103 何気ない日常 大人たちの晩餐
エピローグ的なお話 レイモンド叔父さん視点です。
2025年 1月某日
新聞記者というのは身軽な方がいい。カメラとメモ帳あれば取材はできるし、スマホとパソコンがあればどこでも仕事はできる。情報は頭に叩き込み、資料と苦情はため込まない。俺なりの仕事の流儀だ。
正解かどうかは知らない。多くの資料に目を通して、わかりやすくまとめることも技術であるし、情報や資料を管理保管するのが図書館や博物館だ。実験や実践をすることで商品や情報の信用度を上げる仕事だって大事だ。
いろんな仕事があり、いろんなスタイルがある。俺はそれらへのリスペクトを忘れず、仕事のスタイルを押し付けたりはしない。適切な距離感を保つのが人間関係でも仕事でも大事な事だ。
だがそれも時と場合によるものだと思う。
「お前らー、いい加減にしろー。」
何度目かもわからない怒声とともに、俺は床に散らばったファイルを拾っていく。その視線の先には、ネコのおもちゃやクッションなどが雑多に置かれて足の踏み場もない。食べ残しや生ものでないだけ、今日はマシな方かと思った自分が悲しい。
「すみません、これが終わったら片付けますから。」
「それ、昨日も聞いたからね。なんなら、毎日聞いているよ。でもやったことないよねー。」
「ははは。猫は連れ込んでないですよー。」
「笑って誤魔化すなー。」
拠点として借りている家に作られた特設の地下室。ルーザーとロビンと情報や場所をシェアする生活も気づけば一年近くなる。仕事もプライベートでも何かと頼りになる2人だが、生活力が壊滅的すぎで、数日と家を空けるとこれである。
「ロビン、ネコを連れ込まないのは偉かった、戯れた服で地下に入り浸るな、ちゃんと洗濯にだせ。ルーザーは、片付ける前に新しい資料を作るんじゃない。戸棚は用意してあげただろ。」
そして気づけば、彼らのママのようなことを毎日言っている自分がいる。
いや、俺も生活能力はないよ。実家に居たときは、同じような事を言われ続けたし、食事は買い置きかデリバリーばかりで、冷蔵庫にはビールとつまみぐらいしかない。
それでもこいつらよりはマシだ。
「あっ、まってください、そこの資料は次の撮影に。」
「クッションをギューギューに詰めないで、つぶれてしまう。」
「知らん。」
こちらに文句を言うならば、手を止めて片付ければいいのに、それをする気はないようだ。
そんなこんなで共有エリアのテーブルとその周辺のスペースを確保して、おれはパソコンを立ち上げることに成功した。俺のスペースはとっくの昔に侵略されているので、しかたなくだ。
「おやー、珍しいですね、ここで仕事ですか?」
「取材結果のまとめだ。隣の州で起きた謎の停電の原因追及。警察は野生動物の悪戯を疑っているが、その規模がおかしいって話。」
「「詳しく。」」
話す手間を惜しんだとかじゃないぞ。2人が勝手に食いついただけだ。
開発による環境への影響。これはなかなかに売れるテーマだ。例えば、日本では、開発によって住処を追われ、人里におりてきた熊とか鹿とどう共存するかが良く話題に上がる。オーストラリアではクジラを保護しすぎた結果、海洋資源に被害がでたなんて話もある。
そんなわけで、野生動物による被害なんてテーマで取材をしていたら、隣州の変電所で起きた火災と停電騒ぎにたどり着き、ここ数日はその取材のために現地へと出張していた。
「これはひどいですね、配電盤がまるで爆発したみたいになってますよ。」
「内部トラブルによる火災というのはなさそうですね。内部がきれいすぎる。」
現場で融通してもらった変電所の画像を見せると、2人は食い入るように観察して、ブツブツと考察をはじめる。2人の興味は、この事故を起こした野生動物についてだ。
「近くに黒焦げになった鹿の死骸があったそうだ。現地の人達は忍び込んだ鹿が配電盤に突っ込んで漏電したと判断したんだが。」
「「それは違いますね。」」
