう思ったのは何度目だろうか?
心配性なホーリー君を見守る人々のお話
彼の様子がおかしい、そう思ったのは何度目だろうか?
「おはよう、ホーリー。」
「おはよう、リーフさん。」
勤勉に新聞配達をしているホーリー君と、彼が来るのを玄関で待って新聞を受け取るリーフ。それを玄関からこっそりと見守り、時々自分も挨拶をする。そんな朝の習慣が生まれてもう一年近くなる。
わざわざ新聞の受け取る必要はないし、30分もしないうちに、待ち合わせをして一緒に登校しているというにの毎朝楽しそうに挨拶をしている2人の姿はいつ見ても微笑ましい。
「おはよう。ホーリーいつもありがとう。」
「ああ、おはようございます。ラルフさん。」
健気な勤労少年にコーヒーでも振る舞いたくなるが、配達の途中なので引き留めはせす。僕も挨拶だけしてすぐに引っ込み朝食の支度をはじめる。数分の会話の後、遠ざかっていく自転車の気配とともにリーフがキッチンへとやってくる。
「・・・お腹すいた。」
「そうだね、朝食にしよう。」
前髪にで隠れた瞳は黒く相変わらず感情の起伏に乏しいリーフだが、食事や娯楽への欲求を主張するときは、意志がはっきりしていると思う。
「今日は目玉焼きにするかい?」
「うん。」
少なくとも今日の玉子料理の気分を当てられるぐらいには彼女の表情が読めるようになった。目玉焼きは、少し機嫌が悪いときに所望される。目覚めが悪い時や心配ごとがあるときは半熟の目玉焼きを欲しがる。ベーコンと黄身を絡めて食べるのがお気に入りだ。
「・・・ホーリー元気なかった。」
「そうだねー。」
適当に同意しつつ、料理の手は止めない。リーフの心配には僕も心当たりがある。
ホーリーは良くも悪くも嘘がつけない子だ。真面目に仕事をしつつもチップや差し入れには驚くし、リーフがおしゃれをしたときは、目に見えて顔を赤くしたりする。また、何か気になることや心配事があるときは、それを無理に明るく振る舞って誤魔化そうとする。よくよく観察すれば見抜けることだが、四六時中一緒にいるリーフは彼の不調にいち早く気づく。
気づいた上で、まずは見守るという気遣いを覚えたのは最近だけれど。
「まあ、なにかあれば相談してくれるさ。」
とある事情から、彼が定期的に不調になることは僕も分かっていた。そうでなくても彼は特別な子だ、彼なりの悩みもあるだろう。だからこそ、リーフに相談されたときは「男の子のプライド」と言って見守ることを推奨している。
なぜなら、彼の悩みの半分は僕とリーフに関わることだからだ。ほかならぬリーフにだけは相談ができないことなので、見守ってあげてほしい。
「まあ、もう少し経てば、落ち着くんじゃないかな。」
「・・・ホーリーと同じことを言う。」
「あれだよ、男には男で通じ合うものがあるってこと。あと数か月もすれば落ち着くって」
誤魔化すわけでもなく、リーフの言葉にそう答えておく。
ホーリー君の言葉を信じるならば、彼の悩みの真偽がわかるのは今年の年の瀬だ。それを待つのが一番いい。
「・・・わかった。それまでは聞かない。」
不服そうに言いながらも、僕やホーリー君の言葉を信じるリーフを見ると、申し訳ない気持ちと同時に、きっと大丈夫と思えるから不思議だ。
僕とホーリー君の関係。それを誰かに説明するのは難しい。僕にとっては思い出しくもないトラウマであり、ホーリー君にとっては、起こりうるかもしれない悪夢だ。だからこそ、僕たちはその話題を避けている。いや、最初に相談されたときに、僕が拒絶をしてしまったことで、ホーリー君が気を使ってくれただけだ。
彼の気づかいに、自分も応えるべきだ。そう思うが、まだ踏ん切りがつかない。
そう思って見守っていたら、ホーリー君の不調は周囲に大人にも悟られるようになってしまった。
「なあ、ラルフ。ホーリーはなにかあったさね?」
仕事の休憩に立ち寄ったダイナーでは、店主であるローズさんにそんなことを聞かれた。