二枚目の写真を見せながらそう説明すると二人は真っ先に否定した。
「発電所は、独自の周波数の音や電磁波がでるので野生動物は近づきません。かりに迷い込んだのだとしても、配電盤のある場所まで入り込むのは不可能です。」
「写真を見る限り、この鹿の首の骨が異常です。おそらくは事前に叩かれて気絶させた子を現場に放置したんじゃないでしょうか、ひどいことをする。」
ルーザーは、どこか怪しい知識を、ロビンは生物学的な見解を言いながら、事実を否定する。
「検体を解剖すればはっきりするのですが。」
「残念、もう廃棄済みらしい。」
俺が取材をした時点で、地元警察も、発電所の運営会社も野生動物による事故で片付けていた。鳥獣被害の典型例として記事になるかもと伝えたら、嬉々して資料を提出してくれた。なんでも発電所の建設当時から、地元の野生動物の保護を訴える団体がいて、色々と迷惑しているらしい。
「人が悪いですね。これ絶対、その団体の工作じゃないですか?」
「あるいは、その団体を煙たがっている存在の。」
そんなことは2枚目の写真を見たら俺にもわかった。
黒こげの鹿は力なく丸まっているが、その周囲の地面があまりにきれいすぎる。事故現場の一枚として見せてくれたが、他の写真が焼けこげや消化跡などでドロドロなので、その違和感がひどい。もっとも鹿の死体がグロテスクなので、そんなことを気にするのは俺たちぐらいだろう。
この写真は火災現場で撮られたものではない。
その前提で考えると他の写真も怪しく見えてくる。
「出火元は配電盤とそこにつながった配線なんですよね。」
「そうらしい、観測所でも異常な数値が記録されているからそれは確かだ。公的な機関の調査だから、配電盤が外から強い衝撃を与えられたのはほぼ確実だ。」
現場は復旧工事で忙しく、実際に見ることはできなかったが、もらった写真と証言から出火原因と、鹿の死体があったことは確かなんだろう。
「ただ、鹿の死体の写真だけは偽物と。」
「まあ、現場は違うだろうねー。」
現場で撮影するのがあれだったから移動させてから撮影した。そう言い訳されればそれまでの話。外から来た新聞記者にそこまで説明する義理だってないだろう。
と話を済ませればいいんだけど・・・。
「この焼け方は・・・灯油か何かですかねー。」
「焼かれる前に首を絞められていたんでしょうね。生きたまま燃やされたなら、熱さでもがいて、もっとボロボロのはずです。」
プロフェッショナル達の目を通すと、色々と面白い事が分かりそうだ。
誰が、何の目的でこんな悪趣味な事をしたのか?
どちらにしろ、今回のネタも面白いことになりそうだ。奪われたパソコンは諦めて俺はメモ帳に2人のつぶやきをメモすることにした。
ピンポーン
「あっ、ピザが届いたそうです、レイモンドさんもらってきてください。」
「・・・お前ら。」
当たり前のように、顎で俺を使おうとする2人に呆れつつ、俺はメモを置いて階段へ向かった。
まあ、今日のピザはルーザーのおごりなので、これくらいは働いてもいいだろう。
「ついでにコーラもお願いします。」
「それくらい自分でやれ、あと食うなら上がってこい。地下で食事は禁止だ。」
空調も設置してあるが、地下室でピザなんて食べたら匂いが残るだろ、匂いが。
2025年 1月時点
レイモンド・ヒジリ
街を拠点としつつ、記者として各地を飛び回る日々。同居人である2人や知り合いの警官を雑用にしつつ、本人の興味のもった特ダネを追う日々
ルーザー(ルイーザ・ザルキン)
オカルト系の配信者として根強いファンを獲得している。最近、地元の高校生に素性がばれて弟子入りを志願され、どうしたものかと悩んでいる。
レイモンド
地元中学の化学クラブの講師として働きつつも、趣味である猫観察を続けて幸せ。地下室のエリアだけでは場所が足りなくなり、表にコンテナを購入した。
愉快な3人組は着実に勢力を伸ばしています。