「さあ、僕も分からないです。ただ元気がないのはたしかですね。」
無難な答えを選びながら、内心驚愕していた。
僕やリーフだからこそ気づけていた彼の不調をローズさんは気づいてしまったらしい。それならば、自分の不安も見抜かれてしまっているのではないか、この期に及んでもわが身が可愛いことに若干の自己嫌悪を覚えるが、これはもう自分の生き方なので仕方ない。
「とやかくはいわないけど、アンタも大人さね。」
うん、これは見抜かれてるな。具体的なことは分からずとも自分がホーリー君へ信頼と同時に複雑な気持ちを抱いていることはバレバレのようだ。
「ああいう子は色々と無駄に背負い込んでしまうからね、注意してみてあげるさね。」
ローズさんはそれだけ言ってキッチンへと戻ってしまった。
分かっているなら動きな。言外に込められた言葉はしっかりと伝わった。確かにその通りだ。
「まいったねー。」
僕は彼の事を友人と思っている。どん底の気分でいた自分を引き上げてくれた恩人であり、リドルという厄介な秘密を共有する同士でもある。
彼からその秘密を打ち明けられたとき、最初は頭のおかしな子だと思って無視しようと思った。だが、こちらにすがるように必死に訴える彼の言葉と過去の忌々しい経験から、彼の言葉を否定することはできなかった。
だから最初は拒絶した。
過去の因縁、トラウマ? ともかく理由をつけて彼の訴えを拒絶し、街から逃げることも検討した。だが、気づけば自分は、ウッディ・リドルというイカレタ人間を捕縛することを手助けし、同情心から、リーフ・リドルという少女を保護することにした。そして、彼らの家の地下からリドルを見つけてしまった。
「おかげで、惨劇は防げそうです。」
こっそりとホーリー君に教えられたとき、安堵すると同時に宿命めいたものを感じたのも事実だ。
「リドルからは逃げられない。」
かつて、イカレタ老人が自分に残した言葉に、身体が震えた。リドルという謎の存在が引き起こす超常現象は言葉では説明ができない惨劇を巻き起こす。
実際にそれを体験した自分と、なぜかそれが引き起こす未来を知っている少年。これもまたリドルが作り出したゲームなのかもしれない。
だとしたら、いつまでもうじうじと目をそらしているわけにはいかない。
頭ではそう思っても、身体が恐怖に竦む。だから、詳細をホーリー君から聞き出すことはせず、彼の言葉を信じることで、彼の不調を見て見ぬふりをしていた。
その結果が、リーフの寂しさとローズさんのお言葉である。
「いつまでも馬鹿だな。僕は。」
社会復帰の一環として地元の警察に復職し、少女を引き取った。もともと街の行事などの手伝いもしていたので、住人からの受けも悪くない。色々思い出してしまう故郷よりも、この街の方が自分の居場所だと思えるようになった。
なのに、未だに過去にとらわれて自分が立ち止まっている。
「そろそろ、動かないとね。僕は大人だ。」
コーヒーを飲み終えて、巡回用のパトカーに戻る頃には、不思議と覚悟が決まっていた。
僕はこの街のお巡りさんだ。住人の安全と平穏のために動くべきだ。
事情やリスク云々の前に、悩める友人の声を聴くべきだ。
それ以上に、リーフの恩人で親友だ。彼の不調に気づくたびにリーフが目に見えてしょんぼりしているのもいただけない。
次会ったら、ホーリ君とちゃんと話をしよう。必要があればリーフにも、いや、リーフに話すかどうかは、彼と相談してからだな。
色々と考えながら、街をパトロールする。
新学期を迎えたばかりの街は、はしゃいで無茶をする子どもも多い。そうでなくてもお巡りさんの仕事は何時だって忙しい。それは平和であってもそうでなくても意外と変わらない。
ラルフ「やはり、根元から禍根は立っておくべきか。」
ローガン「物騒だな、おい。」
すっかり親馬鹿になっているラルフさんでありました。




